とうとう邪竜はその姿を表した。イーリスからも見える邪悪な黒き竜の姿は何度も見なれたものだ、……今まさにギムレーの覚醒まで、あと一週間と迫っていた。
「赤…………」
手元にあった香水の瓶を陽の光に照らすと黄色だったはずの瓶は赤色に輝いていた。遊色効果、という現象だ。角度や光によってその見え方を変える。
「……言い訳に言い訳重ねて逃げるな……って事ですよね…」
耐えなければ
なんで1人で背負うんですか?
勘違いするな
あいつが本当に好きなのは今も昔も変わらないのよ
皆が不幸になる
お前は邪竜なんかじゃない。皆を…姉さんを助けてくれてありがとう
好きになってはダメだ
人を好きになるのに資格なんていらない
八方塞がりだ。あらゆる方向から私の押さえ込もうとしていたものを覆す地盤が固められている。軍師なのに逃れる術が出てこない。いや、逃れる「意味」などもうとっくの昔に無くしていたのかもしれない。
「……これが自惚れでないのであれば……」
赤色になった瓶を置いて、私は彼が来る前にやるべき事をやろうと立ち上がり、拠点を後にした。
黄色のチューリップの花言葉は「日光」「報われぬ恋」
この香水は日光という花言葉に因んだ仕掛けだったのだろう。洒落た彼らしい。
赤色のチューリップの花言葉は……────
◆◇◆
ある竜との決戦間近、
とある呪術師たちの部屋
控えめな声で今いいですか?と幕を聞くと10倍くらいの返事が返ってきた。主に軍で一番スタイルがいいバインバインな呪術師から。
「……え?呪いについて聞きたいですって?ええ……!!ええ、!!勿論……!ルフレの為ならいくらでも語ってあげるわ……!」
「あははー君の呪いねー」
ペレジアの呪術師だったサーリャさん
同じくペレジアの元呪術師ヘンリーさん。両者ともイーリス国籍の者(ガイアさんとマリアベルさん)と結婚した為こちらに籍を落ち着かせており来る最終決戦にも助力するための準備をしていた。サーリャさんの旦那さんのガイアさんは国籍不明だがイーリスは菓子が美味いからという理由で住み込んでいる。それでいいのか。
……っと話がそれた。
そう、私はその「呪い」について聞きに来たのだ。前の世界でサーリャさんに聞いた時は「相当な執着の呪い」だとか「運命の人と結ばれない呪い」やら我ながらなんてものにかかっているんだと思っていたが、これが彼に……アズールさんに害なすものと分かった為この世界では彼を避け続けていたのだ。
だがそもそもこの「呪い」はなんだ?
いつ?誰に?何のためにかけられたものなのか?
「前」はそんなもの気にしないで好き勝手生きていた。だが腹を括れ、と言われたのだ。自称……いえ、息子のマークに。
ならばこの呪いとやらを解いてせめて彼らだけでも幸せに生きてほしい。
彼らは呪術師だ。呪いには詳しいだろうと(そもそも教えてくれたのはサーリャさんだし)話を聞きに来たのだがこの世界二人も呪いにかけられていた事を知っていたのか案外すんなりと教えてくれた。
「貴女の呪いは悪いものじゃないわ……。執着は感じるけど。貴女にかかっているそれは呪よ。"最初"はね」
「純粋な呪いが何かをきっかけにタチの悪い呪いに変わってしまう事もあるんだよー」
「うちの娘がいい例ね……まああれはアレで置いておきましょう」
まじない、……
そう言葉にだすと「そうよ」と背後からバインバイン。いやサーリャさんが私を抱きしめた。彼女の娘のノワールさんの性格を思い出してああ、と納得しかけるがそもそもが何故まじない、とやらにかかっていたのが呪いになったのか。
「私にかかっていたのは元々まじない……だったんですよね?なぜ呪いになってしまったんでしょうか?」
「……そもそも呪いと言っても種類は様々……特に竜の血を使ったものは強力なものが多いわ。貴方のは竜の血が使われているわね恐らく」
「大昔は竜の血って万能で「竜脈」って言ってその力で物を直したり時間を戻したり出来たんだよー。ペレジアの黒魔術や呪術はそれのアレンジというか、歪ませたものだねー」
「竜の血の呪い……ギムレーに関することなんですか?」
竜脈、竜の血。初めて聞く言葉だ。
呪術師達は肝心な言葉を焦らす為こちらは質問づくしとなってしまう。するとサーリャさんは背後から手を伸ばし私の邪痕に触れた。
「そうね……ルフレはギムレーとしての器……竜の先祖帰りが強かったのね。無意識のうちに力を使うこともあったんじゃないかしら……?」
