「め、めめ目閉じれるか?」

馬鹿みたいにどもって言うもんだから何事かと思って声の主の方へ顔を向けると、これまた馬鹿みたいに顔を強張らせて緊張した面持ちの神田が立っていた。


「はあ?」
「目閉じれるか?」

馬鹿な神田は私が聞き取れなかったのだと思ったらしく、今度はちゃんとどもらずにいくらかはっきりと言った。いや、そういうことじゃなくて。

「何で」
「ばっ 何でもクソもあるか!」

ずずい、と顔を近づけて尋ねれば、あっという間にその白い頬が真っ赤になった。こういうところは可愛いんだけどなぁ。
殺風景で寒々しい神田の部屋を照らすのは、月明かりと申し訳程度に机の上に置かれたランプだけだった。人里離れた場所にある教団の深い夜を照らすにはいささか頼りなさすぎる。
とりあえず俺の部屋来い、と廊下ですれ違いざまに連れて来られた神田の部屋。イスもないので仕方なくベッドに腰を降ろした途端に冒頭の言葉である。


「目閉じてくれ、頼む」

最後には、神田がめったに口にしないお願いの言葉。これはただ事じゃないと踏んだ私はベッドに腰かけたまま息を短くついて目を閉じた。
こくり、と止まった空間にやけに響く音は私じゃない。神田だ。頭の片隅でこれから起こるであろうことを予想してはいる。してはいるけど…。え、いやでも、神田だぞ?ば神田なんだぞ?それはない…ガッ

ちゅう


一秒、二秒、三秒、四秒。何が起こってるかわからない私に出来ることは数を数えるくらいだった。


「何これ」
「………」

余韻も何もあったもんじゃなく、この何とも言えない空気に堪えられず先に沈黙を破ったのは私だった。え、だって今神田、何した…?


「な、何ってその…ほら…」


キス、だろ。と更に頬を染めて俯きがちにつぶやく神田の表情を見て、やっと今何が起こったのかを理解する。



「キス…?」
「神田が?」
「わたしに?」
「キスってあの唇と唇がくっつくやつ?」

矢継ぎ早に繰り出される私の言葉に、神田は全部首を小さく上下させて肯定する。その度に、私が去年の誕生日にあげた髪紐が視界の端で揺れた。神田の髪に映えるだろうなって選んだ朱色のやつ。あげた時はこんなん要らねぇとかなんとか散々いちゃもん付けて部屋にほっぽらかしてたクセに、いつの間にか、それは当たり前のように神田の夜色の髪に馴染んでいた。




「何で」
「………!」


神田が困るってわかってるのにこんな意地悪なことを聞くなんて、私も相当ひねくれてると思う。だけど、これはある種の賭けだった。好きなもの同士がお互いを想ってするものであるはずのこれを、神田がいったいどんな気持ちでしたのか。万に一つ、想っているのが私だけの一方的なものだったら。それを直接、目の前の神田の口から聞きたい。




「好きなんだ」
「………」
「名字のことが」


青白い月光を目一杯反射してきらきらしてる神田の瞳は、この世のものじゃないみたいだった。いっつも真っ黒な目だなーと思ってただけなのに、近くで見るとこんなに綺麗なんだ。そういえば、神田とはもう長い付き合いになるのに、身体的な意味じゃなくこうして精神的な意味で真正面から向き合うのはきっと初めてだ。ただの頭すっからかんの馬鹿だと思ってたのに神田の口から『キス』なんて単語が出てくるだけでも大ニュース並なのに、いきなりわたしが想定外の行動をやすやすとやってのける神田はきっとわたしより何倍も物事を考えてるんだと思う。



「で、どうなんだよ?」


水を得た魚のように得意げに片方の口角を上げた神田。簡単には素直になれない私の性格を隅の隅まで理解してその上でこんな質問を投げかけてくる神田も、やっぱりわたしと似た者同士。さっきまでとはまるで立場逆転。今度はわたしが頬っぺた赤くしてどもる番。

だけどそんなのは釈だから、いっそのこと神田がもっと真っ赤になること、してあげようか。




(違う次元の同じ世界で)


20110617





*一周年&神田誕記念
神田甘をリクしてくださった凜さんへ

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