※学パロ




学校からの帰り道、運よく電車やバスを乗りつがなくてもいい範囲の高校に通っているわたしは早々に友達と別れ、家の方向へ向かう。市外から通っている友達たちからは「いいなぁ」って言われることが多いけど、わたし的に、実を言うと電車通学に憧れる。徒歩の方がいいって人の方が多いんだろうけど、毎朝おなじ車両に乗る他校の男の子にひとめぼれ…とかそういう絵に書いたような高校生のイメージがやっぱりあったから。かくいうわたしは、めったにひとめぼれなんかしなくて、今まで好きになった人はどっちかって言うと何年も前から仲が良くてあるきっかけで友情が好きに変わったりするほうが多かった気がする。これまでは。

駅前のビル群を通りすぎてしばらく歩くと、自宅につながる道路があらわれる。だけどわたしはそこを素通りして、更にもう何分か歩いた坂のてっぺんにある建物を目指す。少し年季の入った茶色いそれが目にはいった瞬間、心臓が高鳴るのがわかった。




***




茶色い建物、そこの自動ドアをくぐるわたしを真っ先に出迎えるのはどこか落ち着く、古い紙の匂い。真っ白な新書が並ぶ本屋さんとはどこか違うこの独特な図書館匂いがわたしは大好きだった。図書館に来たわけだけど、目的は本を借りるためじゃない。目指すは2階、自習室。
こつこつ、と階段をのぼるローファーの音でさえ響く図書館の静けさも嫌いじゃない。なるべく音をたてないように足の裏ぜんたいで踏みしめるように一段一段のぼっていく。のぼりきったら突き当たりの部屋が自習室。柔らかな絨毯が敷き詰められた床を歩いて、その部屋の前で立ち止まる。今日いちにち椅子に座って授業を受けている間についてしまった制服のスカートのシワをちょっと引っ張って、乱れた前髪を手櫛で直す。さいごに小さく息を吸って、力をこめて扉を押した。
中に入った瞬間、わたしはもう探し慣れた姿を求めて、窓際のテーブルに目を走らせる。その姿をいつもと同じテーブルの一番端っこにいることを確認すると、わたしも迷わずそのテーブルの反対側の端っこに腰掛ける。


心臓がうるさい。


いつもと変わらない髪型。いつもと変わらないシャーペン。いつもと変わらない黒いセーター。そのすべてがわたしを安心させる。今日も、やっぱり来ていたと。既に傾きかけていた夕日が彼の綺麗でまっすぐな黒髪に明るいオレンジの光を落とす。


神田。その名字だけが、わたしが彼について知っているすべてだった。

さかのぼること一週間まえ、特に部活をしていないわたしはテスト週間に入ったこともあって家じゃだらけてしまって集中できないので地元の図書館を訪れた。そこで何気なく座ったこの自習室のこの窓際のテーブルで、今まで一度もしたこともなかった、そしてこれからもしないと思っていたひとめぼれをした。シャーペンを握ったまま頬杖をついて、参考書に目を落とすとても綺麗なひとにわたしはくぎ付けになった。
おんなのひと…?髪の長さや繊細な顔立ちから最初はそう思ったけど、学ランを着ているところや、何よりその逞しい体つきから男子高校生だと判断できた。それにしても、なんて綺麗なんだろう。白くて長い指、長いまつげ、艶やかな黒髪からキリッとした目元まで、すべてが彼を引き立たせる要素になり得ていた。わたしは勉強をしに来ていたことなんて頭からすっかり抜けていて、周りはみんなテーブルのうえに本やノートを広げて何かしら作業をしているのにも関わらず、わたしはぼーっと綺麗な彼を見つめていた。何となく視線に気づいたのか、綺麗な彼は文字を追っていた目をふいにわたしの方へ向けた。怪訝そうに細められたその瞳まで綺麗な黒で、わたしはどきりと一度大きく胸を高鳴らせてから、あわててかばんからノートやらを出しはじめた。
こうして、わたしの図書館通いは始まったのだった。


