君たちの話



緑色の彼を愛した彼女は意味を違えた。





崩壊した平地、そこは嘗て邪竜と戦ったその場所だった。
その、平地を見晴らしのいい丘に、ポツリと建てられたお墓がある。でも、その"中"には誰もいない。
だからこれが意味の無い事だとわかっていて尚、僕はここに来た。


「……2年……か、はやいなぁ……」

墓に添えた花束、スノードロップは春風に吹かれて穏やかに揺れている。手向けにもならないと思うけどせめて安らかに、と毎年僕はここに来てこの花を添えていた。




「……好きか、嫌いか……で言ったら……好きだ、ったんですよルフレさん」

ルフレさんは……僕の恋人はあの二年前の決戦の日、僕を庇って死んだ。正確に言えば消えた……のだろうか?どちらにせよ、彼女が戻ってきていないという事には変わりない。

あの人はとても勝手な人だ。
感情を押し付けて好きだと言って、脅して、笑って、泣いて、

―――でも、嫌いにはなれなかった。

「…………貴女は、父さんが好きだった、から僕に変わりを求めていると思っていました」

ここには誰もいない。分かっている。だけど僕の言葉は止まらなかった。
そこにはいない、彼女に聞いて欲しかった。


「……でも違った。貴女は本当に僕のことが好きだったんですね」

自惚れなんかじゃない。
毎日毎日毎日、飽きもせずに、好きですよ、愛してますよ。そう微笑む彼女は本当に幸せそうだった。
だから僕もそんな彼女に絆されてしまった。悪役ぶってる癖に押されると照れてしまう彼女、をいつしか可愛いと思っていたのだ。

馴れ初めはとてもいいものじゃない。けど次第に彼女に心惹かれていくことを否定出来なかったあの日々は歪ながらも、幸せだったのかもしれない。


……なのに、

なのに、彼女は死んだ。僕を庇って、僕を愛しているから、と……呪いのような愛の言葉を残して。



「…………僕も、好きですよ、ってまだ言えてなかったのになぁ……」


その言葉に答えなんて帰ってくるわけがなかった。
もし、伝えられていたら「私も好きですよ」って彼女は笑って言ってくれたのだろうか?

……これ以上、ここにいても過去を悔やむだけだ。
そう思って立ち上がると嘗ての仲間の声が僕を聞こえた。

「……アズール?」

「……あっ、ノワール…それにサーリャさん」

「貴方も来ていたのね…」

振り向くと、そこには装飾の少ないワンピースを身にまとったノワールといつもの呪術師の格好のサーリャさんがいた。ノワールの父親似の白髪によく似合う黒いその服は喪服……のようなものなのだろうか。
彼女は僕の顔を見て少しだけ笑うと僕の花の隣に紫色の花を添えた。


「……父さんが、今年は来れないから私に変わりに行ってほしいって……言われたの」

「そっか、……ヘンリーさんはお元気ですか?」

「どうでもいいわあんな旦那……私だけでよかったのにあんたまで来る必要なかったのよ」

サーリャさんが舌打ちをしたがノワールはそれに苦笑いするだけだ。帰るタイミングを見失った僕は気まずい空気を避けるように、添えられた花へ視線を移した。……その花はアネモネだった。花言葉の意味にサーリャさんらしい、なと目を伏せた。

