壊れた心 [ 40/156 ]
結局眠れるはずもなく、その夜は人間と過ごしてはじめて睡眠、というのをしなかった。
「アイゼンお前くま酷いぞ」
「……元からだ。揶揄いに来たのなら邪魔だ。」
船医室の前で壁にもたれ掛かっていると無人島からの出発で忙しい船員たちの指示を終わらせたらしいアイフリードが俺の隣へ座った。
「飲んでないとは珍しいな」
「ダチの女が死にそうな時に飲むほど俺は腐ってねぇぞ」
「……出発はどうするんだ」
「予定通り、って言いたいところだがあの人魚ちゃんが目を覚ますまでは待ってやるよ。まあそれも食料があるうちだがな」
死神の呪いで島の果実腐らせるとか止めろよと茶化すように言われるがそれが冗談ですむといいな、と言い返すと「洒落にならんから止めろ」と真顔で返された。
「……冗談を変えせるくれぇには冷静みたいだな」
「こんな時だからこそ、だ。俺が慌てた所で状況が悪化するのが目に見えている。」
とはいえこのまま副長としての仕事を放棄する訳もいかない。アイフリードと次の航路へついて話し合おうと地図を取り出した時、船医室の扉が開いた。
「ああ!副長…!…あの娘が目を覚ましました、が……」
「本当かっ!!?」
地図をアイフリードに投げて俺は船医の静止も聞かずにエリアスがいるベットへ向かった。
地図を受け取ったアイフリードはやれやれ、と船医が投げかけた言葉の続きを聞く。
「おい、目を覚ましました、が、なんだ?」
「いえ、少し様子がおかしくて……あれではまるで……」
「エリアス……!!」
バンッ!!
勢いよく扉を開けてしまい、狭い部屋にその音が鳴り響く。
船医の言っていた通り、エリアスは起きていた。何処かボーーっとしている所を見ると本調子では無いことが伺える。
「怪我は痛むか?無理して起き上がるなよ。」
窓の外をただじっと見つめるエリアスをそっと寝かそうとすると、エリアスの金色の瞳の視線が俺と合わさった。
「久しぶりだな。エリアス、」
「………誰?」
だがその瞳には確実に俺を写しているのに、
”俺”を認識していなかった。
「っ…覚えて…ないのか?」
「…わからない…ここは、どこ?あなたは…だれ?」
その瞳はどこか濁っているように見え、俺を見ているはずなのにどこか遠くを見つめているようだった。
「ショックで記憶が消えたのか…?いや…この状態は…」
嫌、と言うほど覚えがあった。
エリアスのまるで意思のない人形のようなその振る舞いは…まるで無理矢理使役された聖隷のソレだった。
「…あとで殴ってもいい」
「?」
船医が気を利かせて着せたのだろう男物のシャツを無理矢理捲り、エリアスの体を見る。すると人魚という掴み所のない存在に似つかわしくない物が足首に、元々は尾ビレがあっただろう場所に付けられていた。
「これは…」
いつ見ても腹立たしいソレは聖隷の意思を封じる為の刻印が施された物だ。
「これでエリアスの意思を封じて生きた家畜にしようとしていたのか…!!」
恐らく、エリアスの血肉を得やすくする為に──…
怒りのままバキンッと音をたてて握りつぶしたソレをエリアスの足首から外すがエリアスの眼に意思が戻った様には見えない。遅すぎたのか、それとも本当にショックで記憶を失ったのか…、抵抗もしてこないエリアスの服を元に戻すとそっと細くなってしまった体を抱きしめた。
「…?………泣いてるの?…」
「…俺は海賊だ。海賊は、泣かん。」
「そう、なの?……わからない…何も…思い出せない。」
「……俺のことも、家族のことも…か…?」
エリアスはずっと、はぐれた家族を探していたと言っていた。姉や妹がいると言っていただろう、と告げるとやはり「?」と疑問符を浮かべていた。
「家族……?…家族………わからない。わからないよ……
………でも、ずっと誰かを待っていた気がする……」
もう…思い出せないけど…
そっと瞼を伏せて悲しげにどこかにを見つめるエリアスの目に生気は戻っていなかった。