買い物しましょ



「よし、次は−−」

「イワシに決まっているだろう!」

「いや、フェンリッヒさんから預かった買い物リストにはそんなの書いてないぞ…?」


真っ赤な長いネクタイが目を引く赤髪の青年−−アデルは困った表情で手に持ったメモ用紙を見つめた。
屋敷を出る前に人狼族の青年から受け取ったメモ用紙−−とめ、はね、はらいがしっかりとされた文字が並ぶ買い物リスト表の文字をひとつひとつ確認するが、どこにもそれらしい字は見当たらない。

メモから視線を外したアデルは困った表情のまま、自分の数歩前を歩く吸血鬼の青年ヴァルバトーゼに声をかけるが彼は本気でイワシを買いに行く気でいるらしく「魚屋へ急ぐぞ!」と意気込んでいた。

ちなみに、この吸血鬼は勝手について来たものであってアデルが同行を頼んだとかそういうことは一切ない。


「おいおい、オレ達の次の目的地は武器屋だぞ? 一応、魚屋にも行くが買うのはサン」

「サンマを食べるならイワシを喰え、以上!」


他の魚を買う気は全くないらしい。なるほど、プリニーの帽子をかぶった女の子の言っていた通りだ、とアデルは呟く。

何故そこまでイワシにこだわっているかは分からないが、とにかくイワシが好きらしい。
魚が好きなのはいいことだと思う。いいこととは思うのだが−−アデルはメモを持つ手とは逆の手に持っている野菜でひしめき合った袋に視線をやり、率直な意見を口にする。


「ヴァルバトーゼさんの場合は魚より肉を喰ったほうがいいんじゃないか」


男相手にこれを言うのは大変失礼だが、ヴァルバトーゼはずいぶんと華奢な躯をしている。
さらに吸血鬼というのもあり、日を避けた肌は白い。口には出さなかったが、細っこくて色々と心配だとアデルは思った。

それに対してヴァルバトーゼは「フェンリッヒにも同じようなことを言われたことがある」と苦く笑った。
ああ、フェンリッヒさんなら確かに言うだろうな。


「それに、フーカやデスコたちからも言われたな」


私たちよりも腰が細いってどういうことよ、羨ましい!

そう言われ、散々腰に抱きつかれた記憶がある。
それをみたフェンリッヒが、小娘如きが閣下に抱きつくとは以下云々と怒鳴り散らしながらフーカたちを追い払っていたのも覚えている。

その時のことを思い出し、ヴァルバトーゼは小さく笑った。


「−−と、こんな話をしている場合ではないな。帰りが遅くなるとうるさいヤツがいるからな」

「そうだな。ああ、でもイワシは買わないぞ」

「な、なんだと!?」


一匹くらい買ってもよいだろう……!
唇を軽く咬み、むうっとした表情で訴えてくるヴァルバトーゼにアデルは笑う。


「ほら、このままじゃ日が暮れちまうぜ」


ヴァルバトーゼの手からお菓子の入った袋をひったくると、アデルはそのまま走り出す。


「おい、いきなり走りだすな!」


慌てて自分を追うその姿に、アデルはまた明るげに笑った。


(こんな日も悪くないな)




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