暗くてくらい、広くてとても、孤独な場所。
……ただポツリ、と玉座がある。誰かを崇めるもの、でもその場所には独りの”人”しかいなかった。
その人は黒がベースの独特の模様の入ったコートを着ている。そのコートについているフードを深く被っておりその人物の顔は薄暗くてよく見えない。分かるのはフードから除く髪が白銀の珍しい色をしているという事だ。
するとコートの人はポツリ、と呟いた。
その声からして女性だ。
「上手く、送り出せたようですね……そして始まりましたか……」
彼女が発したその言葉がきっかけとなったのか、不思議な事にフードの”その人”の考えが第三者視点で見ている私の中にするりと入ってきた。なんで?だろうか、でも違和感はなかった。
女性は言葉を続ける。
私の可愛い可愛い愛しい子、あの子ならきっと役目を成し遂げるはずだ。
私は彼のために
我慢して
我慢して
我慢して
我慢して
たくさん耐えてきたの、たくさん、いっぱい、たくさん。沢山!!
なんでここまでしていたのか分からなくなるくらい、たくさん、
そういえばなんでだっけ?
ポッカリと空いた胸の穴に問いかけて見ても、答えなんて帰ってこなかった。でもどこからか声が、聞こえるのだ。懐かしい声が。
「×××さん」
「…………ああ……、貴方は幻でも私を救ってくれるのですね」
胸元そっと手を伸ばすとあの日貰った花で作った押し花の栞がそこにあった。
ああ、そうだ思い出した。”私”はもう一度呼ばれたかったのだ
彼に求められたかったのだ。
彼に見て欲しかったのだ。
随分と寄り道をしてしまったが、本当にそれだけだったのだ。
大丈夫。大丈夫だ
今度は上手くいく。だから”私”はこの役目をやり切らなければ。やり切らなければ。
握りしめた押花の栞を見つめて息を吐いた。その手にはおぞましい紋章の六つの目が”私”を咎とめるようにこちらを見ていた。
ハッピーエンドには、悪は必要不可欠なのだ。だからやり切らなければ、やり切らなければ。
「もうすぐで……、もうすぐなんです……だから頼みますね
マーク。どうか貴方が教えてあげてください」
じくじくと痛む紋に目眩と吐き気がしたと同時にその世界は暗くなって行った。
◆◇◆
瞼を開けると、そこには見慣れた天幕の天井。つまり私のテント。即席で組み立てたがしっかりと風よけの役割を持って組み立てられた木々が入り組んでいるその天井は何度も見ているため間違えるはずがない。
つまり先程まで見ていた朧気な記憶は
「夢…………?」
「あっ目が覚めたんですね母さん!」
「おやすみなさい」
ぼやけた天井をバックにばあっ、と覗き込んできた青い髪の少年。彼を見た瞬間寝ぼけた頭が完全に覚醒してしまったがとても現実逃避したい。
「あれー?まだ眠たいんですか?」そんな間の抜けた声が狭い天幕の中反響する。……ああこれも夢だと言って欲しかった。
だが現実は無常でえーい☆と深い青色の髪の少年は私の毛布を引き剥がしニコニコと笑っている。
「……マーク、といいましたっけ」
「そうですよ!過去の母さん!事情はルキナさん達から聞きました!!」
グイグイ来る、自称息子(産んだことも認知した覚えはない)はだから母さん若かったんですねーなんて無邪気に笑っていて頭が痛くなってきた。
「百歩譲ってあなたが息子だと認めましょう……ですが私は結婚どころかお付き合いしている人もいません。……貴方は”誰”とのこどもなんですか?」
「……?そう言えば誰でしょうか……?」
「…記憶が曖昧な所まで似てるのかー……」
全く。大切な事を忘れるなんて誰に似たんだこの子は。
(恐らく)父親似なのだろう髪をわしゃわしゃとかきながら思い出せませんね、なんて他人事の様に言った。
その髪色で思い浮かぶのはこの国の聖王……やめてよ今世でドロドロなんて望んでませんから!あれ?そう言えばこの子は先ほど、ルキナと話したと言っていたがルキナ達は同じ世界から来ただろうこの子の父親を知っているのではないのか?
