「ヴァルバトーゼ様、運命の出会いってあると思いますか?」
「運命の出会いだと?」
ある時、ヴァルバトーゼの下で働いている魔法使いの少女が胸の前で拳を握りしめ、興奮気味にヴァルバトーゼに尋ねてきた。
何があってそんなことを俺に聞くのだろか?
気になったヴァルバトーゼが続きを促すと、少女は頬をほんのり赤く染めながら話し出した。
「はい。実は昨日、議会に遅刻しそうになって……。そのとき、曲がり角でプチオークとぶつかったんです」
「ほぉ、プチオークとか」
「曲がり角でぶつかり合うなんて、ベタじゃないですか! 相手がプチオークでも、これは運命の出会いだと思うべきでしょうかっ!?」
「ふむ、難しいな」
なんせプチオークだ。
少女と同じ悪魔とはいえ、プチオークは猪人族の魔物型。おまけに気性の激しい一族として有名な悪魔である。
それとたまたま曲がり角でぶつかって運命、というのは正直なところ微妙な話だ。
本気で運命の出会い話について考え悩むヴァルバトーゼはいや待てよと、思う。
この、曲がり角で云々という話はよくあるようで実はなかなか体験できない出来事なのではないか?
顎に手を添えるヴァルバトーゼ−−彼はいまだかつて曲がり角で誰かとぶつかった試しがなかった。
「そうだな−−相手がプチオークとはいえ運命なのかもしれんな」
「そっかぁ、やっぱり運命なんですね。……彼氏いない歴何百年の私にもチャンス到来な予感かもっ!」
「……? 早口でよく聞こえなかったのだが」
「いえ何でもないです! ヴァルバトーゼ様、相談に乗ってくれてありがとうございました!」
「あ、ああ……」
ヴァルバトーゼのぎこちない返事も気にせず、少女は勢いよく走り出した。フリルをあしらった黒い衣装で身を包んだ後ろ姿がみるみるうちに小さくなっていく。
少女の背中を見送りながらヴァルバトーゼは「運命の出会いか……」とぽつりと呟いた。
そんな話があったすぐあとのことだ。
ヴァルバトーゼは視線を何時もよりやや下に向けながら−−次に開催される暗黒議会にどういった議題を提出しようかと考えながら一人廊下を歩いていた。
プリニー記念日を制定するというのもいいが、政務資金パーティーとやらも開いてみたい。そういえば寝子猫族の一匹が議会にコタツが欲しいと言っていたがそれはどうするべきか。
眉を寄せ、ヴァルバトーゼは小さく唸る。
確認もせずに曲がり角を曲がろうとしたそのときだった。
「うお!?」
「−−ッ!」
視線を下げ、あれこれとした考えでいっぱいの頭のまま歩いていたヴァルバトーゼはどん、という音と共に勢い良く誰かとぶつかってしまい驚きのあまり声をあげた。
そのまま倒れて尻餅をつく、ということはなかったが下手をすればそうなっていたかもしれない。
そのくらいふらついてしまった。
−−俺は一体、誰とぶつかってしまったのだろうか?
相手を確認する為に顔を上げると、視線の先には見慣れた人狼族の男−−フェンリッヒが驚いた様子で立っていた。
「む、もしや……」
これが例の−−あの時少女が話していた曲がり角での運命の出会云々とやらではなのか!?
俺は今、貴重な体験をしたということなのか!
何も言わずじっとこちらを見つめたまま突っ立っているヴァルバトーゼに、フェンリッヒは慌てて謝ろうと口を開きかけたがその前にヴァルバトーゼの唇が動いた。
「ふむ、ということは−−オレの運命の相手とやらはフェンリッヒなのか」
真顔でとんでもないことを言ってのけたヴァルバトーゼにフェンリッヒの頭がつきつきとした痛みを訴えた。
(運命って一体どういうことなんですか、閣下!)