どきどき


すれ違う人は、みんな決まりきったように身を縮こまらせながら足早に歩いていて、それはそれは寒そうだ。
私も例外ではないのだけど、さっきからうるさいくらいに鳴っている心臓のせいでほんの少しだけ身体が熱を放っている。
歩いているうちに前に垂れてきたマフラーをぎゅっと巻き直した。

ああ、そこの横断歩道を渡って右に曲がれば、着いてしまう。着いてしまうと言っても、待ち合わせ自体が嫌なわけじゃない。むしろ、昨日までは今日という日を指折り数えて、楽しみすぎて昨夜はなかなか寝付けなかったほどだった。でも実際は当日になると、昨日までは気にも留めなかったことが不安になりだしたりしてどうしようもなく緊張してしまうらしい。
私服はどんなのかなとか、もう居るかなとか、いつも人一倍に口数が少ない彼と会話が続かなかったらどうしようとか。初めてのことに、どうしたらいいのか分からないことだらけ。
この日の為に、何日もまえから準備していたお気に入りのお店で買ったスカートが、冷たい風で揺れた。


角を曲がると、

ー…居た



真っ黒な髪に、すらりと高い背。良い意味で、周りからは掛け離れた雰囲気をまとっている。見間違えるはずがない、彼の姿。見慣れている制服姿とはちがうとてもセンスのいいシンプルな格好。そんないつもと幾分か違う彼の姿に、心臓がもっと速く鼓動し始める。

「10時に駅前に待ち合わせね」約束の言葉どおり、駅前の柱に軽く寄り掛かっている。腕時計に目を走らせれば、たったいま待ち合わせの時間になったことがわかった。
冷たい風に吹かれて乱れた髪を手櫛でとかして、小さな深呼吸をひとつして、小走りに彼のもとへ向かう。



「お、おはよう」

「………!」

噛みながらも神田くんに声をかけると、さっきまで少し俯きがちだったきれいな顔がバッと上がった。切れ長な目が見開かれてる。


「……はよ」

何拍か遅れて返ってきた挨拶。今まで休日にこうして会うことが無かったので、なんだかお互いにお互いを直視できなかった。どうしよう、今絶対に顔赤くなってる…
しばらく向かい合ったまま沈黙を続ける私たちの横を、仲睦まじく手を握る男女が通りすぎる。


(手、つないでる)


無意識のうちにそのカップルを目で追う。
わたしはこうして付き合うのは神田くんが初めてで、付き合ってからカップルらしいことはまだ一度もない。と言っても、わたしも何をしたらいいのか分からない。道行く人が一度はふりかえる程に魅力的な彼が、わたしの告白を受け入れてくれて、こうしてデートまでしてくれるのは奇跡に近いんだよなぁ、と今更実感した。
これ以上の高望みはいけない。
手つながない?とか、名前で呼んでもいいかな?とか。自分の中で漠然とイメージしているカップルらしい行動を、あわよくば彼の方から…なんて思っていた自分の欲を振り払うように頭を左右に振った。

は、と気づいたときには、神田くんが不思議そうにこちらを見ていた。

どうしよう、と、とにかく何か喋らなくちゃ…!

「待たせちゃってごめんね。か、神田くん、どこ行こっか?」

神田くんは驚いたように一瞬固まった。
え、わたし、今なんか気に障るようなこと言っちゃったのだろうか。もしかして待ち合わせ時間まちがえたとか?いや、でもそれは何回も確認したし…。頭の中で必死に答えを求めて悶々としていると、神田くんがとつぜん、

「おい」

と言った。わたしの視線は、ちょうど神田くんの鎖骨あたり。その声から察するに怒ってはいないみたいだけど…。ひとまず安心して胸を撫で下ろしたのもつかの間、神田くんは少し身を屈めて、わたしの目線にその綺麗な目を合わせた。

彼の黒耀石みたいな目に、これまたびっくりする位まぬけな顔をしたわたしの顔が映る。



「ユウでいい」


神田くんは、少し掠れた、わたしの大好きな声でそうとだけ言うと、薄い朱色に染まった顔をそらした。そして、スカートを軽く握っていたわたしの手の平をちょっと強引に開いて指を絡ませる。
神田くんの右手からわたしの左手へ、その柔らかなぬくもりがじんわりと伝わってきた瞬間、さっきまでの漠然としたカップルの定義なんか、どうでもよく思えた。口にしなくても、不器用でも、わたしが思ったことを一気に形にしてくれる神田くん。
わたしには神田くんが居て、神田くんのぬくもりを直接肌で感じられる。この暖かさを知っているうちは、わたしの心は永久に神田くんだけのものなのだ。なによりも確かなその事実があるだけで、わたしはもう十分すぎるほどの幸せを味わっている。


わたしの手を引くように一、二歩先を歩く神田くんの表情はうかがえないけれど、きっと、いつもより何倍もきれいな顔を赤く染めて、微笑んでいるにちがいないのだ。














(こんな温度がちょうどいい)







20100116
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企画サイト楔様に提出。とっても素敵な企画、ありがとうございました!

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