「ルキナとは話したんですよね?父親のこととかそういうの聞かなかったんですか?」
「聞きましたよ!やっぱり母さんのお相手は気になる所ですしルキナさんと僕は髪色も同じですからね!クロムさんが父さんなのかな?って僕も思ったんですがルキナさんは僕のことを「覚えてない」って言われました」
クロムが父さん、……いや、ないな。うん。
そうなるかもしれない世界はあったが少なくともこの子はクロムの子ではないと思いたかった。ていうかあんなにオリヴィエさんとラブラブなのに浮気するとは他者から見ても思われないだろう。とりあえず聖王とのドロドロは回避できそうか。……だが気になるところは「覚えてない」というフレーズだ。
普通は「知らない」というはずなのに「覚えてない」となると…………ただのマーク一人の記憶欠如という訳では無さそうだ。
「ルキナ、はあなたの事を”覚えてない”と言ったんですね?」
「うん、えーと……子世代って言われてる人達皆に話は聞いたんですねど「マーク?聞いたことあるような……記憶が曖昧だ」って言われました!凄いですね僕のことだけ覚えてないなんて!」
「なんでその状況で笑えるんですか……」
能天気なマークに彼の分まで頭を痛めてきた気がした。私の子供だとしても相手が誰の子か分からない以上、その正体は曖昧なままだ。もしかしたら記憶操作を施してあるギムレーの遣わせたスパイの可能性もある。
彼の待遇をどうするか……一度軍のトップであるクロムに相談しないとな、と仮で作られたベットから起き上がるとマークは「なんで笑ってるのか、自分でも分かりません!」ととても爽やかにいい返事(?)をしてくれた。
「でも”誰か”に言われました!その人の記憶はないですが「笑っていればいいことあるよ」って教えてくれたんです」
「……そうですか」
……その、どこかで聞いたことあるようなフレーズを私はわざと聞き流して椅子にかかっていたマークと同じコートを持って外へ出た。彼には私のテントで待ってもらうように言うと「わかりましたー!!」そんな元気な返事が返ってきた。
一先ずクロムときちんと話さないといけない―――……
悶々とあれやこれやを考えながらザクザクと芝を踏み鳴らしなして居ると誰かとぶつかってしまい「わぷっ」と間抜けな声を出してしまった。……考え事をしながら歩くもんじゃないな。すみませんと軽い謝罪をして顔を上げると見たかったけど見たくなかった顔がそこにあった。
「ルフレさん!体調は大丈夫何ですか?!!」
「アズールさん……、えーとその、お陰様で……?」
彼……アズールさんは急に倒れたから心配したんですよ、ってまゆを下げて笑った。ええ、お陰様で不意打ちときめきメーターは振り切ってばかりで心臓に悪いです。
とりあえず平常を保った顔でにこり、と微笑んだ(上手く笑えていたかは分からない)
「すみません、ご迷惑をお掛けしました」
「全然いいよ、ルフレさんがこうして元気なら。……そう言えば、あのマークって子は……」
「…………その事についてクロムさんに話に行くところです」
やっぱり彼もあの時に会ってしまったよなぁ……、頭が痛い。なんで好きな人に未来から来た子供(?)なんて見られないと行けないんだ。
「でもいい子そうでしたね。ルフレさんに似て笑顔が可愛い所とかもそっくりですし」
「ッ…………結婚どころかお付き合いしている人も居ないのに複雑ですが……あの子の正体が分からない以上迂闊に軍に置くわけには行きませんから」
「……ルフレさん、あまり深く考えなくてもいいと思いますよ。ほら笑って!」
最近根を詰め過ぎですよ、彼は笑って私の頬をつまんで伸ばした。いけない、そんな暗い顔をしていただろうか?私はせめて貴方の前ではそんな顔を見せないようにしていたのに。
「……、そういうわけには行きません。私は、この軍の……軍師ですから。時には無情にならないと、行けないんです」
ぶにっ、と抓まれた頬にあった彼の手をはらって俯く。やめて、やめてよ。優しくしないでよ。この世界では私は幸せを望んでないんだから。
それに、
「楽しくなんてないのに……笑えません……」
もし私が心から笑えるとしたら、それは、……
すると、目の前にいる彼は俯いていた私の顔を持ち上げて視線を合わせて笑った。
「そんなことないですよ!笑って過ごしていればいい事あるって!」
「でも”誰か”に言われました!その人の記憶はないですが「笑っていればいいことあるよ」って教えてくれたんです!」
「っ……え……?」
先程、聞いた気がするその台詞。
いや、そんな、まさか、いや考えてなくはなかったけど、そん、っえ?
「ルフレさん……?やっぱり体調でも悪いんじゃ……」
「い、いえ、その大丈夫です」
だって、それは有り得ない事だ。
マークがもし、もし、彼の子だとしても時間が合わない。
未来から来たルキナさん達とあまり年齢が変わらないように見えるマーク、未来の私が誰かと結ばれて産まれたならわかるがマークがあの年齢になるというのにアズールさんはやはりマークとの年齢の差をあまり感じない。
もし、もし、未来の私がアズールさんの年齢が10代前半とか、それ未満にそういう関係だったら別ですが
(めっちゃ犯罪者じゃないか……)
「どうしたんですか?な、何でそんなに見つめるんですか……?!」
恥ずかしいよ……そう言って彼は赤く染まった顔を隠すように視線を反らされた。
………………いや、アズールさんなら”イける”。うん。そう。未来の私は性犯罪者かぁ……と持っていたファイアを邪な考えを浮かんだ自らの頭にぶつけて戒めた