かぎりなく地平線に近い遠方の空が、かすかに赤く染まっている。染まっていると言っても、それは夕日みたいにキレイなもんじゃない。炎だ。もっと言うと、すべてを焼き尽くす死の赤色。


ぴかっと光ったあとに、すこし遅れてガラスが震えた。今度は爆弾か。未だに震えているガラスに向かって、手を伸ばす。その爆音は空気を渡って心臓の奥にまで伝わる。オレは、もうだいぶ遠くに来たと思っていたけど、それはホームから離れただけであって、この聖戦は世界の各地で起こっていることを改めて実感する。
あの赤の中ではきっと、誰かが武器をふるっている。それもただの鋼鉄とかそんな次元のものじゃなく、神の結晶。それを扱う奴らもただの人じゃなく悪魔払い師。まあオレも、56時間前まではそれだったわけだけど。
あの戦火に入ってみないと分からないことがある。一番最初にあの冷たい機械に対峙したとき、冗談だろってくらい膝が笑った。額を脂汗がつたう感触がリアルにわかった。
まあその感覚も、56時間前にすべて捨てたわけだけど。



額をガラスに押し付けるようにすれば、ひんやりとした温度がじわり、じわりと体の芯に染み込んで、カツンと固いものが当たる音。

そう、捨てたはずなんだ。全部。


うっすら目を開ければ、自分の首から下がる鎖とそれに通された銀色の華奢な輪っか。それらが、オレの弱さを如実に表していて、歯列の隙間から息がこぼれる。ホームと呼んでいた場所を去ってからこの56時間、何度これを捨てようと思ったか。それはもう、自分の一族の能力を持ってしても記憶出来ないほどに。



なんだか耐え切れなくなって、テラスに出る。最上階だけあって弱くはない風が容赦なく身体に吹きつけて、ふんばってないと持って行かれそうだった。手すりを掴む。目をこらせば遠くの地平線は相変わらず真っ赤に染め上がっていて、遥か遠くから風で運ばれてきたのか、どこか懐かしいと言えば不謹慎だが、モノが焼ける匂い。

見える。
聞こえる。
感じる。
今は処分したオレの武器を使えば、あっという間に駆け付けられる距離。いっそ本当にそうしてしまおうか。頭の中で、颯爽と戦火燻る戦場へ乗り込む自分がぽわっと浮かぶ。しかし次の瞬間にはそんな夢物語はあたりに轟く爆音で吹っ飛ばされてしまう。




銀の輪っかを鎖からはずす。



「この指輪、私に?」




それを、人差し指にひっかける。




「ラビ、愛してるよ」






指を手すりから出して、宙にさらす。





「私の、持っていってよ。変わりにラビのは私が貰ってもいいかな?」





さっきまでとは比べもんにならない閃光と爆音。






「ばいばい」







指から滑り落ちたその感覚。そして、世界が裂けた。

















20110318

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