籠の中の鳥は



・監禁ネタ
・閣下が可哀想そうな状態ですので微妙に注意
・ネモと閣下の掛け算に挑戦した結果がこれだよ!







息をするのも億劫なくらい、疲れた。そんな気がする。

朦朧とする意識の中、ひんやりと冷えた床に横たわっていたヴァルバトーゼはのろのろと半身を起こす。
起きた拍子に体格に合っていない大きなシャツがずり落ち、白い肩を露出させたがヴァルバトーゼはそれを全く気にすることなく、先ほどまで身体を横たえていた床をただぼんやりとした様子のまま見つめ始めた。

それからどれくらいの時間が経ったのかはわからないが、錆びた扉が耳障りな音をたてながら開かれた。


「やあ、ヴァルバトーゼくん。今日はどんな気分なのかな?」


陽気な声と共に現れたのは赤いスーツに身を包んだ男。
スーツ姿の男−−ネモはうす暗い部屋に足を踏み入れると、座り込んでいるヴァルバトーゼを視界に捉え目を細めた。


「ヴァルバトーゼくーん?」


ゆっくりとした足取りで近づいてくるネモにヴァルバトーゼは赤い瞳を向けると、眠たげに瞬きをする。

シャツ以外に何も身に付けていないその身体には白濁としたものが纏わりついているが、シャツの時と同様気にする素振りを見せたりはしない。
以前の彼なら忌々しく思い、唇を咬んでいたことだろう。


「ねぇ、ヴァルバトーゼくん。ボクのこと、わかるかなぁ?」

「……。」

「解らないのかなぁ?」

「ん、」


顎を引いてやるとうっすらと開かれた唇から吐息が漏れた。
抵抗もせずただ生気のない瞳でこちらを見ているだけのヴァルバトーゼに、ネモは込み上げる笑いを押し殺す。

初めてここに閉じ込めた時と比べ、随分とおとなしくなったものだ。あんなに必死になって抵抗していたのに、今じゃ人形のようにボクにされるがまま!
屈しようとしない強い意志を持った瞳に射抜かれていたのもいいけど、今みたいな朧気で意志に欠けた瞳のほうがボク好みだ。

ネモはヴァルバトーゼの頬に指をつうっと這わし、自身の唇を軽く舐めるとより一層深い笑みを浮かべた。


「ほぉら、ボクの名前だよ、なーまーえ。……賢い君なら解るはずでしょ? 教えたはずだよねぇ?」


耳元に唇を寄せられ、甘ったるい声で囁やかれたヴァルバトーゼは白く滑らかな肌をした身体を震わせる。

様々なものが抜け落ち、緩んだ頭に浮かびあがってきたものは目の前にいる男が求める言葉。
−−それ以外は何も思い浮かばなかった。


「……ネ、モ?」


幼い子供のように見上げ、小首を傾げながら言われたそれにネモは喚声を上げた。
純粋とは程遠い、歪んだ想いを瞳に浮かばせながら狂喜する。


「名前を呼べ、だと?」
「ふざけるな! 憎たらしい貴様の名前など誰が呼ぶものか!」
「絶対に、言うものか−−」



思い出すだけで笑いが止まらない。あんなにも頑なにボクの名前を呼ぶことを拒んでいたのにね、ヴァルバトーゼくん。


「ああそうさ、大当たり。ボクの名前はネモだよ」

「やっとだ、長かった。ボクはずっと待っていたんだ、キミがいつ堕ちてくるのかと。待ち遠しくてたまらなかった!」

「ああ、もっともっともっとボクの名前を言っておくれよヴァルバトーゼくん! あの人狼−−他のヤツらの名前なんて要らない、キミはボクだけを知っていればいいんだ!」


一瞬のうちにヴァルバトーゼの小さな身体はネモによって冷えきった床に勢いよく縫いつけられた。


(人狼……?)


強い力で押し倒されたヴァルバトーゼはネモの発した人狼という言葉に反応すると、今までぼんやりとしていた瞳に微かに光を灯らせる。

−−俺は何か、何か大切なものを、人を、忘れている気がする。
それが何なのか分からず、ヴァルバトーゼは胸がきしりと痛むのを感じ、赤い瞳に困惑の色を滲ませた。
思い出そうとしても自分とネモの名前しか思い浮かばない。此処に来る前にいた場所の記憶は、薄くもやのようなものがかかった酷く曖昧なもので、どんなに思い出そうとしても思い出すことができなかった。

それでもヴァルバトーゼは諦めず思い出そうと足掻く。忘れかけている思い出に必死に手を伸ばし、掴もうとした。

だが、その手は折られた。


「どうしたのかな、ヴァルバトーゼ君」


弾力のある熱く柔らかいネモの舌が首筋をねっとりと舐めあげた。

それを感じとった瞬間、ヴァルバトーゼは全てがどうでもよく思えた。
手を伸ばした先は霧散していった。求めたものがどんなものでなんだったのか、それさえもどうでもよくなってしまった。

ああ、なんでもない。
だからはやく。はやくして。

ネモの首に細く白いヴァルバトーゼの腕が続きを促すかのように絡まる。
閉じ込められていた時間が、長すぎたのだ。


(ようやくボクのモノになったね、ヴァルバトーゼくん)




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