※現パロ
煌々と光を放つイルミネーションの中を、早歩きで家路につく。こんな時に限ってすれ違うのは、それはもう幸せそうにピンク色のオーラを放ったカップルばかりで余計に自分が惨めに思えてくる。そりゃそうか。だって今日はクリスマスだし。
はぁ、と深くため息をつけば、息は白くなって宙に溶けた。
「あのバカ男め…」
いつもならこんな風に悪態をつける相手も、今の私の隣には居ない。こういうとすこし誤解を招くかもしれない。「今頃は隣にいるはずだった」というべきだろうか。
世間はクリスマス一色。どこもかしこも緑と赤がぴかぴかしていて、街全体がそこはかとなく暖かい印象を放つ、そんな季節。普通ならみんな楽しみにしているところだけど、私はこの季節はどちらかと言えば嫌い。だって、夜は足先が冷えて寝れないし、肌は乾燥してぴりぴりするし。おまけにクリスマスケーキや年明けのおせち料理を食べ過ぎて体重だって増える。良いことなんて一つもない。つい数日前までこの日を心待ちにしてた自分をひっぱたいてやりたい。
ちらり、時間を確認しようとして手首に目をやる。ついいつもの癖でやってしまったけど、そこに腕時計はついていない。ああ、そうだ。このまえ無くしたんだった。なんか最近ほんとついてないな…
はあ、またため息がこぼれる。
通り過ぎたコンビニの中の時計をみると、すでに待ち合わせの時間から2時間半が経っていることがわかった。
こんな寒空の下で彼女を2時間半も待たせるなんて…ああもう、本当に惨めだ。今日は巷で人気のフレンチレストランに行って、クリスマス記念のプリクラを撮って、一緒にお泊りする約束だったのに。
さすがに2時間半たっても連絡の一つもないし、今日はもう帰ろうとして、家に向かって歩いているのである。
(ドタキャンとか…まじないわ。あの兎め…)
「おーい!!」
後ろから、大きな声。でも私は振り返らない。………幻聴だ、と自らに言い聞かせる。
「おい、ちょ、待ってさ!」
無視…げふんげふん、幻聴だ。独特の語尾に嫌でも思いあたる節がある。
「つかまえたっ!」
気がつくと、私以上に冷え切った手が私の手を包んでいた。ゆっくりと振り返れば、ぜいぜい、と荒い息と共にラビの胸が上下するのが見える。
「何?」
「まじ、本っ当にごめんさ」
「…ふん、」
「怒ってる?やっぱり怒ってるさ?」
「別に」
ラビの手を軽く振りほどいて再び歩を進める。
「待ってさ!」
「そんな大きい声で叫ばないでよ、恥ずかしい」
「何回でも謝る。本当にごめんさ」
「は?意味わかんない。彼女を2時間半も待たせてごめんしか言えない彼氏なんてわたし嫌だよ」
「ごめん」
「あなた誰ですか。そんなふざけた髪した人なんてわたし知りません」
「ごめん」
「…はあ、」
「ごめん」
つぎの瞬間、視界には綺麗なイルミネーションじゃなくて、ラビのお気に入りの茶色いセーターでいっぱいになった。セーターからふんわりと香るこの香りも、かぎなれた匂い。五感がぜんぶラビでいっぱいに満たされたとき、わたしの「絶対ゆるさない」という固い決意はいとも簡単に揺らいでしまうのだ。これもいつもの事。これだからラビってすごい。
「なんで?」
へ?と聞き返してくるラビの左目を見据えて、再び口を開く。
「なんで遅れたの?」
「それは…言えないさ」
「へぇ」
「う…」
「………」
「わかったさ!言うからそんな目で見んなさ」
ふふ、と口端から笑い声が漏れる。ラビの手を握り、ほら、と促す。
「実は、バイト先の先輩が体調不良で早退してさ。オレが代わりに入ってたんさ。で、長引いたってわけ」
「はぁ!?クリスマスの日はシフト入れなかったって言ってたじゃん!」
「いや、事情があってな」
「言って」
言葉を濁すラビに、有無を言わせない口調で問えばラビは「お前には敵わないさ」と苦笑した。
「腕時計」
「え?」
「無くしたんだろ?」
「あ、うん」
「だから、その、うん…」
「だ か ら?」
「だぁーもうっ!だから新しいの買ってやろうと思ってバイト増やしたんさ!」
ラビのこの言葉を聞いた今のわたしの顔は、多分「呆然」って言葉がいちばん似合ってたんじゃないかと思う。それくらい、本当に驚いた。第一、ラビに腕時計を無くしたこと自体言ってないから気づいてたことにまずびっくり。ここ最近のラビは本当に昼夜問わずバイト漬けだったから、そのときは構ってもらえなくてふて腐れてた。だけどそれが自分の為だったと分かった今、すごく、本当に嬉しい。
なぁんだ。私、愛されてんじゃん。
「オレ、かっこわりぃな」
「うん、かなり」
私がラビのことを笑ったのかと思ったのか、ラビは下手くそな笑顔をはりつけて私を見た。全力で走って来たせいか、自慢のキレイな赤毛がぼさぼさなラビは、最高にかっこわるい。だけど、それの何倍もかっこいいのだ。上手くは言えないけど。
ラビと一緒にいれば、イルミネーションだって霞むくらいキラキラした時間が流れる。
美味しい食事も。
記念のプリクラも。
プレゼントも。
何ひとつ無い散々なクリスマスだったけど、わたしにはこれで十分なのかもしれない。
そんな素敵なクリスマスをプレゼントしてくれたラビに、そこらへんに転がっているような陳腐な言葉じゃなくて、私がラビを想う気持ちを伝えられるいちばんの言葉。
「でも、それもラビだもん」
かっこわるいラビも、いい香りがするラビも、私の為に全力で走って来てくれるラビも、全部、私が好きなラビ。だから、ありがとう。
そう小さな声で言えば、ラビは私の大好きな顔で笑ってこう言った。
「メリークリスマス!」
サンタさんはもう来ない
(代わりに、愛しい赤毛の彼が居るから!)
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OZ様に提出。
素敵な企画、ありがとうございました!
20101210