戦は結局待ってくれるはずも無く、戦場に備えて慌ただしい日々を過ぎて行く中、イーリス王と王妃の間に一人の娘が生まれた。
次代の王位継承権者である王女の名前は「ルキナ」と名付けられた。どこからどう見ても父親似の可愛らしい娘だ。濃い青の髪に同じ色の瞳……王妃の要素があまり見当たらない所を見る限り、クロムさんがもし女性ならまさにルキナのようになるだろうと思うぐらい彼女はクロムさんに似ていた。
イーリス王族としての証……聖痕も宿っていた。ルキナは左目に聖痕を宿しているらしい。実際に謁見できたのはほんの数回でその時は全てすやすやと寝息を立てていた為、じっ見た事はないが。
ちなみその流れる日々の中…おめでた宣言をされたあの式の日以来私はあからさまにクロムさんを避けて過ごしていた。
そりゃあもう目に見える態度で「こっちに来るな」というオーラを出して軍議以外での接触を絶った。
そのお陰(?)で最後にまともに彼とあったのはルキナが産まれた際に出産の祝いに行った時ぐらいだ。
その徹底ぶりはとある従者に「あの……お気持ちはわかりますがクロム様が泣きそうなので程々になさってあげて下さい」と助言(?)をしてくる程だった。ちなみにそんな従者は最近結婚したうさ耳のある奥さんといちゃらぶしていて少し調子にのっています。リア充ファイアしろ。
────失礼。話を戻しましょう。
要は某王子は可愛い奥さんと珠のように可愛い子供がいるという幸せ絶頂期な男の様子とは思えなかった程落ち込んでいる。とのことだ。
その理由が私に避けられているから等と言うのだからふざけないで欲しい。
「…意味がわかりません……」
たかが拾った野良軍師に情をかけるぐらいならその情を奥さんと子供にかけてあげればいい。
────何のために私が一歩引いたと思っているのだ。
私自身が幸せそうな彼らを見たくない、というのは勿論ある。告白をする前に失恋したのだから。
だがそれ以上に厄介なのは彼の妻である王妃の嫉妬だ。彼女は優しいので何か直接害を加えるなんて事はしないが、体調を崩しがちになっていた。────それも、私が旦那と二人になる時という限定的に。
つまりイーリス王の妃となったスミアさんに余計な心配をかける訳にはいかないのだ。
それなのにあの男は………
「あはは−ルフレは悩み事でもあるのー?」
「……嗚呼いえ、戦闘中に気を散らしてしまい申し訳ありません」
ため息を吐いていると、視界が突如黒くなる。
ふと目の前を見ると先程仲間になった呪術師のヘンリーさんが張り付けた笑顔で私を庇うように術を唱えていた。
「…いけませんね。私事で左右されては……こんな軍師じゃ飽きられますね」
「んー?よくわかんないけどルフレは笑っていた方がいいと思うよー」
ほらほら笑ってー。そう言って辺りの敵を一掃した呪術の本をしまってヘンリーさんは私の頬を軽くつまんだ。
初対面の人にも気遣いされる程酷い顔していたのか、と頬に触れてきた手を思わず振り払う。
彼は「怖いなー」と心にもない事をいいながら再び笑顔を貼り付けながらけたけたと笑った。
嗚呼……そういえば私も人の事は言えないな。
────最近、私も張り付けた笑顔しかしていない。
「……なるべく、努力します。ヘンリーさんのような呪術使いは軍にいなかったので便りになります」
「ははー話そらされちゃった。まあいいか。ほらオウジサマの所、ヤバイと思うよー。行ってあげたらー?」
そう言って私の背中を押したヘンリーさんは僕は別の場所に回るよー、と言って苦戦していたイーリス軍の女兵士であるソワレさんの援護に回った。
ああほら軍に支障がでてる。
────しっかりしなきゃ。先程までつままれた頬を軽く叩き、崖の上で屍兵と戦うクロムさんの元へ駆けよろうとした時、
私の魔法も唱える暇がないほどに明らかに助けることは「不可能」な距離で新たに増援した屍兵が突如闇の中から現れあっという間に距離を詰めて────
ソレはその剣を未だ背を向けて気づいていない彼へと振り下ろした。
「クロムさ……!!?
「お父様ッ!!」
私の声はその叫び声と共にかき消され、クロムさんに致命傷を与えるはずだった兵の剣を弾き飛ばした。
その声の持ち主ら見覚えのあるマントに身を包んだ剣士だった。
マントの剣士はイーリス軍が進軍する先々現れて有益な情報を
伝えて立ち去るという敵とも味方とも正体が未だ不明の者だ。
呆然と立ち尽くすクロムさんと私の前に、謎の剣士────マルスはただ黙って彼のお陰で無傷でクロムを見つめていた。
────というか今聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。
「え……?お父様……?
………クロムさんそういう趣味"も"あったんですか?」
彼をお父様と呼べる子供はまだ幼い赤ん坊のルキナただ一人である。つまり……
王族は男娼も嗜むとかどこかの本でも読んだし────つまり……
「違う!!誤解だっ!!!」