青色の君と



―なんで我慢なんかしてるんですか?―


そう、不思議そうに表情を浮かべながら目の前の青色の少年は首を傾げていた。いきなりそう言われてその言葉の意図が掴めず私は少し彼を睨みつける様な視線を送ってしまった。


「……なんの、ことでしょうか?」


「母さん……いいえ、"貴女"の事ですよ。なんか全てを我慢して、耐えて、全部を抱えようとしているように見えたので」


苦しくないですか?、何処か"彼"に似てる表情で、少年…………マークは私の目をまっすぐ見つめてくる。

自称息子の彼はクロムのお墨付きを貰い軍の一員となったがやはり「異例」な彼を野放しには出来ないと私の観察下の元で行動をしている。本人は「母さんと居られて嬉しいです」なんて、笑っていたが私自身は複雑だった。


一時は「マークの父親は誰か」と話題になったがクロムのオリヴィエさんとの熱々っぷりを知ってる皆さんは「クロムでは無い誰かとルフレの息子」で話はとりあえず落ち着いている。その"誰か"が問題なんですけどね……

だがそんな事は今は置いておこう。そんな彼の私の痛い所を付いてきた質問に「何が言いたいかよく分かりませんね」、って適当にかわした。
聡いのは、私に似たのだろうか?それとも…………



「そうやって逃げてもかわらないのに……欲しいものを欲しいと言ってはダメなんですか?」

「っ、何をとは聞きません。私は我慢もしてないですし今の環境を辛いと思ったことなんてありません。欲しい物なんて手に入ってなくても、幸せなんです」


満足してます。ええ、とても、
幸せに笑う彼を……いえ、"彼等"を見れるなんて、私には贅沢過ぎる幸せなんです。
ほら、軍師になりたいんでしょう?って話題を誤魔化すために私の使っていた軍事書を彼に渡すがマークは諦めないで食いついてきた。


「本はありがたくいただきます。……でも「幸せなんです」なんて、まるで言い聞かせてますね。その言い方だと母さん"は"幸せじゃないように聞こえます」

「……そうだとしてもマークには関係ないですよね」

「いいえ、関係なくなんてないですよ?だって貴方は僕の母さんなんですから」


母さんが幸せじゃないと、意味が無いんです



そう言って笑いながら彼は私の頬をそっと撫でた。その仕草はやはり私の好きな人に似ていて泣きそうになった、が…………それより彼の私に差し出した手に描かれた「ソレ」に私の視線は奪われた。パチパチと何度か瞬きをして見直したが見間違えなどではなくやはり彼のその手に「ソレ」はあった。


「マーク!それは……ッ!」

「ん?ああ!これですか?母さんとお揃いですね!」


ソレは……六つの禍々しい目を模した邪痕。私の手にもある,「ギムレーの器である証拠」だった。
なぜマークにもこれがあるのだ、邪竜の器の予備とでも言うのか?ふざけないで欲しい。ただでさえイレギュラーな彼が更に危険分子になった。


「……でもあれー?おかしいな、こんな痕だったけなぁ」

「?……」

もっと違う形だった気がしたんですけど、まあ母さんとお揃いですしいいですね!!
ソレの意味を知らずに無邪気な笑顔に緩んだ涙腺が持ち直して今度は頭が痛くなった。



◆◇◆






ふぅ、無意識に出たため息が静かな空間に落ちていく。
結局あのまま邪痕の問題解決もできず,マークの質問攻めから逃げるように彼の元から立ち去ったがフレデリクさんに捕まってしまい緊急軍議が開かれた。最初は進軍についての真面目な話だったはずだが何故か男性陣が最後の方はマークの父親は誰か、という進軍から反らしまくった話にすり変わっていた為適当な言い訳をつけて出てきたのだ。

……なぜ他人にすら痛い所を突かれればならないのだ。




そんなの


「私が一番知りたいですよ……」

いや知りたくない気もしますがやはりこのモヤモヤのまま自分が幼いアズールさんに手を出したという犯罪者予備軍のままだと色々とやばい気がした。もうとっくにヤバい奴とか指を刺さないでください指を!

