そういう欲 [ 61/156 ]
「俺の名前はロクロウだ。治療、ありがとな」
黒髪の業魔はそう名乗ってニカッと笑った。私も名乗った方がいいのか、と口を開きかけるがアイゼンが知らない人に名乗るなって言っていた。でもロクロウは助けてくれた人で知らない人じゃなくて……
「お前の名前は?」
「…えっと………リア。リアだよ…助けてくれてありがと……」
これなら本名って訳じゃないからきっとアイゼンにも怒られない……はず。改めてロクロウにお礼を言うと奥の方で恨めしげに睨んでくる獣の様な見た目をした業魔達が舌打ちする音が聞こえた。
「……そういえばさっきあの人?…たちに感情がないって……」
私の頭を撫で回してご機嫌そうに見えるロクロウに「感情がない」なんて思えなくて思わず尋ねると、ん?ああそんなことも言われていたな、なんて軽い返事が返ってきた。
「感情がない、とはちと違うが俺は業魔になって“そういう欲“が無くなったからな。アイツらの方がよっぽど人間らしいさ」
「そういう欲、?」
「性欲だな。こういう事をしても何も思わん。」
「ふぉ」
ガシッ、とロクロウの大きな手で胸を揉まれた。急なことで驚くが、なるほど、と納得をする。後ろで獣の姿をした業魔達からなにやらギャーギャー聞こえるがあの人たちは嫌いなので無視してロクロウと話を続ける。
「リアも業魔だろ?だからこういう事されても何とも思わないんじゃないか?」
「……私は、業魔じゃ、ないよ……」
確かにロクロウに胸を、触られているな。とは思うが、特にそれを何とも思わない。
普通の人間なら、恥ずかしい、とか思うのかな?
「業魔じゃない?じゃあ何で檻に入れられたんだ?」
「間違えられた。これで……」
さっと髪をかき分けて右耳を見せる。その耳は人間では有り得ない形をしており、鋭く尖っている。確か初期段階、と言われたから業魔になりかけていると思われたのだろうか…?
「おおっすごい耳だな。リアは人間じゃないなら聖隷か?」
「……似たようなもん……」
人魚、とは言えないので言葉を濁すと、まあ俺もよく分かってないけどな!と笑顔で返される。
「俺がちょうどここにぶち込まれた時に聖隷とやらが出てきたんだ。だから外のことはイマイチよく分からん」
「……私もよく分かってない……」
アイゼンが聖隷について少し教えてくれた事があったが肝心の部分は聞けていない。業魔についてもロクロウの様な「いい」業魔もいるということが分かったしここから出たらもっと詳しく聞かないとな、そう簡単に考えて檻の外を眺めているとむにっ、とロクロウに頬を引っ張られた。
「む……にゃに?」
「面白い奴だなと思ってな!……よしっ気に入った。この檻にいる間は俺が守ってやるよ」
「うにぃ、ひゃりがと……」
よく伸びる頬だな〜、
せい?欲がないというロクロウは楽しそうに私の頬を触りながら笑った。