「私の」愛すべき人



「貴方は要らない子なの」

あの日そう言って繋いでいた手を離された俺はとある屋敷の前で「捨てられた」。アイツら曰く、俺は要らない子だったらしい。
母、と呼べばいいか分からないが親にあたるアイツらは俺に無関心だった為当然といえば当然の結果だったがそれは、いきなり過ぎてガキの俺には理解出来なかった。

捨てられた場所は王族に仕える為の執事の養成所だった。要らないなら要らないなりに使ってどうにか収入を得ようとした魂胆だったのだろう。
だが元々貴族の俺にとって「誰かの為に働く」という使用人の真似なんて出来るはずもなく、いつも出来損ない、使えない、等の同期からの誹謗中傷は当たり前だった。


あの時の世界はずっと、未来が見えなくて全てがモノクロに見えていた。






だが、



「あなたはすごいのですね!」



そんな俺を、唯一"俺"を見つけてくれた方が、





「貴方が頑張ってるから、お部屋もお茶も美味しくなるです!」




俺の世界を染めてくれたのだ。




その日から彼女は俺の絶対の存在になり、俺の「生きる意味」そのものになった。



◇◆◇



「ジョーカーさん?」

ああ、失礼しました。少し過去を思い出していて……

慌てて取り繕うと心配そうに微笑まれた。
"主"に呼ばれたことで茶器に触れていた手を動かすす。ああ、今日もお美しい方だ。


「ジョーカーさん」


俺の生きる意味、俺の人生そのもの。
だから、その声で名前を呼ばれることが幸せだった。


「貴方の淹れたお茶…大好きです」

俺も貴方のその笑顔が大好きだった。

「ジョーカーさん」

はい,何でしょうか?

そう返事をすると,真珠の様な頬を朱に染め嬉しそうに微笑む…俺の主。

「ジョーカーさん,いつもありがとうございます。貴方にはお世話になりっぱなしですね」

そんなことはございません!私の生涯にかけて忠誠を誓うのは貴女様のみです。私はそんな貴女にこそ"使われて"意味があるのです。

そう言うとこの優しい主は今度は困った様に笑うのだ。


「…"使う"…ですか…。そう,ですよね。ジョーカーさんは"使用人"ですからね……」

そう,俺はたかが使用人。元,貴族という肩書きだけでは恐れ多くも王族である主に相応しくない人間だ。しかも捨て子となると尚更だろう。だが彼女はそんな事など関係ないと仰ってくれた。俺に生きる意味をくれた。

「……でもジョーカーさんは,ジョーカーさんです。私のかけがえのない人です」

そう言ってまた主は微笑むのだ。
まるで愛しい人を見るような、慈愛に満ちた瞳で…


嗚呼…愛しい人を見る、なんて表現は勘違いも甚だしいが

俺は…そんな主を愛してしまった。

俺は、あの方に大儀なる恩を受けこうして生きているのになんと浅ましいのだろう。自分で自分が嫌になった。

だから俺はその気持ちに蓋をした。
遠き白夜の表現には「臭いものには蓋」という言葉があるようだがまさに俺の気持ちは「臭いもの」。だから言葉通り蓋をした。自分に嘘をついて"何も無かった"かのように心の奥に,奥にしまいこんだ。あの方に迷惑以外の何物にもならないその感情を俺は蓋をして鍵を掛けた。

何れ,主にも立場が相応の将来を誓う相手が出来る。(無論相手の品定めはする予定だ)俺はその時、一介の使用人として笑顔で祝福しなければならないだろう。

だから俺は今日も完璧な"使用人"を演じる。
忠誠を誓った、主を純粋に慕うジョーカーを。


「ジョーカーさん」

嗚呼、愛しい愛しい。
はい,何でしょうか―――様。

「今日はマークス兄さんとレオンさんとお茶会の予定なんですよ」

行かないで俺以外にその微笑みを見せないで
そうでしたか,ならこのジョーカー,僭越ながらお茶の用意をさせて頂きますね。

「ありがとうございます!ジョーカーさんのお茶…楽しみです!」

好きです,愛してます
たいへん恐縮です。では,早速準備を行ってきますね。ああ、フェリシアには手伝わせないように…

バグバグとうるさい心臓に息苦しさを感じる。俺はそんな様子を主に悟られたくなくて、自然を装ってそっと主の部屋から出た。
完全に扉が閉じた事を確認してはぁッ…と息を吐き、無理矢理息苦しさを正すとランチを運んだ台車を押し、歩を進めた。


早く、早く無くさないと。消さないと。
仕事に支障が出てからでは遅い。もっと、もっと蓋をして鍵をかけて……この感情を無かったことにしないと。
ガラガラガラガラと、無機質な音を出すタイヤすら何故か煩わしく感じる中ふと思い付く。


「俺も…女でも作ればいいのか…?」


まあ、主である彼女が"そういった相手"がいないのに俺が差し出がましく恋人なんて作るわけには行かないか………

結局主に言えるはずのない気持ちを抱えたままとくに解決策もなく日々は過ぎていった。




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