髪弄り



執務を終えたヴァルバトーゼを襲ったのは、退屈の二文字だった。
少しでも退屈をしのぐため、髪を指に絡めはじめるが、髪の毛弄りというものはそう長くは続かないもの。直ぐに飽きてしまった。


「なあ、フェンリッヒ」

「はい、何かご用でしょうか。閣下」


そこで、彼が目を付けたのはすぐそばで控えていたフェンリッヒの髪の毛だ。
自分の黒髪とは違う、質量のある銀髪。柔らかそうな髪だが、実際にはどうなのか。実は柔らかいどころか逆にチクチクとした髪なのでは、と気になった。


「いきなりで悪いが、髪の毛を触らせてはくれまいか…?」

「わ、私の髪でございますか?」


主の発言にフェンリッヒはギョッと驚いた表情になる。その様子を見て断られるかと思ったが、予想を裏切りフェンリッヒは迷う素振りなく了承した。

ヴァルバトーゼは知らないが、フェンリッヒはヴァルバトーゼに対して密かに好意を抱いていた。
好意を抱いている相手からのお願い−−身長差から自然と上目遣いで言われたそれに、首を横に振るはずがない。

フェンリッヒからの好意や上目遣いの件など全く知らないヴァルバトーゼは了承を得られたことに満足げに頷き、椅子から立ち上がりその背後に回ると銀色の髪を両手で掬うように持ち、その感触を確かめ始めた。


(…! 柔らかいな)


まじまじと銀色の束を見つめる。見たところ、枝毛というものはない。傷んでいないのはいいことだ。
俺のは少しばかり傷んでしまっていたからな、と退屈をしのごうとした時に触れた自分の髪のことを思い出す。

そうしているうちに、触るだけでは飽きたらずつい顔をうずめてしまった。
結果、フェンリッヒの髪は考えていたようなチクチクとした髪ではなく、それとは真逆の柔らかくモフモフとした髪だということが分かった。


「フェンリッヒよ」

「はい、閣下」


ヴァルバトーゼに名前を呼ばれたフェンリッヒは、顔を出来る限りの範囲で後ろに向ける。
向けた先には、自分の銀の髪に頬を押しあてた主の姿。


「フェンリッヒの髪は手入れが行き届いていて素晴らしいな!」


それに、モフモフとしていて柔らかい!
顔をうずめたことにより、より一層素晴らしいモフモフ感を体感したヴァルバトーゼは上機嫌にそう口にした。頬をくすぐるそれは、まさしくモフモフ。ふかふかのモフモフだ。


「お褒めに預かり光栄なのですが、閣下」

「どうしたのだフェンリッヒ?」

「−−いえ、私の髪で良ければお好きなだけ堪能していって下さい」


フェンリッヒの髪の毛の手触りにご満悦状態のヴァルバトーゼ。
イワシを食べている時とは一味も二味も違う笑顔を見せつけられたフェンリッヒは、口早にそう告げると視線を床に逸らした。
今の彼に出来ることは、ヴァルバトーゼの笑顔を直視しないようにすることだろう。

ヴァルバトーゼは最後まで気付くことはなかったが、フェンリッヒの耳はほんのりと赤く染まっていた。


(その笑顔は私には猛毒です)




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