今こうして思いだすと、彼のわたしに対するファーストインプレッションはお世辞にも良かったとは言えないものだった。もっとも、彼がわたしの存在を覚えていることを前提にしての話だけれど。
ノートに文字を書くふりをして、横目でちらりと彼を盗み見る。彼はルーズリーフに何やら一生懸命にシャーペンを走らせている。遠目からは掠れて見えるけど、どうやら数式のようだった。使っている教科書を見るかぎりは高校二年生みたいだった。へぇ、理系なのかな?この前は化学の参考書持ってたし。あれこれ考えを巡らすものの、真実はわからない。


ときどき目にする彼の眼鏡姿が好きだった。落ちかけた焦げ茶色のフレームのブリッジを指で押し上げる仕草にもいちいち大袈裟なくらいに胸が鳴った。これだけ彼の行動を見ている自分に思わず心の中で苦笑することもあったけど、実際のところ、正直、自分でもびっくりだった。今まで好きになった人よりも、彼について知っている事は極端に少ないし(寧ろ皆無に近い)その存在をしってからの日も浅いのに、好きというその気持ちはどの恋にも負けないのだ。唯一知っている彼の名字だって、彼の教科書に書いてあるのをたまたま見て知っただけだから。


何回か通ううちに、もっと知りたいという欲求が抑えられなくなってきた。こんな風に言ってしまうとストーカーくさいけど、純粋に、もっと彼のことを知りたい。本当は、彼にわたしの存在を認識してもらう方がもっといいに決まってるし、もちろんわたしもそうなったらいいなぁって思ってる。ここにはテスト勉強をしにきてるはずなのに、わたしは勉強なんて大義名分で、彼に話し掛けてみようかな、とか、あ、でもいきなり知らない人に話し掛けられたら迷惑だよなとかそんなことしか考えられてない。ひとめぼれ。だけど、容姿だけで彼を好きになったんでしょ、と言われると違うよ、ってなる。彼の容姿がとてもいいから尚更。お話もしたことないし、目さえ合ったこともないけど、その分彼の全部を知りたい。



楽しい時間はあっという間で、静かな空間に閉館を知らせる放送がひびいた。わたしはいつもその機械的な声で我に帰る。もうずいぶん人もまばらな自習室にはわたしと彼以外には二三人しか居なくて、それぞれが帰り支度をはじめていた。
帰りたく、ないな。またしばらく彼の姿を見れなくなるんだと言う気持ちが、わたしの帰り支度をするスピードを遅らせる。ぜんぜん書き込んでないノートや教科書をのろのろと鞄にしまいながら、彼の姿を確認しようと目を移動させる。…………あれ?え、うそっ居ない…?彼が座ってた席は消しカスも全部きれいに片付けられていてもう帰ってしまったみたいだった。……ふう。しぼみかけていた気持ちがさらに一気にぺったんこになった。一目だけ見たかったなぁ…



***




結局、マフラーを巻きながら一番最後に自習室を後にする。窓の外はもう闇の色が濃くて、窓ガラスに元気のなさ気な自分の顔が映った。
仕方ない。また、次来た時に彼がいたら、今度こそ何かしら行動しよう。いつまでもウジウジしてらんないし。
よしっと自ら気合いを入れて、階段に足をかけた。







「おい」


踊り場から、螺旋階段の一番下に目を落とす。はじめて聞いた彼の声は、図書館独特の耳鳴りがするような重たくて静かな空気を伝ってわたしの鼓膜をふるわせた。低くて、少し掠れてて、図書館の中でよく通る声。はじめて聞いたはずなのに、わたしにはすぐに彼の声だとわかった。



「神田、くん」


彼の名前を確かめるように一文字一文字、たいせつに発音する。そういえば、初めてだな…彼の名前を声に出すのって。

真っ黒な髪、真っ黒な瞳、真っ黒な学ラン、真っ黒なセーター、真っ黒なローファー。誰よりも夜が似合う彼はわたしの言葉を聞いて一瞬おどろいたように目を見開いて、ゆっくり口端をあげた。
今この瞬間、神田くんの笑顔がわたしだけに向けられたものだと思うと、それだけで新しい発見をしたみたいで頭が爆発しそうなくらいあつくなった。





「名前」
「え?」





「名前、教えてくれないか」
















20110329


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