あああああああ!!


今の気持ちを表すとしたら、これが一番ぴったりだと思う。
なんだかなあ。
わたしって、愛されているんだろうか。そんな疑問を抱いてしまうほど、今のわたしは真剣に悩んでいるのである。



「ほら、どこ見てんの」

「イッテ!」

窓の向こう側は教団の裏の森。
ちょうど通りかかった科学班の美人さんに目を奪われていたオレンジ頭をひっぱたく。

「あんたはどこまで自分の変態ぶりをさらけ出せば気が済むんですか」

「ははっ、本能に忠実って言って欲しいさ」

「浮気者、尻軽、片目なし!」

「最後の悪口だよね」

「知ーらんぺっ」


ラビは変態である。チャラいし。美女好きもまた然り。
でもそんなのを好きになったのも、こうして付き合ってるのも結局はわたしなんだけれども。


「もういい、別れよ」

「まぁた心にも無いこと言っちゃってー」


こんなやり取りも最早日常のひとコマと化したと私自身も自負しているが、ラビに反省の色はない。
それどころか、彼は立ち上がったかと思えば、部屋に備え付けの小さなキッチンに向かって呑気に紅茶を煎れる準備を始めた。

どこに茶葉があるのか、どこにティーカップがあるのか、全て知り尽くした彼の手際は端から見ても凄くいい。

楽しそうに赤毛を揺らしながら、鼻歌まで歌っているラビの後ろ姿をそうして見つめてしばらく経てば、アールグレイの爽やかな香りが部屋に漂い始めるのだ。

ああ、いい香り。



「名前ー。砂糖は?」

「結構です」


嘘。本当はいつも角砂糖を一つ入れる。でも、なんとなくこの状況では癪だからやめといた。
だってわたし、まだラビのこと許してないし。


「はい、どうぞ」

「…………」


無言。

綺麗な螺旋を描く湯気をたてたアールグレイのストレートティーが目の前に置かれても、わたしは終始無言を貫くと決めた。
ラビが本当に心から反省するまでは無言を貫き通す。おしゃべりなラビのことだから、ここまでやればさすがに堪えるだろう。

頭の中で、兎耳をしゅん、と垂らして反省するラビをシュミレーションして満足したわたしは、ティーカップを手に取った。


こくん、


(あ、あま……)


胸やけのするような甘さが喉を通り過ぎていく。
思わず顔をしかめようとして、わたしは踏み止まった。
なんだこの尋常じゃない砂糖の量は。もうすこしで飽和するんじゃないかって位の砂糖が入れられた紅茶は、もはや紅茶とも呼べない代物になっていた。

これは、兎の反逆と認識していいのでしょうか?


大方、目の前で何食わぬ顔で紅茶をすすっているコイツが犯人だろう。
本人は無視を決め込んでまた窓の外に目をやっているけど、口角が微かにあがっている。

ちくしょう、これで勝ったつもりか。








「あ、そういえばさ」

ふいにラビが口を開いた。

「オレ、この後から任務だから」

「え、そんなの初耳なんですけど」

「だって今言ったもん」

どこまでも憎たらしい奴である。

「任務って、期間は?」

「んー、三ヶ月くらい」

「……さ、んかげつ」

「何、さみしいんさ?」

ぽつり、と呟いたわたしにラビはへらへらと笑いながらそう言ってのけた。

「……違うし」

「へえ?」

「アフリカの密林にでも行って遭難してくればいい」

「残念、行き先はチェコ」

ああ、悔しいことに、ラビはいつだってわたしより何枚もうわ手で。
わたしが泣き出すって見越してこうやって痛いところばっか突いて来る。
ずるい、ラビばっかり、ずるい。

言葉に詰まったわたしが俯いていると、ラビは一気に紅茶を飲み干して席を立った。



「んじゃ、そろそろ行くさ」

「…………」

「じゃあな」

「…………っ」

唇を噛み締めども、いっこうに「行ってらっしゃい」「寂しいけど、任務頑張ってね」等の言葉は口をついて出ない。

こんなに自分を恨めしく思ったことがあっただろうか。


そうこうしているうちに、ラビはわたしの頭をぽんぽん、と優しく叩くと、部屋を出て行った。




バタン、






ひとりぼっちになった部屋にいつもより大きく響く扉の音。
ラビがいなくなっただけで、部屋が、わたしの心臓が。
幾分つめたくなった気がした。



ふと自分の膝から机の上に目をやると、空になったカップの底に溶けきらなかった砂糖が残っていた。




それが合図かのように、わたしは勢いよく立ち上がった。
















***













「ねぇ、ラビ!」

廊下に出ると、徐々に小さくなりつつある彼の背中が視界に入った。


喉が潰れるんじゃないかってくらい、今までで一番大きな声で叫ぶ。
教団の長い廊下にわたしの声が反芻して、二度三度と耳に入る。



生憎、あんたみたいに感情をすぐ言葉にしてさらけ出せる素直な性格してないわたし。
だけど、心の中では何万回も『アイシテル』って叫んでるし、世界中の誰よりも、ラビを愛してる。


スローモーションみたいにゆっくり振り返った彼の翡翠色の左目と視線がぶつかる。



お腹の底から、いや、心の底から振り絞れるだけのありったけのアイシテルを込めて、力の限り。





















「帰って来なかったらぶっ飛ばす!」














瞬間、彼の表情がふにゃり、と溶けた。



















(それは、気が遠くなるくらい甘いおはなし)







20101023


-------------


紅茶を二人で飲む、って場面が書きたかっただけなんだが。あれれ。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -