「あら、名前どうしたの、それ?」


昼下がりの柔らかな光が降りそそぐ談話室に足を踏み入れると、ティーカップを持ったリナリーが微笑みながらそう尋ねてきた。

「ん?これね、さっきラビの部屋行ったらあったんだけどね…」

そう返すと、リナリーはことん、とカップを置いて隣をすすめた。私が「ありがとう」と言い、ふかふかなソファーに腰を落とすと彼女は私の首に巻かれているバンダナをしげしげと見はじめた。

「ラビ、いま任務よね?」
「うん。スイスだって」
「じゃあ、忘れていっちゃったのね、バンダナ」
「そうみたい。ラビ、抜けてるとこあるからなぁ」
「そうね」


バンダナに鼻を埋めてみると、太陽と向日葵が混ざったような私の大好きなラビの香りが微かに鼻孔をくすぐった。

「ふふっ」
「リナリーどうしたの?」
「いいえ。ただ、名前、本当にラビが好きなんだなって」
「え…、そう見えた?」
「そんな顔してれば、鈍い神田でも分かるわよ」

そう言われて、慌てて頬に手を添えるとそこはだらし無いほどに緩みきっていた。うわ、恥ずかし…

「それは嫌だなぁー」

はは、と背もたれに寄り掛かって笑い飛ばせば、後ろから不機嫌そうな舌打ちが聞こえた。


「げ、出た!」
「…なんだと?」
「何にもないよー」
「ちょうど良かった、神田も一緒に話しましょうよ」

有無を言わせず、リナリーが神田の腕を引っ張った。綺麗な漆黒の前髪を掻きあげ、いらいら顔の神田だけど、なんとか向かいのソファーに腰を下ろした。

「今日はエクソシストによく会う日だね」
「本当ね。あら、アレン君!」

アレン君というワードが出た瞬間に、向かいの神田の目がこれでもかというほど見開かれた。談話室の扉に目をやれば、美味そうなマフィンを両手いっぱいに抱えたアレンがこちらに気づいて左手をあげた拍子に、マフィンが二、三個落ちた。


「ああっ、マフィンが!」
「ざまぁないな」

この世の終わりみたいな悲痛な悲鳴をあげ、マフィンを拾っているアレンを神田が鼻で笑った。アレンのくりくりした目がキッと鋭くなる。


「……むごっ!」
「三秒ルール」

という言葉と共に、神田の口はマフィンでいっぱいになった。必死に飲み下そうと涙目になっている神田をみんなで笑って、それからマフィンを食べて紅茶を飲みながら談笑した。


(ここに、ラビが居たらな…)

ふと、本当にふと、赤毛の彼の顔が頭を過ぎった。さっきから首もとからほんのりとする香りせいかもしれない。
同年代のエクソシストがこんなに集まる機会はめったにない。
それは、この聖戦が更に激しさを増して、徐々に、そしと確実に力を増す伯爵たちに対して教団側も余裕なんてないことを物語っている。わたしたちだってそれは分かりすぎるほど分かっているから、こんな些細な日常をひとつひとつ大事に出来るんだと改めて実感する。それに、ラビは人一倍空気が読めると言うか、たまに読みすぎてしまうこともあるから、私が言うのもあれだけど、二人きりの時間をとても大事にしてくれる。
そんなラビの性格が、彼の本当の職業柄からくるものだと気づいたときは、どうしようもなく苦しかった。今となっては流石に割り切っているけど、心の片隅ではまだどこかで「ずっと一緒にいれるんじゃないか」とか考えている自分もいる。そんなの気休めに過ぎない。だけど、全部ひっくるめてラビはラビなのだ。
他の名前だったころの彼のことも全部知りたいと思っていたのが以前のわたし。「ラビ」を一生懸命愛そうと思ったのが今のわたし。


ああ、今すごく、ラビに会いたい。




ジリリリンッ




がやがやと盛り上がっていた四人の会話が一瞬とまる。

「名前のゴーレムじゃない?」

リナリーの言葉が合図かのように、団服のポケットから私のゴーレムが飛び出した。パタパタと翼をはためかせるそれ。何故だか、今のわたしにはその通信相手がわかるような気がした。

「ラビじゃないですか?相手」

私が考えたていたことなんかお見通しみたいに、アレンが微笑んだ。

「そうかもしれない。ちょっと行ってくるね」

そう告げると、みんなは快く送り出してくれた。
ラビからの通信のときは、なんとなく、はずむようなベルの鳴り方をする。気のせいかもしれないけど、ラビだと直感したときはほとんどはずれない。
何日かぶりにラビの声を聞けるかもしれない期待と、早く無事を確かめたいと思うはやる気持ちでくすぐったいわたしの胸は大きく鳴っていた。
そして、温かな空気が流れていた談話室の扉を押して、身を切るような寒さの廊下へと足を踏みだした。







****







「もしもし?」
『はぁ、はぁ、名前…か?』
「うん!久しぶり。なんだか、息苦しそうだけど大丈夫?」
『あ?ああ、大丈夫さ。そ、それより、今何してる?』
「あのね、今談話室でリナリーたちと話してたんだよ」
『今、話せるか?』
「うん」


話せるかって、なんだろうなぁ改まって。電話してるんだから、わざわざ言わなくたって大丈夫なのに。不思議に思うところはたくさんあるけれど、それでも何日かぶりに、機械越しにではあるけどわたしの耳に届いた彼の声は、少なからずわたしを安心させてくれた。
やっぱりラビってすごいなぁ。






『あのな、名前』
「うん」








あのときの私は、本当に無知だった。
彼の声が震えていたことが分かっていたなら、時折漏れるうめき声に気づけていたなら、彼の声が永久にこの耳に届くことはないことを、あのとき知っていたなら。自分の運命を知っていながら、それを敢えて言わなかった彼の想いをあのとき私が察していたら。そして、伝えきれなかったたくさんのありがとうを言えていたなら。


そして何より。
彼がブックマンである以上、絶対に言ってはいけない「あの」言葉を使うというタブーを侵してまで、私にその気持ちを伝えてくれた時のラビの表情を頭に思い浮かべてみると、何故だか、彼は笑っているのだ。

本人が居ないと確認のしようがないその事が真実になるとき、私はきっと、救われる。











****









あのな、名前

うん

どんだけ時間が経っても
どんなに場所に居ても
俺が永遠にお前のことが好きなのは変わらないことなんさ

だからって、お前が永遠に俺のことを好きでいろなんて言わないし、言っちゃいけない

だけど、お前がいまこの瞬間、俺のことが好きだったってことだけは、永遠に覚えておいて欲しい


















20120213




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