「うわぁお!」

「アレンの奴、相変わらずすげぇさー」

「……」


名前、ラビ、神田の三人は肌に突き刺さるような強い日差しの中、コートの中を高速で行き来する黄色いボールを目で追っていた。

コートに立ち、ひたすらボールを打っているのはアレン。


「はあっ、はあっ」

既に息も切れて暑さに顔を歪めている相手とは裏腹に、アレンはスタンドに立つ名前達の方を向いて、いつものように優しい微笑みを浮かべた。


「アドバンテージ、サーバー」


審判の声と共に、アレンは頭上にボールを上げる。


そして。


ーパシィンッー


相手コートにアレンが放ったサーブが突き刺さった。

自分の真横を通り過ぎて行ったボールを呆然と見つめる相手。


「ゲーム、アレン・ウォーカー」



周りから、割れんばかりの歓声と拍手が巻きおこる。
袖でこめかみの汗を拭いながら、アレンがこちらに走り寄ってきた。




「アレン、おめでとう!」

走り寄ってきたアレンに、名前は飲み物とタオルを渡しながら言った。


「ありがとうございますっ」

アレンは、輝くような笑顔を浮かべると、喉をならしながら飲み物を飲んだ。


(うわー、アレンの喉仏やばい、かっこいいー)


「アレン、最後のサーブ凄かったさ!」

「ま、勝って当然だろ」

神田はふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。

「何言ってんですか。あんた達二人のダブルス負けたくせに。負け惜しみなんて見苦しいですよ」

「うるせェな。最後のポイントで兎がミスするから負けたんだよ」

「何さ、それ!ユウだって途中でコケたくせにー」

ラビがニシシと笑う。

「黙れっ!あれは少し足が滑っただけだ」

神田が噛み付くように言った。


それを見て、名前も"ふふっ"と笑った。


「名前、そういえば女子の試合はどうなったんですか?」

「もちろん勝ったよ!」

「そっか。これで、男女共に県大会進出ですね!」

「うんっ」



説明が遅れたが、名前、アレン、ラビ、神田は同じ高校のテニス部に所属している同級生。


今日は、インターハイに繋がる大事な試合。

先程のアレンの一勝が決定打となり、男女共に県大会進出が決まった。



「なあ、そろそろ昼飯にしねぇ?」

腹の虫が収まりきらなくなったのか、ラビがお腹を押さえながら言う。


「あれ、もうそんな時間?」

名前は腕時計に目をやる。

針は、とっくに12時をすぎていた。


「じゃ、そこらへんの日陰で食べよっか」

「そうですね」



神田とラビ、アレンはそれぞれの黒、赤、白のラケットを置くと、木の下に座りこんだ。




しばらくして、名前が切り出した。

「今から私、お昼買いにコンビニ行くけど、みんな何かいる?」


「あ、俺ビタミンウォーター買ってきてさ」

ラビがおにぎりを頬張りながら言った。


「俺は、そ…「はいはい、神田はざる蕎麦でしょ」

「ああ」

「僕は、あんパンとみたらし10本と鮭おにぎりで」

「あれ、アレンそれだけでいいの?」

アレンが食べるいつもの量を考えると、こんなもんじゃおやつにもならないはず。


「午後にも試合ありますから、これ位にしておきます」

「そっか」


名前が頷いて、立ち上がると…


「名前、ちょい待ちさ」

ラビが片手を上げて名前を止めた。


「アレン、こっちこっち」

ラビに手招きされ、アレンは「何ですか?」と言いながら少し離れた所まで歩いて行った。




それからしばらく、アレンとラビは何やらこしょこしょ話をしていた。


「なっ」

最後に、ラビがそう言ってアレンの肩をバシッと叩いた。



こっちに戻ってきたアレンの顔が、暑さのせいか赤く染まってるように見える。


「あ…名前、コンビニ僕も行きます」


「え?うん、ありがと…」

名前の中は、なんで急に?という疑問と、アレンと二人っきりの嬉しさが半々。


なんだか柄にもなく、照れ合ってコンビニへと向かう二人の後ろ姿を、ラビは怪しげな笑みを浮かべ、手を振って見送った。




***





「涼しい〜」


コンビニの自動ドアをくぐると、ふわりと冷たい風が火照った体をなでる。


「えっと…ラビは確かプロテインウォーターだったよね?」

真っ先にドリンクコーナーに向かった名前が、僕に尋ねる。


「え?あ、確かそうです」
何か、プロテインではなかった気がするけど、まあラビも細マッチョに憧れてるって事で軽く話を受け流す。


っていうか、僕はプロテインウォーターどころではなかった。

何故なら、



ーキッー


この睨みで、また一人の男を追い払ってやった。


何故なら、露出度の高いユニフォームのままの名前の脚を、そこらへんの男達がじろじろと見ているからだ。

ああ、ほらまたレジにいる店員が見てる。

僕は、愛想笑いを浮かべたまま、そいつを睨みつけて名前の横へ歩み寄った。



名前は、神田の蕎麦を選んでいた。

「これで良いんじゃないですか?」

名前が神田の為にあまりに真剣に選んでるものだから、僕は半ば強引に温泉卵付きのざる蕎麦を、名前が持つカゴにいれた。


「あ、カゴ僕が持ちますよ」

名前にカゴを持たせてしまっていたことに気づくと、僕は手を伸ばした。

すると、
「アレン、試合で疲れてるでしょ?」と言って自分で持とうとする彼女の手に触れてしまった。


(うわっ…)

