色々な彼と可能性を違えてしまった彼女は気づかない。
「イーリス軍の援軍だ!」
「新しい聖王の軍だぞー!!」
フェリア港の小さな街が何やら騒がしい。賑やかになっている船着場へ向かうと武装した大人の人達がいっぱいいた。
そう言えば昨日、ヴァルム軍へ対抗するべく同盟を組んだイーリスの軍が到着するのよ、と先生は言っていた。
その、イーリスの人達かー。と僕は遠目に船を眺めながら買い物袋を持ち直した。
「何してるんだ?早く行こう」
「あ、うん」
今日の買い出し当番担当で一緒に来ていた友達のアイクが僕の手を引いた。そうだ。寄り道していたら孤児院のみんながお腹を空かせてしまう。
冷え込んできたから今日はシチューにしよう、って先生が言っていたから仕込みを考えると早めに戻らないとな、って駆け足でお店に向かおうとするとドカン!!って何かが壊れるような大きな音が街に響いた。
「逃げろ!ヴァルム軍だ!!」
「戦場になるぞ!!早く家へ戻るんだ!」
音がした方を向く前に、大人達が走り出した。その中の1人にぶつかってしまい、地面に倒れ込むと鎧を纏った敵国の兵士たちが到着した船の周りに向かっていた。
「っ逃げなきゃ……!」
「おい!!こっちだ!買い出しは中止するぞ!」
僕の手を引くアイクの後を必死に追うが、慌てふためく大人達の波に遮られてその手が離れてしまった。
ぶつかってもお構い無しに我先にと逃げる人達に押されて地面に倒れ込んでしまい、脚に血が滲んだ。
痛い、痛い!
地面に擦れた足が痛くて泣きそうになるが戦は待ってくれない。
ガキィン、ワーワー、人の雄叫び、金属がぶつかる音。すぐ近くまで聞こえる。
僕のちょっと先にはみんなを庇って戦う兵士が、ヴァルムの兵の槍に刺されてしまった。血が、血がいっぱい出ている。僕の怪我なんてかわいく見えるくらい、ひどく臭う鉄の臭いが鼻についた。
「……ああ……やだなぁ……」
ヴァルム兵が、こちらを見た。きっと僕もあの兵みたいに刺されちゃうんだ
僕はなんでこんなに運が悪いのだろうか?逃げたい、逃げなきゃ、という僕の意志と反して涙がただ頬を滑り落ちる。
産まれて此方、幸運を感じたことが数えるほどしかない。
僕のお母さんは元々キャラバンで移動しながら踊り子をしていた人だった、らしい。その母親も僕が産まれる直前に死んでしまって僕は母の亡骸から産まれた、って僕を孤児院に預けた人が言っていた。
だから両親とか、親の愛情とか。そんなものは分からない、し、知らない。物心つく前にはそうだったしそれが不幸だ、と思わなかったけど
今こうして「不幸」を実感した。こちらへ向かってくるヴァルム兵に、僕を見逃してくれる慈悲なんて、ないのだろう。
幸せなんて、両親がいない地点で高望みなんてしていなかったのに
友達のアイクとロイと駆けっこして……、勉強して、ごはん食べて、笑って、みんなに内緒で亡くなった母さんを真似て踊ったりもした。
それがちっぽけな僕の世界。孤児院の皆となんてことのない「充分」だったのに。
ぽたり、
涙が落ちると同時にヴァルム兵は血のついた槍を構えて、僕へ向かって突き刺した、
と思って、覚悟を決めて目をつぶったのにいつまで経っても痛みも、死も、なにも訪れなかった。
だから、恐る恐る、目を開いてみたら
ふわりと目の前に青色が舞った。あれ?生きてる。死を覚悟したはずの僕の目の前にはヴァルム兵の槍を塞いでいる青い髪の女の人が視界いっぱいに写った。
「あ……っ」
「大丈夫ですか?!!」
「ッ、う、……ん」
青色の髪の綺麗な人は背中腰に声をかけてきた。から、乾いた口からそれだけを何とか言った。
彼女はその答えにホッ、と息を吐くと構えていた変わった形の剣でヴァルムの槍を必死に受け流していく。
「っ……」
「くっ……、はや、く逃げ……!!」
僕が後にいるから、戦えないんだ。それが分かって慌てて立ち上がろうとしたがズキン、とさっきまで死の恐怖から忘れていた脚の痛みがひどく重く感じた。
でも逃げなきゃ、お姉さんが、やられてしまう。
脚を引き摺りながら立ち上がるが彼女の方がまだ不利に見えた。たしか、剣と槍だと槍の方が有利で間合いが広くて戦いにくいとか、アイクもいっていた。
どうしよう、どうすれば
助けてくれたお姉さんに僕が手助け出来ることなんてなくてただ脚を引き摺りながら泣くことしかできなかった。
「誰か!!誰か助けてッ!!!!」
さっき、は恐怖で出なかった声が出せた。ギィン、ガキィン。金属がぶつかる音や大砲の音に負けないくらい、大きな声で叫ぶ。誰でもいい、誰か、誰か助けて!!僕を助けてくれた人を助けて!!