「あっ例えば時間とか巻き戻してた事もあるかもねー?あははーわかんないけど」
「あら……流石にそこまでの力を使ったら時空が歪む所じゃないわよ……代償に容姿が変わるとかもあり得るわ…」
「記憶が無くなるとかもあるかも?あっルフレそう言えば記憶喪失だっけーーあはは」
痛い。痛いです、言葉の棘が。
身に覚えのあり過ぎる「代償」達に早くも耳が痛くなってきた。「竜脈は特別な場所でしか本来ならできないわ、でも貴女が"特別"」とサーリャさんがうっすら微笑むが笑えない。
私は消滅する度に力を使ったのだろう竜脈という力を。
その代償が「今までの世界」だ。何が繰り返すかもしれないだ。自分自身が望んだからそうなったのだ。……私は毎度毎度心の底では「後悔」していたんだろう。救えたのに。救わなかった事を。
「それはそうとルフレの場合は本当に純粋な愛故の呪いよ。恐らく前世とか"ルフレがルフレじゃなかった時"にかけられたもの…………竜の血が流れている末裔は「力あるもの」に惹かれるからそれを抑える為のものとかだったんでしょう。…そうね………わかりやすく言うなら「浮気防止」って所ね。余程愛されていたのね……いいわぁ羨ましい……」
呪いを辿って見えてくるのは白き国と暗い夜の国……ポツリ、サーリャさんがそう呟くが身に覚えのない場所だ。私が私じゃない時にかけられたまじない……そもそも「浮気防止」って……
「………何故それがのろいに……」
「それがなにか悪いものに充てられて厄介なものに転じたんじゃないかなー?例えばだけどすごく嫉妬とかした事ない?僕のお友達のカラスみたいにまっ黒い感情みたいなのねー。あっ目をそらしたって事はあるんだね」
先程から図星を突きまくってくるヘンリーさんは必殺仕事人かなにかだろうか。さすが呪術師ココロエグルの得意ですね!
要するに私が覚えている限りの「最初の世界」……リヒトさんの息子だったアズールさんの時はただ単にまじないだったのだろう。そこから私は彼の言う「ドス黒い嫉妬」をする……そう、セレナさんにだ。
確かに[私]が言っていた。元々は悪いものではないと、それを歪ませたのは私自身だと
【呪いのせいにするな!!その"呪い"は元々貴女のその歪んだ性格にする為の呪いじゃない!!呪いをかけた本人も狂わせるつもりは無かったんだ!!「ただ愛されたい」という呪いをかけた人の思いが強かっただけ、それを歪ませたのは貴女自身だ!!】
「……その呪いは……解けるものなんですか?災いに転じたものはもう戻せないのでしょうか?」
「えっ?どうやったら解けるって?」
「簡単ね。むしろ答えでかけているじゃない。悔しいけど私じゃ解けないわ」
ニヤニヤ、ギリギリ
ヘンリーさんが笑う、サーリャが歯ぎしりする。
そんな彼らが言いたい事が分からずに思わず口を開きかけるがそれを遮ったのは聞きなれた声だった。
「あっルフレさんここに居たんだ…!探しましたよ……!」
「アズールさん?!」
お待たせしてすみません!と、息を切らして私に微笑み、彼は今……いいですか?と真剣な顔で私の手を握った。
「ここだと……話しにくいので」
「あの……」
チラリ、とサーリャさんを見るとため息を吐かれた。そして彼女は微笑んだ。
「言ったでしょう。「悪いものではなかった」と。本来は貴女が幸せになるのを祝福するものよ、ソレは」
……私が幸せになれることなんて、この世にひとつしか存在しない。
サーリャさんから視線を彼に移して、私は小さく頷く。それと同時に失礼します!、と私の手を引く彼に導かれるまま呪術師たちの部屋から連れ出された。……握られている手がとても熱い。
「アズール、さん……」
「……あの、顔の熱を冷ましますので少し外に行きませんか?」
こくり、そう小さく頷いて彼に導かれるまま連れてこられたのはイーリスの中庭だった。庭師が整えた薔薇が咲きほこるこの庭はアズールさんのお気に入りだと言っていた場所だ。
握られた手はそのままに振り返った彼は真っ直ぐに私を見つめた。
その瞳に刻まれた聖痕は私を写している。
そんな彼から逃げる様に視線を逸らした。……私なんかが写っては行けない気がしたのだ。
望まれているのは分かってしまった。だがそれを認めるには私がしてきた罪達が重くのしかかってくるのだ。アズールさんだけを求めていたという過去が、願いが、この期に及んで拒絶している。
……そもそも私の「最初」の願いはなんでしたっけ?
