気がついたときには四百年前の姿になっていた話



「ふむ、どうしたものか」


いつもより幾分低い声に違和感を感じながら、ヴァルバトーゼはあっちへ行ったりこっちへ行ったりとせわしない様子で自室内を歩き回っていた。

歩くたびに長く伸びた髪を揺らすその姿はかつて暴君と呼ばれ恐れられていた−−魔力を失う以前の姿だった。
何が原因でこうなったのか、全くわからない。目が覚めた時にはすでにこの姿だったのだ。


「むう、」


昔は思ったことはなかったが今となってはこの長い髪が鬱陶しく思える。
髪を後ろで一つにまとめたい想いからそれをするための紐を探すが全く見つからない。

それもそのはずあの頃と違い、今現在の自分は後ろで一つにまとめる程の量がない為紐なんてものを持っているわけがないのだ。それでも一本くらいはあるだろう−−そう思いながら探すがやはり見つかる気配はない。

フェンリッヒに頼むという手があるが、今呼びだせば面倒なことになるのは目に見えている為呼びだそうとは思わない。
ならばプリニーを使うというのはどうだろうか。些か不安要素があるがもうこの方法しかない。

よし、ならば早速というところでヴァルバトーゼはあっと小さな声を漏らす。
頼むのはいいが、プリニーを此処にどう呼び出せばいいというのだ!


「……!」


頭を抱え唸っていたその時、扉をノックする音が部屋に響いた。

ヴァルバトーゼは狼狽えた。
扉の向こうに立っているのはきっとフェンリッヒに違いない。
フーカであればノックなしに勝手に入ってくるだろうし、エミーゼルであれば扉を叩く音が遠慮がちと言えるほどに小さいはずだ。
デスコならば名前を呼びながら扉を叩き、アルティナなら−−天使のもつ独特な気配で扉を叩くまえにこちらが気付く。

いやその前にと、ヴァルバトーゼは壁に掛けられた時計をちらりと見る。
この時間に部屋を訪れるのはフェンリッヒしかいないのだ。


「閣下、朝食の準備が整いました」


ああ、やっぱり。


「そ、そうか」

「……? どうかなされましたか」

「い、いや、大したことはない。気にするな、今から行く」

「声が何時もより低いような気が−−まさか」


体調を崩されたのでは!
いい具合に勘違いをしてくれたのはいいが、これは乗り込んでくるフラグが立ったも同然。

しどろもどろに答えるヴァルバトーゼに不安を覚えたフェンリッヒは断りを入れてドアノブを捻った。


「ヴァルバトーゼ様、そのお姿は一体…!?」


ヴァルバトーゼは深い溜め息をつくと、驚きに満ちた表情でこちらをみつめるフェンリッヒに苦笑いを送った。


「質問責めは勘弁だぞ」




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