きっかけなんて、もう忘れてしまった。だって、覚えていないとしても彼が優しい事は変わらないし、彼がかっこいい事も彼の笑顔がわたしの胸を高鳴らせる事も何一つ変わりはしないから。
「ちわっす!名前いる?」
教室の後ろまで届く、はずんだような陽気な声。姿を見なくても、声だけで誰だかわかる。
ロッカーに教科書をしまっていたわたしは、思わず口元が緩んだ。
ふと教室の入口に目を向ければ、案の定、隣のクラスのラビがクラスメイトの友達に私が居るかを尋ねていた。
「ラビ!」
そう彼の名前を呼べば、ラビはわたしの大好きな顔で笑って、こちらに手を振ってくれる。
****
「昼飯、一緒に食べねぇ?」と言われて来たのは、午後の日差しが降り注ぐ暖かい屋上。
二人でコンクリートの上に向かい合って座る。いつもはアレンや神田も一緒に食べるのに、今日はラビと二人きり。緊張のせいか、お腹が空いているはずなのに中々箸が進まない。
一方、ラビは今日も相変わらず買い弁らしく、口一杯に焼きそばパンを詰めて、もぐもぐ食べている。
ご飯を食べているとはいえ、この沈黙は少し気まずい。
どうしたんだろう?
いつもなら、うるさいほどラビの方から話題を振って来るのに。
「ね、今日アレンとかは?」
「ああ、あいつらなら先生に呼び出しくらってたさ」
どうして?と問えば、どうやら二人はまたいつもの喧嘩をやらかして、窓ガラスを割ったらしい。
ちなみに、うちの学校の生活指導の先生は野球部の顧問もやってるせいか、無駄に怖い。
大丈夫かな、二人とも。
「なあ、」
「ん?」
「名前がいつも一緒にいるあの子、なんて名前?」
わたしが一緒にいる子?ああ、友達か。
「友達だと思う。あのショートカットの子でしょ?」
「うん、そうさ」
わたしが名前を教えると、「友達ちゃんか…」とラビは呟いた。
「友達がどうかした?」
「い、いや別に。ちょっと聞いてみたかっただけさ」
「そう」
嫌な、予感がした。
***
「名前ー帰ろ?」
なんだかんだあって、やっと家に帰れる放課後。
「あれ、友達部活は?」
「んーサボりっ」
「そっか、じゃ帰ろっか」
わたしは普段、帰宅部活仲間のアレンやユウと一緒に帰るんだけど、きっと反省文書かされてるだろうから友達と帰ることにした。
実はと言うと、今日は一人だからラビの部活を見に行くつもりだった。
「でね、帰る前に少し寄りたい所あるんだけど」
「どこに?」
「ちょっとついて来て」
引っ張られるがまま、わたしは友達に着いて行った。
***
「え、ここって…」
立ち止まった先は、体育館の前。
開け放してあるドアの中からは、ボールをつく音と元気な掛け声が聞こえて来る。そのたくさんの声に混じって、わたしの大好きな声も聞こえる。
「寄りたいとこってバスケ部?」
まさか、と思って聞いたのに「うん」と、友達は至極当たり前のように言って、再びわたしの手を引っ張り、体育館の2階のスタンド席へ続く階段を登って行った。
***
「バスケ部ってハードだよねー」
所変わって、ここは体育館2階。スタンド席から見下ろす形で、バスケ部の練習を見学する。バスケ部に所属しているラビは、彼らしいオレンジ色のTシャツを着て、コート内を縦横無尽に駆け回っている。
正直、わたしもラビの練習見たかったから、結果的に来れて良かったんだけど、なんで友達がここに来たがったのか凄く気になる。しかも、友達がさっきからラビを目で追ってるような感じがする。
ラビがシュートを決めた。わたしは軽く手を叩く。そうしたらラビは音に反応したのか、こっちを見上げた。一瞬、驚いたように目を見開いたけど、すぐにいつもの太陽みたいな笑顔で手を振った。
隣で、友達が息を呑むのがわかった。わたしも笑って手を振り返す。
「名前ってさ、ラビと仲いいよね?」
「え、うん。中学一緒だったから」
「あれ?」と、私はなんとなく違和感を覚えた。
その違和感の正体は、このあとすぐに明らかになる。
***
ラビの髪みたいに鮮やかなオレンジ色の夕日が、校舎の向こうに沈みかけている。
名前と友達は、橙に染まった校舎を出て門の前でラビを待っている。
(まだ着替えてるのかなぁ)
そう思っていると、タイミングよくラビがネクタイを結びながら扉から出てきた。
相変わらず、その太陽みたいなラビの笑顔に無意識のうちにわたしも笑ってしまう。
「来てくれたんさね!」
ニカッと白い歯を見せて、こちらに走り寄ってきた。
「うん!」そう返事しようとして、片手をあげた、
なのに。
わたしの頬を、風が掠めた。
一瞬、何が起こったのかわからなくなった。
ラビは?そう思って後ろをみると、わたしの大好きなラビの笑顔は友達に向けられていた。
わたしではなく、友達に。
友達は「ラビ、今日シュートすごかったよ!」と微かに頬を赤らめてラビと話している。
ああ、さっきの違和感はこれだったんだ。今まで、友達は「ラビ」なんて呼んだことはなかった。
ああ、そうだったんだ。
わたしの教室に来たのも、友達の名前を聞いて来たのも、全部、やっと理解出来たよ。
「二人、いつから…?」
「今日の昼休みの後、ラビが告白してくれたんだ」
「昼休みって、」
「ほら、今日オレ名前に友達ちゃんの名前聞いたろ?その後すぐに言いに言ったんさ!」
「そっか…」
「あの時は本当びっくりしたよ」
「はは、だよな。今まで全然話したこと無かったし」
二人の会話が耳の奥で何回もこだまする。
「ほ、ほんっと、ラビらしいよね」
これがわたしの最後の強がり。そう嫌みったらしく言ったつもりだったのに、彼はまた私の好きな顔で笑った。
もう、ラビは最後までずるいんだ。最後の強がりも、わたしの一番好きな顔で返して来るんだから。
でも、それと同時にわたしはラビのこういうとこが好きなんだと改めて感じさせられた。やっぱり、ラビのことが好きだ。
こんな顔されたら、わたし、「お幸せに」なんて言えない。
ラビ。
わたしは、あなたにとってダイヤモンドみたいにキラキラとした存在になれたでしょうか?
違うね。わたしはラビのダイヤモンドみたいな笑顔が好きだったんだ。
ダイヤモンドにはなれないから
(全部、わたしの自惚れだった)
20100913