僕は慌てて手を引っ込めた。
うわ、今、絶対顔赤くなってる。
名前の顔も赤くなってるように見えるのは僕の気のせいかな?


恥ずかしくて俯いていると、さっきのラビの言葉を思い出して、おさまりかけた顔の熱がまたぶり返す。




***



「ええっ、名前に告白?!」


ラビの口から発せられた言葉に、思わず声が裏返る。

いきなり何を言い出すかと思えば…ラビは、にいっとよく焼けた肌に映える白い歯を見せて笑った。


「だって、アレン前から名前のこと好きだったろ?」

「まあ、そうですけど…って、何でラビが知ってんですか」


僕は思いっきり肘鉄を食らわせる。

「うぎゃっ」

腹にヒットしたらしいラビは痛そうに腹を押さえて、「んなの、アレン見てれば誰でもわかるさ〜」と言った。

僕、名前を見るときそんなに分かりやすいのかな?


「だってさ、アレンさっきの試合でせっかくカッコイイ所見せたんだから、絶対今がチャンスさ」


無駄に力説するラビ。

僕の恋を応援してくれているのは、多分感謝するべき事なのだろうけど、なんか気が進まない。

僕が答えを出すのを渋っていると、

「アレンって意外とヘタレだな」

なんてラビが言ったから、今度は顔面に肘鉄をお見舞いしてやった。

あ、なんかラビまじで泣いてる。

ヘタレはどっちだ。


「でも、名前は神田のこと好きって噂聞いたことあります」

これは本当に聞いたことがあった。

なんでも、名前と神田が二人きりで帰ったとか…

「そんなの気にしてたら男なんてやってけねぇさ」

「ラビの当たって砕けろ精神と一緒にしないで下さい」

冷たくあしらった。



でも、ラビの優しい言葉を聞いていると、なんだか名前に言える気がしてきた。


「ここで引いたら男が廃ります。やっぱり僕、やります」

決心した僕はそう宣言する。っていうか、そうでもしないと告白直前になってビビっていまいそうで怖かった。


「おっ、流石アレン!おっとこまえ〜」


ラビが冷やかしたから、僕はうんざりと「じゃあ行ってきますね」と言うと名前の元へと戻った。




ああ、ラビがあんなこと言うから…


さっきの事を思い出し、僕は恥ずかしくなって「神田のアイスでも買っていきましょう」とか意味不明な事を言ってガリガリ君を買ってしまった。
神田は、甘いもの食べないのに。


だから、試合会場に戻りながら食べることにした。




***



ーみーんみんみんー


もと来た道を、名前と並んで歩く。

道の左右には木が鬱蒼と生い茂っていて、蝉がうるさい位にたくさん鳴いている。


(僕、これから名前に、こっ、告白するんですよね…?)

自分ですることなのに、疑問形。

改めて考えてみたら、緊張で喉がカラカラになって、僕はあっという間にガリガリ君を完食した。



明るくて人気者な名前。
気遣いが出来て優しい名前。
そこらへんの男子になら負けない位テニスが上手い名前。



名前と初めて逢った日は、今でも目をつぶれば頭の中に思い浮かべられる程鮮明に覚えている。


既に部活が終わって日が沈みかけた夕方。

その日は、男子の練習日だったのに、彼女はコートでたった一人黙々とボールを打っていた。


その姿に見とれて、僕はその場に立ち尽くしていた。

しばらく後、僕に気付いたのか、ボールを打つ音が止んだ。

夕方の逆光で眩しかったけど、あの時微笑んだ名前を、僕は忘れない。





あの時僕は、恋に落ちたんだ。







「名前、」



気づくと、僕は数歩先を歩く彼女の背中に声をかけていた。



振り向く名前の動きが、スローモーションのように映った。



















「好きです」












ああ、なんて空が青いんだろう。
















さっきまであんなにうるさかった蝉の声が、今は何処かずっと遠くから僕の鼓膜を揺らす。










今、この空間に君と僕の二人しか居ないような、そんな感覚。















一瞬、彼女は驚いたような顔をする。





そして、彼女はあの日のような微笑みを浮かべ、口を開いた。






















(その時、君の唇が動いた)

(わ た し も す き)

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