その熱さに火傷する



「……っ」


ヴァルバトーゼは小さく息を吐くと判子を押していた手を止めた。
先ほどから頭のなかがふわふわとしていて思考を巡らすのがとても難しい。それに、おかしなことに気分が悪くなるどころか言いようのない心地よさが引き出てくるのだ。

それはゆっくりと脳から全身へと広がって、ヴァルバトーゼを得体のしれない心地よさに浸からせた。
吐き出した息は何故だかとても熱い。一体自分の身体になにが起きているというのだろうか。


「クソ、」


ぐんぐんと上昇する体温と不規則に乱れはじめる呼吸に恐怖さえ感じる。
微かに指先が震えだし、それを紛らわせようと強く拳を握ろうとするがうまく力が入らない。

いよいよ執務どころではなくなり、ヴァルバトーゼは寝室へと向かうがその足取りはおぼつかない。
少し身をよじるだけで身体が敏感にある感覚を感じ取り、じわりじわりと理性を崩していった。







やっとの思いで寝室に辿り着き、もう少しでベッドに手が届くというところでヴァルバトーゼは湧き上がり続ける熱に耐えきれずにしゃがみこんでしまった。

その場から少しでも動けば歯を食いしばらねばならないくらいの刺激が瞬く間に全身を駆け抜けた。
震えながらに吐き出される息はどうしようもないくらいに熱い。額に浮かぶ汗を拭う余裕などない。声を漏らすのをこらえるだけで必死だった。

どうすればこの熱から解放されるのか、どうすればこのもどかしさから抜け出せるのか−−この熱に抗うのをやめて身をゆだねてしまえばいいのではないのか。
一瞬よぎった考えにヴァルバトーゼは眉を寄せる。俺はなんてことを考えているのだ。

ああでも、だれかこの熱をなんとかしてくれ。頭がどうにかなってしまいそうだ。


「……閣下ッ!」


唇を噛み締めたとき、寝室の扉が勢いよく開かれた。
息を乱しながら飛び込むかたちで部屋に入ってきた人物は馴染みのある人狼の男−−フェンリッヒだった。

フェンリッヒは目を見開くと座り込む俺のもとに駆けつけ、視線を合わせるべく膝をついた。
それでもフェンリッヒの視線のが高いのは二十以上もある身長差というやつだろう。
正直なところ喋るのもつらい状態だったが、なにがあったのかを問えばフェンリッヒは口を開いた。


「ほんのわずかな隙をついてヴァルバトーゼ様の食事に薬を盛った不届き者がいたのです」


俺に毒を盛ったそいつはフェンリッヒの手によって処分されたに違いない。うっすらとだがフェンリッヒから血の匂いが漂っているから間違いはないだろう。

これが遊び半分でやったことだろうが悪意や好意があってしでかしたことであっても、どちらにせよフェンリッヒが取る行動はひとつしかないだろう。行きすぎた忠誠心とは恐ろしいものだ。


「ヴァル様?」


ふと名前を呼ばれ、俺は俯きかけた顔をほんの少しだけ持ち上げる。視界にうつるフェンリッヒは小さくゆらゆらと揺れていた。

焦点が合っていないことに気付いたフェンリッヒはとっさにヴァルバトーゼの身体に褐色の手をのばしたが、ヴァルバトーゼの唇から漏れた声を聞くやいなやその手を引っ込め、動揺の眼差しとどこか必死で悔しげに何かをこらえるかのような表情をヴァルバトーゼに向けた。

その間にもヴァルバトーゼは狂おしいほどの刺激と熱に浮かされていた。
思考は鈍くなり続け、身体のなかを駆け巡る熱たちはヴァルバトーゼの理性に次々と大きな穴を開けては歓声をあげ、穴を広げようとはしゃぎたてる。気づかないうちに強く噛み締めていたはずの唇を薄く開いていた。


「……、」


もう、限界だ!

それを合図に亀裂と穴で脆くなったその壁は一気に崩れ、崩壊した拍子に飛んだ小さな破片さえもどろどろに溶かしていった。

身体どころか視線にまで熱が帯び始めていることに気づかずに、ヴァルバトーゼはフェンリッヒに潤んだ瞳を向け目線をかちりと合わせるとその口を開いた。


「フェンリッヒよ−−」


俺の懇願にフェンリッヒが息を飲んだ。


「このねつをどうにかしてくれ」




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