「……ねぇ、ちょっと貴方がこの花を置いたわけ?」

「え、……っと、はい。僕が持ってきたもので……」

「っ……そう、ああ……可哀想なルフレ……呪いは解けなかったのね…嗚呼……可哀想…」

僕が、言葉を最後まで言う前にサーリャさんが墓に泣き崩れた。「可哀想に」そう言葉を繰り返して持ってきたアネモネを握りしめていた。

「母さん……?!」

「ねえ、ねえ、……貴方、貴方は自分が持ってきたこの花言葉を知ってるの?いいえ、知らなかったらそれは残酷なこと。知っていたら貴方はきっと死神だわ」

「スノードロップ……の花言葉ですか…?」

さめざめと泣き続ける彼女の言葉の意図が掴めずに僕は困惑したまま、その問題の答えを返した。


「希望」「慰め」
春を告げる花……そう言われている花だ。

時期的にもう数も少ないものだが、この花の香水を僕は彼女にその意味を込めてプレゼントしたから、毎年お墓にもスノードロップを添えていた。





だがサーリャさんは僕の答えには満足しなかったようで、そのまま墓に縋って、ああ、ああそうなのね。って今度は泣きながら、不気味に微笑み出した。

「ペレジアと違うのね。ふふ、ふふふ、いい?この花は私たちの国では別の花言葉があるの。勿論ペレジア出身だった、ルフレも知っていたと思うわ。ルフレは貴方のおかげ、いいえ、貴方のせいで花言葉に詳しかったもの」




彼女の言いたい事に理解は、出来なかった。けどバクバクと心臓の音がうるさく聞こえる。彼女のその言葉の続きを聞いては、行けない気がした。

ノワールが、母さん!!と叫ぶ。だけどサーリャさんは僕を睨む視線を逸らすことはなく、小さな声で、呟いた。



「「貴方の死を望みます」」

「……、え……」




「ペレジアでの、花言葉よ。恋人が死んで……この花になったっていう伝承が由来で付けられた花言葉よ。貴方は知らなかった?知らなかった。だからこそ渡せたのね」

彼女は淡々と、そう告げてポロポロとその綺麗な黒い瞳から涙を流し続けた。

僕はそんな彼女を見て、動くことが出来なかった。
なんてことを、なんてものを、なんで、何故

たくさんの言葉が僕を責めて責めて責めて、





あなたの、死を



望みます




その言葉が頭の中で酷く重く反響して聞こえた。



香水を受け取ったとき彼女はどんな表情をしていたのだろうか
思い出せない。思い出せない。思い出したくない、のだろう。





「貴方は、ソレを望んでるのですか?」


僕の頭の中で香水を貰った彼女は笑っている。
僕の記憶では、笑っている。
でも違う、あの質問の意味は、きっと、



「……貴方は、ソレ(私の死)を望んでるのですか?」






「違う!!!!」



違う、違う!!違う!!!!僕は、死んでほしいなんて思ったことはない!!

「アズール!!」

「僕は、僕が、僕の望んでいたのは!!!!」

「アズール……ッ!!!!」




ノワールが僕の肩を掴んだ。震える手からひどく動揺している、のが伝わる。違う、僕が震えているのか。僕が、僕が


「アズール、アズール!落ち着いて!!……母さんも……やめてよ、やめてやめて!なんで、なんでそんな事を言うのよ!!」


白髪を振り乱し、彼女は叫んだ。彼女の潤んだ黒い瞳には僕が写っている。泣き叫ぶ僕が、狂いかけてる僕が。

それを、見て、ピタリと正気に戻れた。
、……今ここで、後悔しても意味の無い。事だったと、思い知らされた。

だってもう、僕はその事を彼女に弁解なんて出来ないのだから。
息を切らしながら、掴まれたノワールの手に自分の手を重ねた。


「……僕はそんなこと、望んでなかった」

「……ええ」

「僕のせい……?」

「違うわ……!!それは違うわよ!!」

ノワールがボクの肩を揺する。サーリャさんがさめざめと泣いている。
そんな事、知らなかった、って僕も被害者ぶって泣き続ければいい。でもそんなの、意味の無い事だって分かってしまったら、僕は誰に、何処にこの気持ちをぶつければいいんだ。誰もいない、彼女の墓に言って、だからなんだと返事が帰ってくる訳でも無いのに










(が貴方の死を望むわけないのに。もし望んでしまったらそれは、きっと、僕ではない誰かだ。)




「ルフレさんにその香水の花言葉(希望)、ぴったりだと思ったんだ」



そう笑う僕は彼女の目にどんな風に写っていたのだろうか。







一番僕が産まれる可能性があったのに……おかしいなぁ
もう、なんでこうも焦れったいんですか父さんと母さんは……
今回は母さんが悪い面が多いですが父さんにもとりあえずラリアット位はやってやりたいです


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