痛い、怖い。怖い!!でも叫ぶのを止めない。
喉が枯れるまで叫ぶ、とはこの事だ。最後の方は舞う砂埃で掠れかすれになったけど、「誰か」に届くまで叫び続けた。
そして
「もう、大丈夫ですよ」
よく頑張ってくれました。そう笑って、泣き叫ぶ僕の声を、ひろってくれた人がいた。
ふわり、と優しく包まれる感覚がして顔を上げると、さっきの青色の髪のお姉さんとは違う女の人が僕を守るように抱き寄せて、バチバチと光を発する魔導書をヴァルム兵に狙いを放った。
ヴァルム兵は魔法を食らった事により倒れた。そして僕を助けてくれた青色の髪のお姉さんは魔法を放った女の人を「お母様」と呼んで笑って、ここはお願いします、とほかの場所へ走っていってしまった。
おかあ、さま。なんだかその言葉は胸が締め付けられる気がした。
「あの、……ありがとうございます」
喉が痛くて、あまり声が出ないけどちゃんと言わなきゃ、と女の人に抱えられたままガビガビの声でお礼を言った。その時初めてちゃんと、彼女の顔が見れた。
「ァ…………っ、怪我はないですか?えっと……」
お母様、と言われていた割には彼女はとても若くて綺麗な人だと思った。その人は僕を見ると目を大きく開いてなんだか驚いた、表情をした気がした。でもすぐに僕の肩を支えて微笑えんだ。
彼女はどうやら僕の呼び方に困っているみたいだったから服についた汚れをはらいながら名乗った。
「えっと、シアン……シアンだよ」
「シアン、くん……ではここは危ないので逃げてください」
「う、うん。お姉さんたちは?」
「……私たちは大丈夫。この事態を収めるためにここに来たのですから」
「お姉さん達は、強いの?」
「ええ、こんな町中で騒ぎをした人達をコテンパンにしちゃいますよ」
だから貴方は逃げてください。そう言って何故か、彼女は泣きそうに笑った気がした。
「でも…………」
「………ごめんなさい…怖いですよね。そうだ。お守りとしてこれをあげます」
僕がこの場に残ったって、何も出来ない事は分かっている。でも、でも。何故か彼女と離れたくなかった。
そしたら彼女は僕が怖がって立ち去らないと思ったのか、少しだけ微笑んで僕の手に青色の瓶を渡した。
「これ……なぁに?」
「……、香水ですよ。元々……色に惹かれて買ったのですがそれは貴方のお守りとして、あげましょう」
「あおいろ……」
「っ……ええ綺麗な、色……ですよね。私はこの色が好きなんです。だから、貴方に……」
さあ、立って。貴方はまだ若いから、未来を繋がなければ。
そう言って彼女は僕の脚を癒して、戦場となっている街中へ駆けていく。
追いかけても、何も出来ないことを痛いほど分かっている。でも涙が止まらなかった。「なんで僕は共に戦えないんだろう」って、そんな疑問が、胸をよぎっては消えた。
でもこのままここにいてもまた迷惑をかけるだけだ。だから泣きながら、もらった青い瓶を握りしめて僕は大人達が逃げていった場所へもう痛くない、脚で走った。
でも、なんだか心が痛かった。
◆◇◆
港が戦場になり、あれから1週間が経った。街は援軍に来てくれたイーリスの人達によって少しずつ元の日常に戻ろうとしていた。
僕はあの日からずっと貰った青色の瓶を見つめて、ぼーーーっとしている事が増えた。アイクやロイにも「大丈夫か?」って何回も聞かれている。体は大丈夫。でも何故かずっと瓶をくれたあの女の人が頭から離れなかった。
……そう言えば孤児院の先生が、シアン、は青、って意味なのよって言っていた。
あのお姉さんはそれを知ってて僕にこれをくれたのかな?
くるくると手のひらで瓶を回しているとここ一週間毎日眺めた文字が目に入る。
「ぶるーすたー……ブルースター……」
香水の瓶の表記にそう書かれているのだ。先日気になって孤児院の辞典で調べたら星のような形の、青色の花だった。
この花のこと……もう少し調べて見ようかな。
孤児院では僕が体調不良、ってことになっている。先生はあんな怖い体験をしたのだからゆっくり休みなさい、って言われたからアイクもロイも遊ぶのに誘ってくれないから暇だったのだ。
孤児院にある本にこの花のこと詳しく書いているかなあ……
ブルースターの香水の瓶を握りしめて欠伸をした。
ブルースターの花言葉は「早すぎた恋」と、書かれてある事を少年はまだ知らない。
(僕がもっと大きかったら、大人だったら、あんな素敵な人と恋をしたいなぁ。僕はなんで子供なんだろうか?)
はぁーー……父さん可愛い……あっこれじゃあ母さんみたいですね……
これは……時間が悪いのは分かってます。
小さい子に手を上げる気はないですのでもみあげ引っ張るくらいで勘弁してあげましょう
可愛いから。