「ああ、こりゃ駄目だ」
俺から少し離れた先に居る二人の様子を見ながら、言ってはいけないと思いつつも、思わず口からこぼれ落ちてしまう言葉。
しかし、逆に聞きたい。
今、この状況を見て、いったい100人中何人が良い方向に転がると思えるか。おそらく1人いるかいないかが関の山だろう。つまり、バッドエンドが決定的ってことだ。
「あ、あのね、わたし……神田のことが、す、好きなの…」
「あ?意味わかんねェこと言ってんじゃねェよ。邪魔だ」
なんで、こいつは自ら見込みのない暗闇に真正面から突っ込んで行くのだろう。俺にはそれが不思議でしょうがない。自分を好きになってくれる人だけ好きになればいい。至極簡単な話じゃないか。実際俺は18年間の人生そうやって来たし、それで困ったことはない。これほど単純明快なことの方が珍しいと思うのだが。こいつだって頭は切れる方なんだから、それくらい分かりきっているはずだ。
まあ、恋は盲目ってやつか。
しばらくして、ユウの怒鳴り声が聞こえたと思ったら、すさまじく深い皺を眉間に刻み込みながら大股でこちらに向かってきた。
かなり気まずいが、さすがに無視を決め込むには距離が近すぎる。
とりあえず声かけとくか。
「おーっす、ユウ」
「おい」
「あー?」
「てめェがあいつをけしかけたんだろ?」
「………まあ」
「チッ」
(バレちゃってたか)
盛大な舌打ちをひとつ残すと、ユウは堅いブーツの音を高らかに響かせながらその場を去っていった。
まあ確かにユウが言った通り、名前に恋愛の相談を持ち掛けられて、「じゃあ告っちゃえばいいさ」とけしかけたのはオレだ。
だってさ、あいつのこと見てたら、本当にユウの前だとウジウジモジモジしてて見守ってるこっちがやきもきしちゃうんさ。
まあ、告る前から玉砕するのは誰の目から見ても確実だったから、あいつだってそれなりの覚悟を決めてったんだろ?
だったら晴れやかな顔、してるはず。
残念だったな、の一言でも掛けてやるかと、ふとあいつ…名前の方へ目を向ければ、俯きながら小さな肩を震わせていた。
あいつ、泣いてる。
「お、おい…何で泣いてるんさ」
慌てて名前のもとへ駆け寄る。
しかし、泣く意味がわからない。
この先一生恋ができないって訳じゃないだろ?ましてやここは黒の教団。男なんて掃いて捨てるほど居ると言うのに。
ユウは男のオレから見ても、美形だと思う。いやでも…それよりかっこいい奴だってそのうち見つかるだろう。例えば…オレ、とか。
そんな脳天気ことが頭をぐるぐると駆け巡っているうちに、名前がゆっくりと顔をあげた。
(うわ、目ぇ真っ赤……)
顔を上げた彼女は、頬を伝っていた雫をごしごしといささか乱暴に拭くと、口を開いた。
「はは、あたしフラれちゃった!」
なんと、健気にもオレに向かって微笑みながら「ありがとね、ラビ」と言ったのである。
こいつの涙に濡れた双眼を見つめた刹那、どうしようもない衝動が俺の身体を頭からつま先まで駆け抜けた。
抱きしめたい、かも。
最初から失敗するとわかっていた告白をさせたオレもサイテーだけど、こいつにちょっと惹かれかけている今のオレ、もっとサイテーだな。
さっきも言ったとおり、果てしなく脳天気なオレ頭のなかで出された結論。
それでも、いいじゃないか。だって、恋は盲目だから。
今にも崩れて消えてしまいそうな彼女の目の前に、あたかも最後まで応援していたよ、という風に聖人ヅラして手を差し延べる。
卑怯だってわかってる。だけど、
「オレで妥協しとけば?」
ああ、こう言ってしまった時点で負けなのは、紛れも無いオレなんだ。
彼女の見開かれた目をみて、後悔と期待が入り混じった複雑な感情の波に襲われるのはこのすぐ後。
最果てまでの絶対的な隙間
(オレの犯した過ちは、余りにも大きすぎて、多すぎた)
20101023