黒色の彼へ答えを求めた彼女は今はいない。
パタパタ、パタパタ。白いカーテンが風に吹かれて動く音だけがその部屋に静かに鳴り渡る。
座っていた自分の手を見て、顔を伏せていると「ちょっと、」そう、不機嫌に声をかけられた。
「顔色悪いわよ?」
「そう……かな?ごめん。君の方が病み上がりなのに心配させて」
「……いいわよ。アンタの考えてること、は何となく分かってるし」
部屋にポツリとある、ベッドに腰掛けている彼女……セレナは複雑そうな顔をして、そっぽを向いた。そんな彼女に、何か飲む?と声をかけると寝るからいいわ。と震える声で答えが返ってきた。
ここはイーリスの治療室。
彼女はあの……ギムレーとの戦いで大怪我を負い、今日まで入院していた。本来なら致命傷で、死んでもおかしくない状態だったがリズさんやマリアベルさん達の献身的な治療により、何とか一命を取り留めたのだ。
「……あたしの、傷はあんたのせいじゃないから」
「うん、……」
「……ギムレー、の……攻撃が読めなかった私の自己責任。だからあんたが気にすることなんてないわよ…」
「……うん」
俯いたまま、それしか返事ができなかった。
違う。本当はセレナだって気づいていた。ルフレさんが殺意をもって"セレナ"に攻撃をしてきたことを。
でも彼女はその事を永遠に言う気はないのだろう。…僕だって言及する気なんてない。そうでもしなきゃ、言葉にしたら、自分の罪に気づいてしまうから。
「……勝手な、ひとよね」
うん。その言葉にもそう返事をすればいいのに、僕は口を開くことが出来なかった。
だって、だって、だって
僕は、本当はルフレさんの事が好きだった。
未来で、邪竜に侵された状態でしか、あった事がない僕達はルキナから「彼女が未来のギムレーの器です」と聞いた時はとても信じられなかった。
彼女は、ルフレさんはとても優秀な軍師で、その見目はどこにでもいる女の子だったからだ。
時には厳しく、優しく、軍を導く姿はまるで女神のようで、父さんが母さん以外で唯一まともに話せる女性、って聞いて納得した。あの唐変木な父さんが彼女の実力を認めて「女性」ではなく一人の「軍師」として接していたのだ。
そんな彼女は、進軍中だと言うのに、みんなに、僕に、心配かけさせまいといつも明るく振舞っていた。
(アズールさん今日もお疲れさまでした)
(アズールさんお茶に行きましょう)
(アズールさん)
(アズールさん)
(アズールさん、好きですよ)
毎日毎日、彼女は僕に関わってくれた。そんな彼女を見ていたら、僕まで、好きになっていくのを毎日実感して行った。
でも……本当は僕達とは交わるはずのない世界の存在だった。だから僕はこの気持ちは気のせいだと、気の迷いだと、封じ込めた。
だって
彼女は「誰か」を「僕」に重ねて見ていた。
僕がする行動、発言に「"貴方"はそうするんですね」「"貴方"はそれを望むのですか?」、何度も何度も何度も正体も知らない「貴方」に重ねられた。僕はそんな毎日に、彼女に、苛立ちが積もっていった。彼女にきつく言ってしまったことも自覚はあった。
……そうでも、しなきゃ彼女の手を取ってしまいそうになったから。
まっすぐ、僕を見つめて、好きだと言ってくれるあの人が僕も好きだと言ってしまいそうになった。
でもそれは「誰か」の代わりに僕を求めているだけなのだ。そう決めつけて、ルフレさんを少しずつ遠ざけていった。
僕のそんな気持ちに気付いてなお、僕を支えてくれるセレナには頭が上がらない。
アンタが考えている事なんてわかるのよ、って背中を押して自分だって絶望の未来で辛い毎日だったのにその気丈な態度はそれを悟らせないように振る舞う彼女に次第に僕は行き場のない気持ちを、セレナに縋った。
だけど、セレナはそんな僕の優柔不断な気持ちのせいで、殺されかけてしまった、のじゃないかと思わずにはいられなかった。
あんたのせいじゃない、そう何度も言われる度に邪竜の…………ルフレさんの言葉が頭を離れなかった。
【なんで私を選んでくれなかったんですか】
そう泣きながら、言っていた、のだ。
自惚れでないのであれば、いや自惚れなんかじゃない。彼女は、僕に縋っていた。「誰か」に僕を重ねて、欲しがっていた。……なのに僕はそれを見えてないフリをして僕は僕でセレナにすがったんだ。
だから、?それで?僕が逃げたから?
ルフレ、さんは自らを犠牲に、して。彼女彼女自身
であるギムレーが僕の逃げた先を……セレナを殺そうとしたのだろうか?
ズキンズキン、
胸が、痛い。頭が、痛い。
僕は取り返しのつかない事をした気がしてならなかった。
あの時に、渡した香水すら僕の罪を象徴しているようでカタカタ、と何もしていないはずなのに手が震えた。
「……これくらいなら、許されるかな……」
手に取った香水の香りは勿忘草。
花言葉は「真実の愛」「私を忘れないで」
「……僕がいなくなってもどうか、貴女の中に居られたらいいなぁ」
「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい」
「アズール……?泣いているの?」
「ごめん、なさい」
(こんな選択しか出来なかった僕は今でも貴女が好きで、きっと自分が自分じゃ……僕以外にならない限り、彼女を好きになってしまうんだろう)
泣きながら消えていくあの人が頭の中で、
「裏切り者」と笑っていた。
父さんのばかやろー!!浮気者!!母さんというものがありながら……!
なんで素直にならないのかなもおおおお!
次に会えたらヘッドロックしてやりますからね!