お酒と子供と



「おい、プリニー共。これは一体どういうことだ」


しんと静かな部屋に低い声が響く。
それは、普段と比べると幾らか低いものだがフェンリッヒの発したものだった。


「す、すみませんでしたッス! ほほほんの出来心でしたッスー!」


その言葉にフェンリッヒは金色の瞳を一層鋭くさせるとプリニーたちをギロリと睨んだ。
睨まれたプリニーたちは恐怖のあまり丸みのある青い体をブルブルと震わせ、冷や汗を流しながら一斉に頭を九十度まで下げ謝罪をし始める。

だが、フェンリッヒの怒りがそれで治まるわけがなかった。私は今大変怒っています、とばかりに拳を震わせると叫んだ。


「ほんの出来心で子供に酒を飲ますアホが、どこにいるんだぁあああああ!」

「ひぇえええッスー!」

「ぎぃいやああッスー!」

「いやあああッスー!」


全ては新米プリニーたちがエミーゼルに酒を無理やり飲ませたのが原因だった。

何を思って飲ませたのかは知らないが、絡み酒だったようで手がつけられなくなりフェンリッヒのもとまで担いでやって来たのだ。
担がれて現れたエミーゼルはどう見てももぐでんぐでんに酔った状態。そして、何故かいつも身につけていた赤の蝶ネクタイがなかった。


「お前ら、明日もう一度この時間に此処にこい。教育指導してやるから楽しみにしていろ」

「りょりょりょ了解しましたッスー!!」


そう言い放つとフェンリッヒはプリニーたちを部屋から追い出した。
追い出されたプリニーたちは情けない悲鳴を上げながらすぐさまフェンリッヒの部屋の前から去って行った。


「クソッ、オレにどうしろと……」


あの小娘たちに届ければいいものを……!

フェンリッヒは頭の痛みに悩まされながら自室の扉を閉めると、プリニーたちが運んできた厄介な配達物のことをを思い出しベッドの上に視線を移した。


「あつ…い、よぉ……」


ベッドの上にいる厄介な配達物−−エミーゼルは肌を桃色に上気させ、とろんとした眼でベッドの上に寝かされていた。
その瞳は酔いが完全に回りきっているせいで潤みきっている。

暑いと、呟く度に熱い吐息と赤い舌がちろりとフェンリッヒの眼に映った。
焦点が合ってない瞳がユラユラと揺れるのを見てほんの一瞬だが、よからぬことを考えてしまいフェンリッヒは唸る。

オレは断じてあっち系ではない……!


「あぅ……い…っ」

「こ、こら!」


フェンリッヒは慌てた。
エミーゼルが、今にも倒れるのではないかというくらいゆらゆらと揺れながら上半身を起こし、服を脱ごうとし始めたからだ。

うわ言のように暑い暑いと繰り返すエミーゼルに対し、フェンリッヒは怒鳴るどころかどうすればいいか狼狽えるばかり。

そんなフェンリッヒのことなどお構いなしにパーカーのファスナーを降ろそうとするエミーゼルだが、アルコールのまわった頭と躯では上手くいかず苦戦していた。


「ああ分かった、分かったから……。パーカーが脱ぎたいんだろ、手伝ってやるから」


見ていて焦れったくなったフェンリッヒはパーカーのファスナーに手をかけ、慎重に下まで降ろしきると素早く脱がしベッドの上に無造作に放り投げた。

そして、パーカーの中がスーツだということを知るとフェンリッヒは溜め息を漏らした。
パーカーを脱がせただけじゃ熱は外に逃げない。ジャケットもパーカーの時と同様に素早い手つきで脱がしてやるがそれでも暑いとエミーゼルは訴え、今度はシャツのボタンを外そうとし始めた。


「−−このアホ、全部脱ぐ気か!」


その行動を止めさせるべくフェンリッヒは顔を赤くさせると自分より小さな手を掴んだ。

すると、エミーゼルは邪魔されたことに愚図り始め、ついには赤く輝く大きな瞳からぼろぼろと涙を零ししゃくりを上げて泣き始めた。


「うぇ…うっ、ううっ」

「な、泣くな小僧。いつもみたいにシャキッとせんか!」

「ううっ…」


珍しくお手上げ状態に追い込まれたフェンリッヒに更なる追い討ちが迫る。

泣き始めたエミーゼルの身体が大きくぐらついたと思うと、それはベッドに向かって倒れ−−たのではなく、フェンリッヒの胸に吸い込まれるように倒れこんだのだ。


「あ、つい…、ふえりっひぃ」


顔を赤く紅潮させ、眉を下げて涙をぼろぼろ零し、上目遣いで縋るように自分の名を呼ぶエミーゼル。

エミーゼルは子供である。二度言おう、エミーゼルは子供である。

だがフェンリッヒはそれに何かを感じてしまった。精神的に疲れてしまっていたからこそ感じてしまったのだ。
新境地に片足を突っ込んでしまったような−−いけない思いがフェンリッヒの脳を駆け、その身体をぞくりと震わせた。その時だった。


「ねぇフェンリっちー。ヴァルっちどこにいるか知らなーい?」


フーカがいつものようにノックなしに扉を開け、ずかずかと遠慮なく部屋に入ってきたのだ。


「ちょっとフェンリっちてば居ないのー? フェンリ−−え、」


ベッドの上に男二人、無造作に放り投げられぐちゃぐちゃのパーカーと黒のジャケット。明らかに様子がおかしいエミーゼル。
涙を浮かべるその顔は赤く上気し、力が入っていないのかぐったりとしておりその小さな躯をフェンリッヒに預けている。

おまけにエミーゼルの着ているシャツは乱れている状態。
この状況に想像力が斜め上にたくましいフーカの顔はみるみるうちに赤くなり、口をぱくぱくさせ大声をあげた。


「フェ、フェンリっち!? え、ちょ、実はそんな趣味の持ち主!?」


−−危うく新境地に両足をついてしまうところだった。
両足をつかずに済んで良かったとフェンリッヒは胸をなで下ろし、この時ばかりはフーカに感謝した。しかし、安心している暇などない。


「いたいけな少年に手を出しちゃうなんて……よっ、流石フェンリっち! それじゃ、お邪魔しましたー!」

「お、おい待て小娘これは−−」


颯爽と部屋から姿を消したフーカに嫌な予感を感じたフェンリッヒは、エミーゼルを置いてベッドから飛び降りるとすぐさまその後を追いかけた。

しかし、彼はまだ知らない。
端から見たら危ない状態のエミーゼルを、自分が日々使っているベッドの上に放置をしたことが更なる被害を生み出すことになるということを。







「なーんかうるさいッスねー。さっきの声、フェンリッヒ様の部屋からッスよ」

「お、扉開いてるッス。ラッキーっスね!」

「あれ、ベッドの上にいるのって見間違いじゃなければエミーゼルさんじゃないっすか?」

「何バカなことをいってるッスか。フェンリッヒ様のベッドっスよ、変なことがない限り誰かがいるわけ−−」


暫くの間、誤解とはいえフェンリッヒが悪い意味で注目の的となったのは言うまでもない。



(俺は何もしていない!)




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