私が死ぬことで変わった未来で幸せになってくれれば、それで、それだけで十分です。
そんなこと、だった気がする。
ああ、そうですそれだけは変わりない。それだけで良かったんだ。なのに私は強欲にも未来を望んでしまった。しまっている。
目をそらし続ける私の頬に手が添われる。私がその手をはらえる筈もなく、その聖痕から逸らされないように距離を詰められた。
「……僕は貴女が……ルフレさんが好きです。その気持ちを気づいていて否定しないでください」
「っ……ありがとう、ございます。でも……私は…」
どう、言ったら正解なのか?
私も貴方が好きです?
ごめんなさい?
邪竜と戦ったその後は?その跡は?その痕は?
それを思うと言葉を濁すことしかできない。でも逃げられない、反らせない。
彼は私が言葉に煮詰まっている事を察したのか少し寂しげな顔で笑った。
「貴女はいつも僕から逃げていく……言い訳を重ねて、勝手に背負って…………本当に嫌ならこの手を振り解いて逃げてもいいです。でも否定の言葉は一度も言わない。だから僕は自惚れますよ」
「……例えば私が貴方が好きだと……言ってもわ、たしは……未来を望んじゃ行けない存在なんですよ……?私自身がそれを…許さないんです、許そうとしないんです」
やばい、自分で言ってて泣きそうだ。彼の気持ちを否定はしない。したくない。だって私が心からそれを望んでいたのだから。でも未来を望んじゃいけない。望んでいるが望んじゃ駄目なんて矛盾している。
そんな私に彼は「はあーーー……」とわざとらしい大きなため息を吐いて、さらに距離を詰めた。
「未来のあなたも言ってました。呪いとか、邪竜とか、悪い魔女だとか。なんでそういう生き方を決めつけるんですか?呪い、なんて関係ない。巣食う邪竜なんて倒せばいい。貴女を……悪い魔女というには優しすぎるんです。僕が聞きたいのは僕が貴女が好きで、それに対する答えが聞きたいんです」
「……それは慕っている、という意味じゃなくて?」
「僕は昔から貴女に恋い慕っていますよ。……好きでもない人にこんな事はいいませんから」
「でも……」
「「でも」も、「だって」、も、「だけど」、も……言い訳はもう聞きたくありません。貴女が自分を望まなくても僕が貴女を望んでいます」
「……私も……そうでした」
「……過去じゃない。今のルフレさんの本音が聞きたいんだ」
ああ、逃げられない。
ぽたぽたと感情だけが先走り涙が零れる。言っていいのか
言っていいのだ。この自分勝手だと思っていた感情を
「……好きです」
「……うん。僕も好きだよ」
「貴方を愛して……しまったんです……ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝ることなんて、ないよ。……もう……いいんだよ。謝るのは僕達だ。背負わせて……1人で戦わせてごめん」
僕はずっと貴女に言いたかった言葉があるんだ、と彼は私の涙を拭いながら微笑んだ。
「よく頑張ったね。ルフレ」
「うあ……っぁぁあぁあッ!!」
涙が、止まらなかった。
その言葉だけで、とても救われた気がした。
彼が掴んでいた手を離して私の背中にそっと腕を回した。だからそれに縋るように私も彼を抱きしめた。泣き顔が見られなくてほっとしたけど少し苦しいでもそれ以上に胸がいっぱいいっぱいだ。
ズズ、と鼻をすする音なんて聞かれたくなくて私は誤魔化すように彼の肩へ頭を埋めてポツリと口を開いた。
「……アズー、ルさんは……いつから、私の事を好きだったんですか?」
「……言ったでしょう。昔からって。……小さい頃に僕は貴女に一目惚れしたんだ。……ルフレさんが花言葉に詳しい事は……知ってたんで……その、黄色いチューリップの花言葉と赤いチューリップの意味を重ねて…一種の賭けだったんです。…僕なりの愛情表現だったんですよ……?」
「……あれ……最初は勝手にふられたと思ってました」
くすくすと笑うと「伝わっているならいいよ」って照れながら彼も笑った。
黄色のチューリップの花言葉は「日光」と失恋の花言葉
赤色のチューリップの花言葉は「愛の告白」と……
「赤のチューリップの花言葉……別の意味は"私を信じて"……でしたよね」
「……貴女だけに重荷を背負わせる気はサラサラないですから。ほら、僕も一応聖痕あるイーリスの王子だから!いざとなったら僕がファルシオンで邪竜なんて封印所か消滅させる勢いで倒してやりますよ!!」
「ふふ、頼りにしてますね」
彼の綺麗な青い瞳が私を写している。……今度はその綺麗な青から目を逸らさなかった。すると彼は私の左手をとり、そっとソレを私の指に通した。
「待たせてごめん。これを……貴女に」
「指輪……」
