※学パロ
「じゃ、リナリーまたな!」
「ええ、また明日。名前もさようなら!」
「う、うん!またね…」
今日も長いようで短い一日を終え、リナリーに別れを告げたあと、流れでラビと二人で帰路につく。すっかり日が暮れるのが早くなったこの季節に、頬にあたる風が幾分冷たく感じる。
そして。
私の半歩先を歩くラビ。ヘッドフォンから流れる音楽に合わせて軽く口笛でリズムを刻んでいる。その口笛だけで、ああ、これはラビが一番好きなバンドの曲だな、とひらめく自分。ああ、相当ラビに惚れこんでしまっている。
いつもなら、滅多にない二人で帰るというこのシチュエーションにうきうきなはずなのだが、今日は少しばかり違う。原因というか、要因というか、それはさっきの別れ際のリナリーとの会話にある。
授業が終わって、帰りのホームルームも終わったあと。掃除当番の私とリナリーの二人で話していた。その会話の中に、ラビが入ってきたのだ。「おーす、リナリー」と笑いながら。
もうその時点から私はずっとこの調子。わかってる、わかってるんだけど!リナリーは美人だし、私はせいぜい真ん中あたり。いや、端からみたら中の下かもしれない。まあとにかくそんな二人が並んでいたらリナリーに話しかけたくなるのはわかってるんだけど。
私はラビのトクベツなんかじゃない。自惚れるな。そう何度も自分に言い聞かせても、脳内では「もしかしたら」という希望や期待がさいごまで付きまとう。ああ、これだから恋ってやつは。タイミングよく道に転がっていたコーラの赤い缶を蹴っ飛ばそうとして右足を構えた。しかし、その赤い缶がどうしてもあいつと重なって、結局足でつつくだけで、コロコロと転がっていった。
私の日常のこんな下らない些細なことまでに影響を及ぼすラビの存在が、今はどうしようもなく苦しい。
期待したら、その分ダメだった時のショックは大きい。こんなことわかっているはずなのに。彼が話しかけてくれたり、微笑んでくれただけで自分の中で体積を増していくこの感情。だから、恋なんてしたくなかった。彼の行動に一喜一憂して、一日中彼のことしか考えられなくて、他のことは一切手につかない。
恋なんてしない方がいいに決まってるのに、気づいたらもう目で追ってるんだから困ったものだ。そして、一回落ちたらどんなに足掻いても後戻り出来ない。ハイリスクなのに、ハイリターンが返って来るとは限らない。むしろ、一寸先は闇の手探り状態。私はいつからこんな危険な賭けに身を投じるギャンブラーになったんだろう。
なんだかやりきれなくなった私は、ちらりとラビを見る。相変わらずヘッドフォンからシャカシャカ音が漏れるほどの大音量でロックを聞いてる赤毛の彼。
「私、やっぱりこんなうじうじしてたらウザいよね…?」
試しに彼の広い背中に向かって話しかける。一瞬だけ、ラビがピクッと動いた気がしたけど、未だ鳴りやまないシャカシャカ音。やっぱり何も聞こえてないみたい。それをいいことに、私は溢れ出して止まらなくなった感情をまた口にする。
「わかってるよ、でもね、ラビが他の子と話してるだけで、何て言うか……」
何も反応しない赤毛の彼の背中を見て、ああ、こんな独り言、バカみたい。と口をつぐんだ。
あああああああ!もう!ラビのばか!こんなに悩んでるのだって、顔が熱くなるなだって全部ラビのせいなのに。当の本人は上の空で音楽に没頭。
「いった!いってぇぇ」
ラビの両耳をすっぽり覆い隠す形のヘッドフォンを横にびよーん、と引っ張って手を離す。バッチン、というリアルな音と共に赤毛の男が、野太い叫び声をあげる。形のいい耳が真っ赤に腫れてる。ラビざまぁ。耳を押さえて道端にうずくまっているラビを見ながらニヤついていると、ヘッドフォンを首にかけて、ラビはゆっくりと体を起こしてこっちを向いた。
西日に照らされて、普段から色鮮やかなラビの髪が更に真っ赤に燃え上がる。あまりにも綺麗な赤に、私は息をするのを一瞬忘れる。そのままラビも夕日に溶けていってしまいそうで怖くなった。
夕焼けをバックに、こっちを見つめるラビの目があまりにも真剣だったものだから、てっきり仕返しされると身構えていた私は拍子抜けしてしまった。
「で?」
「は?」
「続き、」
「……っ」
「まだ聞いてねぇんだけど?」
どうやら、つつ抜けだったらしい。あれは絶対音楽聞いてて私の話なんて聞こえないと思ってたのに。うわ、どうしよう、なんか恥ずかしい…
「た、多分ラビの思ってる通り、だよ…」
「そ」
「…うん、」
「じゃあ言わせてもらうさ」
「?」
「さっき下駄箱でオレがリナリーと話してるのを見て嫉妬して、オレがたくさんの女子とメールしてるのを見てまたまた嫉妬して、でも、やっぱりラビのことが好き、」
「………!」
「ざっとこんなとこさ?」
「な、なんで…?」
あまりの急展開に、一人おいてきぼりを喰らった私は呆然と彼にそう問った。ラビは「バレバレさ」と不敵な笑みを零した。
私が大好きなラビの綺麗な左目が、私を映している。
「まあでも安心してさ」
「うん?」
「……わっかんねぇかなあ、」
なんだか照れ臭そうに両腕を頭の後ろで組んだラビは、すたすたと夕日のほうへ歩き始める。
悔しいほど長い脚を持つ彼に追いつこうと私は必死に小走り。
もうおいてきぼりを喰らうのは御免だ。
やっと同じ目線まで追いついて、髪と同じくらい真っ赤な耳のラビの視線をとらえる。
一度うつむいて、やがて決心したようにばっ、と顔をあげた彼は、わたしの大好きな目を細めてはにかんだ。
「俺の気持ちも、多分、お前が思ってる通りさ」
耳が赤いのは、どうやらヘッドフォンをぶつけたせいだけじゃなさそう。
月は出ているか
(否、未だ夕日は輝きつづけている)
20101128