春物の洋服とか、雑誌で話題のマスカラとか、コンビニで見かけた新作のお菓子とか。いまどきの女子高生はどれだけお金があっても足りないくらい欲しいものがたくさんあって、お父さんお母さんから毎月おこづかいをありがたくもらっているものの、それだけではやり繰り出来ないのもまた事実で。なんとかおこづかいアップして貰おうと、さりげなーくお風呂掃除や食器あらいをしてアピールはしてみたものの、やっぱり無理っぽい。しかし、勉強面ではまったくと言っていいほどその本来の働きを発揮してくれないわたしの頭だったけど、今回ばかりは素晴らしいアイディアを授かった。


よし、決めた。

バイトしよう!






***






「…ふぇ〜」
「名前ちゃん、まだまだお客様いらっしゃるからシャキッとね!」
「は はいっ」

チーフの秋山さんのハツラツとした声に、だらんとしていたわたしの背中がピンと伸びる。すごいなぁ、秋山さん。今日わたしより2時間も前に入ってるのにわたしなんかより全然元気だなぁ。勤続5年といってしまえばそれまでだけど、レジ打ちからトイレ清掃まで難無くこなしてしまう秋山さんは、笑顔がさわやかな大学生のおにいさん。しかもその大学は近所でも有名な国立大学なのだから参ってしまう。バイトの人みんなからも好かれている、ほんとに凄いひとです。


小さいころから馴染みがあるという点と、なんとなく楽しそうという点から決めた今のバイトは駅前のファーストフード店。でも実際はかなりの重労働で、楽しいことに変わりはないけど、終わったころにはヘトヘトで、立ち仕事によってパンパンになった脚をひきずってフライドポテトの油でべったりな髪を夜風になびかせながら帰ることになってしまう。
でも、お金を頂いてる訳だから、こんな弱音は吐いてらんない…!よっし頑張ろう…!
わたしがそう心のなかで意気込んでいたちょうどその時、自動ドアがひらいた。

「いらっしゃいませー!」

明るく大きく元気よく、と秋山さんに指導された挨拶のしかたをもう一度あたまの中で復唱して、忘れちゃいけない笑顔も浮かべて、入口へ向けた。


「…神田、くん?」
「おう」
「ど どうしたの?」
「いや、ふつーに、飯」
「あ、そっか」


暖房でどんよりした空気を変えるような澄んだ夕方の風と共に入ってきたのは、なんと神田くんだった。それと同時にわたしは自分の馬鹿ぶりにカッと顔に熱が集まるのが分かった。ファーストフード店に来たのに「どうしたの?」なんて。何かしら食べるか飲むかしに来たに決まってるのに。うわぁ、神田くんに変なヤツって思われたよなぁ

そう思いながら、レジの前でメニューを眺める神田くんを盗み見る。外は風が強いのか、彼のまっすぐな黒髪が少し乱れている。そういえば、バイトを始めてから知ってる人に会うのって初めてかもしれない。
神田くんは今年はじめて同じクラスになって、ついこの間席替えするまで席が隣だったこともあってまあまあお話しはする方だと…わたしは思ってるんだけど、何しろ神田くんのことなので彼自身がどう思ってるかは謎です。
相変わらず、綺麗なお顔だなぁ。鼻筋が通っていて、二重だけど切れ長な目、すこしカサついてるけど形のいい唇。肌なんかはわたしより白いかもしれない。店員とお客様といういつもとぜんぜん違う立場なのをいいことに、わたしはまじまじと神田くんのお顔を見つめる。メニューを見る神田くんは伏し目がちで、長さを持て余してるまつげが影を作っていて、すこしドキリとした。


「外、風つよい?」
「あぁ」
「もうすぐ春なのかな」
「天気予報で、春一番っていってた」
「へぇ!そうなんだ」


そうして二言三言交わしていると、神田くんは決まったらしくて無難にハンバーガーセットを注文した。


「それじゃ、少々お待ちください」

いけないいけない。つい神田くんとのお話に夢中になっちゃってた。私は本来のしごとをまっとうするべく、ドリンクの入れ物を機械の下にセットする。あとはぽちっとボタンを押せば、優秀なこの機械が量をきちんとはかって入れてくれ……ガシャンっ

「えっ」

えっ何これ、いま変な音したよね?止まっちゃったよ?え、どうしよ…


「名前ちゃんどうかした?」
「あっ秋山さん!」

キッチンからひょこっと現れたのは秋山さん。私があたふたしてるのを見兼ねて駆け付けてくれたらしい。さっそく、機械が壊れてしまったいきさつを説明する。

「あーこれよく壊れるんだよ」
「えっそうなんですか」
「うん ちゃちゃっと直しちゃうから他のやっといてくれるかな?」
「はい」


それからしばらく、秋山さんはほんとにちゃちゃっと機械を直し、無事神田くんにハンバーガーセットを渡すことができた。そして、一区切りついたころにはバイトの時間も終わりに近づいていた。


「名前ちゃん、そろそろ上がっていいよ」
「はい ありがとうございます!お先に失礼します」




****





「…神田くん?」

お店を出ると従業員用の出入り口の前に立つ長身。まさかと思いながらも呟くように問い掛けると、ああ、と掠れた声。


「え、どうしたの!?」
「いや、待ってた」
「誰を?」
「…お前」
「えっ わたし?」
「ああ、もう暗いし、お前そろそろ終わりそうだったから、待ってた」
「えっ なんかごめんね、待たせちゃって…寒かったでしょ?」
「気にしなくていい。それより、ちょっと歩かないか」
「うん」




****




「なあ」
「うん?」
「バイト、大変そうだな」
「うーん最初は大変だったけど今は慣れたかな、だいぶ」
「そうか」
「うん、そう」
「名字、彼氏とかいんのか?」
「えっ!?彼氏っ!?」


太陽が沈んであたりの闇の色が濃くなり始めているなか、肩と肩が触れそうな距離で神田くんといっしょに歩く。とりあえず駅に向かってゆっくり進むことにした。今日ずっとふいている強い風に煽られた神田くんの髪がさらりと私の腕にかかる。そんな、今まで感じたこともないほど神田くんをたくさん感じているときにこんなことを聞かれる。


「年上で真面目そうでよく笑うやつとか…」
「もしかして、秋山さんのこと言ってる?」
「秋山っていうのか?さっきの…」
「そう、バイトの先輩。秋山さんは彼氏じゃないよ。可愛い彼女さんがいるから」
「そうか、良かった」
「……良かった?」
「!! えっ いやっあの………別に……なんでもない」
「なんかごめんね」
「いや、名字が謝らなくていい!」
「そ、そっか」


わたしの一言でなんだか申し訳ないくらい微妙な空気になってしまった。ちらりと神田くんの様子を伺うと、俯いているようで長い前髪に隠れていて表情がわからない。
とりあえずそのまま歩き続ける。



「ほら、もうすぐクラス替えだろ」

気まずさが限界に達しそうになったころ、神田くんが口を開いた。


「そうだねぇ。もうそんな季節かー」
「そんで、」
「うん?」
「なんつーか…」



神田くんはゆっくりと、そして、ひとつひとつ丁寧に言葉を選んでいるみたいだった。なんだか不思議な気分。普段の神田くんなら、すぱっと自分の考えを言うひとだと思ってたけど、案外そうでもないみたい。私服もこんなんなんだとか、チーズバーガーよりハンバーガーが好きなんだとか、今日だけで今まで知らなかったし見えなかった神田くんの色んなことが分かった。
それで分かったことがもうひとつ。

わたしはまだ、神田くんのことを全然知らないってこと。





「俺、次も名字とおなじクラスになれたらいいと思ってる」
「え、ええっ!?」
「……嫌か?」
「う ううんっ!わたしもだよ!もし神田くんと同じクラスだったらすっごく嬉しい!」
「そうか、よかった」
「うん!」


あまりに唐突なことに、わたしはほとんど無意識のうちにそう答えていた。でも、神田くんと来年も一緒にいれたら凄くうれしいし、それだけは胸を張って言えるから。もしおなじクラスになれたら、神田くん。わたしは神田くんのことをもっともっと知りたいよ。わたしのことも知ってもらいたいよ。
桜が咲く季節はまだもう少し先だけど、わたしたちの髪をふわりと撫でるこの風は、ほんのりと暖かさを孕んでいて、こんなにも柔らかい。

わたしが最後の一言を言い終えたとき、ふと目に映った彼の笑顔を、わたしは一生忘れないのだと思う。












20110227



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▽タイトルのサンタ・アナとは、LAの盆地で秋から冬にかけて吹く強い風のことを言います。この風が吹くと何かが起こるという言い伝えがあるらしいです。素敵。

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