「……マークに頼んで、一緒に探したんですよ。これ、特別な刻印をされていて普通の職人じゃ作れなかったんです。……正直、マークは父さんとの子だと思っていたました。でも母さんとのラブラブっぷりを見てそれはありえない、って分かってそれと同時に……僕との子であればって……」
「それでわざわざ指輪を同じものに……?」
「……マークがいなくても、この指輪をあげていました。この指輪、あげた人に幸運をもたらすって言われているんです」
左手の……薬指、特別な指に付けられたその指輪を見ると銀のシンプルなリングだが濃い青色の石が埋め込まれており、その回りには花をモチーフにした彫りが入れられていた。まるで彼をイメージしたような指輪だ。
指輪をかざすように眺めていると、キラリ、と光る青い石を見て思い出したことがあった。
「……ああそう言えば……アズール、って青色って意味なんですね」
「えっそうなの?」
「ええ……ふふ知らなかったんですか?」
「うん……あー、父さんたちはそう言う意味で付けたのかなぁ」
恥ずかしそうに目を細めて頬を染める彼はそう言ってその青い髪をつまんだ。
私は彼のその言葉になんだかストン、って気持ちが収まる気がした。
「ああ……もしかしたら私は、
青色の君に会うために、今まで生きていたのかなぁ」
「…色なんか、関係ないよ。僕が僕である限り何度だってルフレさんが好きだから」
「……そうで"あったなら"私も……嬉しいです」
……ええ、でも私ももう"次"なんて望まない。
近づく彼の唇を私は受け入れた。
◆◇◆
「つーかーれーたールキナさん褒めてくださいよ。僕頑張ったんですから」
「はあ……」
「ほらほら頑張ったねって褒めてくれていいんですよ?」
決戦も間近だと言うのに呑気なことだ。
これは本当に褒めるまで引き下がりそうにもないと察したので、私と同じ青色のくせっ毛の頭を撫でていると急にガバッと彼は起き上がって真剣な表情でこちらを見てきた。
「父さんがヘタレなのが悪いんです」
「なんでそれを私に言うんですか……」
「僕が持ってる指輪と同じのを探したいって散々宝飾店つれまわされましたよもーー疲れました」
「……本当にアズールが……貴方の父親なんですね」
あの愚弟に…………認めたくない、認めたくないが、
ルフレさんを幸せ出来るのは今も昔もアズール一人だ。
……小さい頃、ルフレさんはアズールといる時はそれはそれは綺麗な笑みを浮かべて、幸せそうだったから。
私の気持ちを察してか、ぽんぽん、と今度はマークに私が頭を撫でられて、彼は少し寂しげに笑った。
「……ひとつ、思い出したことがあります……実は、僕この世界に来る前にルキナさんたちの言う「絶望の未来」に行ったことがあるんです」
「!!?」
「邪竜……に染まりかけた母さんは泣いてました。泣いて、泣いて「ありがとう」と言ったんです」
【私に未来の可能性を見せてくれてありがとう。マーク、貴女は希望の子。どうか"私"の背中を押してあげてください】
「ってね……僕は、その時分かったんです。僕はイレギュラーな存在だ。本来なら邪竜に染まった母さんが望めなかった未来から……パラレルワールドから来たんです。「母さんが幸せになった世界」から、……僕は呼ばれたんです」
優しかったルフレさん。
私の大好きだったルフレさん。
彼女は邪竜に毒されて尚1人で…………戦っていたのだ。
「ルフレ……さん……は、笑ってましたか?」
「……ええ。「貴方が本来来るべき世界はここじゃない。」って、僕をここに笑って、送ってくれた。自分は、もう救えないから、過去の私を救ってくれ……って……
…………僕は母さん達の救いになれたんでしょうか?」
彼は涙を拭ってその泣き顔を見せないように顔を伏せた。
だから私は顔を擦る彼の手を取って、その、手を握りしめた。
「…………もう答えは、出ているのでは?」
「……あはは、ほんとだ。……無駄じゃなかったんだ」
彼の手にあった邪竜のそれ、は形を変えている
。
聖痕…………私の瞳にあるものと同じ形になっていた。
「あー……でもこれだとなぁ……」
「?、どうかしましたか?」
んー、と言葉を尻切れに呟くと、何かを閃いた顔をして今度は私の手を取った。
「王族はその血を絶やさないためにより濃い血にしていくって話ありますよね。文献で読みました!竜の血を絶やさないようにするとか何とか」
「?、ええそれがどうかしましたか?」
「叔母と甥の関係でも恋愛は出来るんですよ知ってます?」
「……訂正します、やはり貴方はアズールの子で、ルフレさんの子でもありますね」
口説くのは弟に似て、人たらしの部分は100%母親のルフレさんから受け継がれたものだと思った。