「鍋くいたい」


脳内の約九割が蕎麦で構築されているであろう私の彼氏がある日突然こんなことを言ったので、こいつのもう神懸かり的とも言える偏食を心配しなくていいのと、鍋くいたいって言い方がなんとなく可愛かったので私はそれはもうウッキウキルンルンで鼻歌まで歌ってこんな寒いなかを、材料調達に出たのである。
あのね、考えてもみてください。一日に最低一回、そば粉から蕎麦を作らされる私の苦労を。なんか、蕎麦の生地を切る四角いおっきな特注包丁も買わされました。もうプロ並だと自負してます。しかも、どんなに言っても自分は絶対つくらないくせに私がちょっと手を抜いて茹でるだけの蕎麦買ってきたりすると「てめェ何様だ」的な視線をいただくのです。いや、何様だはこっちのセリフですよね、と。



「……さっぶ!」


ああああ寒い寒い。立冬は過ぎたといえど、日が沈んだあとの刺すような寒さは相変わらずです。マフラー持って出るの忘れちゃったし、首周りがチキン肌。
自然と上がる肩と、合わない歯の根をそのままに、近所のスーパーへの道のりを足早に急ぐ。
んー、何鍋にしようかなぁ。モツ鍋おいしーよね。私大好き。でも誰かさんが「脂っこい」とか文句を垂れやがりそうなので仕方なく却下。じゃあシンプルに鶏塩鍋?いいかも。そんでシメは雑炊にしよう。それでもまだ脂っこいとか言おうものなら、あいつのご飯なし!よっし、決定!

そうと決まれば、あとはちゃっちゃと材料調達して、帰ってこたつに入ろう。準備は絶対にやらせるんだから。キャベツとか鶏肉とかざくざく切るだけだし、出来るよね。てかやらせる。



***




「えっとー、キャベツと鶏肉と、ニラとスープの素とマロニーちゃんと…」

冷蔵庫に何本かにんじんあったはずだから、それも乱切りにして鍋に入れちゃおう。スーパーの野菜売り場の前で材料の最終確認。あとはお会計して帰るだけ。
一番すいてるレジをさっと判断して、これまたささっと並ぶ。なんか、熟練の主婦みたいでちょっと気分がいい。主婦かぁ…。今はお互い大学生だし、結婚なんて全然視野に入れてないけど、ゆくゆくは…なんて、あいつは考えてるんだろうか。そうだといいな。



「らっしゃいませぇ」

「うわっ」


ちょうダルそうないらっしゃいませと共に目に飛び込んで来たのは、眩しくて毒々しいとも言えるほどのオレンジ色。やっと順番が来たと思ったら、レジはまさかのラビでした。うわー、確かこの人、バイトめっちゃ掛け持ちしてたよね。今度はスーパーかい。


「店員さんちゃんと愛想よく接客してくださいー」

「さっきコンビニでバイト上がって直でこっちのバイト来たんさー。ねみぃんだからしょうがねぇだろー」

「がんばるね」

「だろ、俺ってばちょう偉い子」

「ラビさん早くして下さい」

「はいはい、942円になりまーす」

「1000円で」

「おつりはチップとして頂きますがよろしいですかー」

「はいもうよろしいです。バイト頑張ってね」

「おう、サンキュ」






***





街灯がぽつぽつとだけある道を、エコバッグ片手にとぼとぼ歩く。
さっきとは打って変わって、すっかりあたりの闇の色は濃くなっていて、スーパーの中の暖かさが少し恋しい。
うう、なんかちょっと怖いかも。夕ご飯の時間帯なだけに、あたりに人のすがたはなくて意味もなく背後が怖くなって、ちらちらと何度も後ろを振り返ってしまう。静かな団地に私のブーツの底がコンクリートを打つ音だけがやけに大きく響く。



コツコツコツコツ


カツカツカツカツ



あれ、




コツコツコツ

カツカツカツ





私の足音に混じって、遠くからかすかに違う足音が聞こえた。反射的に顔をあげて目をこらすと、少し先からこっちに早歩きで近づいて来る闇に溶け込むような、黒。それでいて、私が世界で一番安心する、大好きな黒。



「…神田っ!」

そう大きな声で叫べば、一瞬、彼の表情がやわらかく緩んで更に歩みを早めた。その距離がゼロになったとき、エコバッグなんかほうり投げる勢いで私は神田に抱き着いた。



「どうした」

「んーん、何でもないよ。ちょっと寒くかっただけ」

「ん」

その言葉につられて、一度彼のあったかい身体にうずめていた顔を離すと、彼の手には、私のマフラー。


「薄着すぎんだろ、馬鹿か」

「馬鹿は余計ですー。てかわざわざこれ届けにきてくれたの?」

「まぁ、そんなとこだ」

「え、他になんかあるの?」

「ねェよ」

「あるんでしょー。ねぇ、なになに?」

「ねェっつったらねェよ。ほら、行くぞ」

「うぎゃっ」


神田は私の手からマフラーをちょっと乱暴に取ると、私の首にぐるぐるし始めた。そして極めつけには、私の冷えきった左手に指を絡めて、そのまま神田のダウンのポケットに。


「なにこれ」

「はぁ!?何ってあるか?」

「いや、神田の手、暖かいなーって思って」

「歩きながらずっとポケットの中であっためといてやったんだ。感謝しろ」

「え、なんか嬉しい」

「そーかよ」

「なんか今日の神田デレてるねー。かぁわぁいいー」

「勝手に言っとけ」



二人で並んで歩きながら神田の顔を見上げると、ぱちりと目が合った。



「あ」

「どうしたの?」

「おい、マロニーちゃん買ったか」

「もち」


神田、マロニーちゃん大好きだもんね。
でも私は、蕎麦が大好きな神田も、心配で迎えにきてくれる神田も、照れ屋な神田も、全部大好きだよ。帰ったら、二人でとびっきり美味しい鍋、食べようね。











20110207


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マロニーちゃんは、しらたきみたいなヤツです。
鍋たべたいよー



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