「なあ、名前」

「なに」

「お前、大学どこ志望だっけ」

「D大学」

その言葉を聞いた瞬間、俺は全身の力が抜けて机に突っ伏した。ひんやりとした感触が頬に伝わる。

(ああもう駄目だ)


D大学は全国でも五本指に入るような超有名な国立大学。そんな有名校を志望する名前は、高校の選抜クラスの中でもトップの成績を誇っている。フツーの一般クラスでも中の下の俺には雲の上の存在。

選抜クラスって何なんだ。神様って何なんだ。なんで俺にもっと出来のいい脳みそをくれなかったのか。

自分の情けなさに、思わず鼻の奥がつん、となる。
泣く位なら勉強しろって名前は言うだろう。
だけど、俺なりに精一杯勉強してこれなんだから、中学のときからもっと頑張ってたらな、なんて今更してもしょうがない後悔。


昔から名前はこつこつと勉強する努力家だった。俺がこの高校に入れたのだって、名前が毎日のように俺の勉強を見てくれたからだ。

その頃からだったか。俺が名前のことを好きになったのは…



そんな俺の心の葛藤を知るはずもなく、名前は隣でいつもみたいに涼しげな顔で、参考書を読んでいる。

気になって横から覗いてみると、目がチカチカするような細かい文字の羅列にマーカーで綺麗に線が引いてあった。
それを見て「すげぇ」と呟くと、無意識のうちに近づきすぎていたのか、「近い」と言って名前に顔を押し戻された。



「ほら、ラビ。塾行くよ」

「はいよー」

名前に言われ、俺は間延びした声を出してしぶしぶ立ち上がり、無駄に重い塾のテキストやらノートやらを手当たり次第に鞄へ突っ込んだ。





****






夕日の中、学校から最寄り駅まで二人で並んで歩く。長く伸びる二つの影。いかにも青春、と言う感じのこのシチュエーションに思わず口元が緩んでしまう。


「なぁ、俺たち、カップルみたいじゃね?」

「あほか」

「なに、名前照れてんさ?」

「照れてない」

「かぁわいい」

「うるさい」

叫ぶようにそう言うと、名前は耳をふさいで走って先に行ってしまった。
さらさらとした綺麗な髪が風になびいた。

そんな可愛い反応をする名前を、俺はニヤけながら追いかける。
ああ、幸せだ。
好きだなんて言えないけど、照れて顔を真っ赤にする名前も、照れ隠しに憎まれ口を叩く名前も、こんな何気ない一瞬一瞬がもう少しで見納めかと思うとどうしようもなく虚しくなった。




****





「この証明を…それじゃあラビ」


自分の名前が呼ばれ、びくん、と体が跳ねた。
塾の数学の講義が中盤に差し掛かったころ、あまりにもつまらなかった俺は、シャーペン片手に頬づえをついて居眠りに勤しんでいた。
慌ててホワイトボードの数式に目を走らせるものの、まったくもって理解不能。
俺は、小さな声で「わかりません」と言った。
講師はため息をつく。


「名字、解いてみろ」

「はい」

名前は澄んだ声で返事をすると、すらすらと難しい証明をホワイトボードに解きはじめた。

流石、としか言いようがない。他の奴らも感嘆の声を漏らしている。俺も心の中で拍手を送った。


最後にカチッとペンの蓋を閉めて、講師の「正解」と言う声と共に名前が席に戻る。

何気なく目で追っていると、バチッと視線がぶつかった。


名前は含み笑いをこぼす。そして、

(ばーか)

と、唇が動いた。すんごいムカつく。だけど、俺を馬鹿にしたように笑ったそんな顔も悔しいくらいに可愛いんだからしょうがない。




****





すっかり日が暮れ、明るい月に照らされて影がゆらゆらて道路に伸びた。
長い長い、退屈な講義がやっと終わった。
あのあと、名前に馬鹿にされないよう、必死にあくびを噛み殺してノートにシャーペンを走らせていたおかげで、今はさっきよりずっと眠たい。
帰り道、しょぼしょぼしてしっかり開かない目をこすりながら歩く。


「ラビ、いつもより垂れ目になってる」

名前が俺の顔を覗き込んでふわり、と笑った。その優しげな表情に心臓がドクンと大きく鼓動する。今のですっかり目が覚めた。

名前は、俺の三歩前を歩いている。

やっぱり、駄目だよな。
男なら、好きな女の前を歩かねぇと。



立ち止まって、俺の前を行く名前の背中に声を投げかける。





「名前」

「ん?」

「俺は馬鹿さ」

「…?うん」

「俺、頑張って努力するから」

「うん」

「俺、お前が好きだ。だから、」

「……え」














「お前と同じところ受験する。絶対」






















(いつか、君の前を歩けるように)







20100908


受験生の皆さん、勉強頑張って下さい!
季節外れすみませんでした

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