「……買い物……して帰りますか」


今直帰したら貰った本を嬉嬉として読んでいるマークが私のテントで待っていることだろう。その事から今は逃げたかった。……そもそも親の自覚が、私にはないのだ。アズールさんの父親になったのも彼といたかったから
ルキナの母親になったのも試したかったから

私は"自分の子供"を可愛がるという行為なんてわからないのだ。腹を痛めていないなら尚更。腹を痛めて産んだルキナでさえ、私は碌でもない親だった事があるのだから……

……しかしそんな思い出……というか前世の出来事があるルキナとアズールさんがよりにもよって

「ここでは姉弟かぁ……」

いや、でもアズールさん青色すごく似合うし、うん。
いや待つんだルフレ論点はそこじゃない。

頭の中でそんな下らないやり取りをして現実逃避をしているとその例の今回は青色になって私の前に現れた彼が…………


「ちょっと、早くしなさいよ!あんたから誘ったんでしょ!」
「そうだけど……やっぱり恥ずかしいよ……!」




セレ、ナさんと……いた。ぎゃーぎゃーと騒いでることもあるが二人とも容姿が整っているので街の中、二人はとても目立っていてここからでも「お似合い」なのがヒシヒシと感じた。……それは何もおかしい事はない。だって彼等は未来から来た同じ志を持つ仲間だ。恋人がいてもいい年頃だし……セレナさんとアズールさんが仲がいいことなんて今世に始まった事じゃない、でしょう。

自分にそうやって言い聞かせて重い想いが溢れないように鍵をかけて買い物を諦めてその場を立ち去ろうとすると後ろから大好きな彼の声が聞こえてきた。


「あっルフレさん!!?」
「げっ」

なんで気づくかなぁ…………
しかもセレナさん「げっ」ってなんだ「げっ」って。


「お疲れ様ですルフレさん今日もお綺麗ですね!お茶でも……」

「すみませんが軍議なので」

嘘だ。軍議など今しがた終わったのに口からスルリと出たわかりやすい嘘にアズールさんは苦笑いした。きっと察しのいい彼は気づいている。

「それよりセレナさんはいいんですか?お話中だったんでしょう?」

「セレナなら大丈夫ですよ。むしろルフレさんの元に行けって言われちゃいました」


?、余裕の表れだろうか。確かにセレナさんを置いてこちらに走ってきたアズールさんの後ろを見ると彼女はこちらにひらひらと手を振ってひとりでに買い物に戻って行った。

「ルフレさん!その軍議が終わってからでいいからさ一緒に休憩しない?」

「…………すみませんマークがいますから」

「……そっか!僕はルフレさんとならいつでもお茶オッケーですからねー!……あっ無理は禁物ですよ?」

「……ありがとう、ございます」

キラキラと笑う彼にその笑顔を独り占めしたいとドロドロした気持ちが出てくる。
ああダメだ。私の気持ちは、恋なんかじゃないのだ。だってそんな綺麗な言葉じゃ説明出来ないほどドロドロと汚いモノで溢れている。私だけが甘い甘い甘い甘い夢を見たいが為に彼に理想を押し付けているだけ。
私にだけ優しい世界を見たいだけ。

だからこの気持ちは間違えだと言って欲しかった。
だから勘違いをさせないで欲しかった。
だから希望を持たせないで欲しかった。

だから、マークと同じ色なんて否定して欲しかった。


「それにしてもマークかぁ……ルフレさんの心を射止めた人が僕もきになります」

「…私には誰かと結ばれて子供を授かるなんてそんな資格なんて、ないですよ」

「?、ルフレさんはおかしな事をいうなぁ


ルキナも言ってましたよね、人を好きになる事に資格なんてそんなの要らないんです。それを言うのは想いに枷をつけるという事ですよ?もっと、笑って泣いて自分の好きな事を好きって言った方がいいですよ!!」


「っあなたが…………」


それを言うのか……!!!!!!、その言葉を言いかけて寸前で留まる。
彼の言う通りに私は

好きなものを好きだと言って好き勝手した
嫌いなものは嫌いだからと見ないふりをした
独占したくて勝手に彼の母親の恋心を踏みにじった
すれ違いたくなくて無理やり縛り付けた

あとはあとは!あとはあとは!!!!あとは!!!!!!たくさん好きな事をしたのだ私は。貴方と居たくて…………その結果失くしたものは多すぎた。だからそんなの只のエゴだと分かっている。

けどそれら全ては"今"の彼にはなんにも関係ない。言い放ちたかった言葉を全ての飲み込んで,ようやく口を開けた。



「……善処、します」

「……でもそりゃあ僕としては笑って泣いて、よりはずっと笑顔の方がいいんですけどね……あっそう言えばコレを、ルフレさんに」

「えっ?……ああ香水……ですか」

「なっなんですかそのリアクションは……!?まさか既に別の男の人に貰ってたり……?」


突如渡されたプレゼント、それは彼に何度かもらった事がある、香水だった。それをくれるのはもちろんアズールさんだけだ。今回また花の種類が違う…………そんなこと言えるはずがないけど。


「うう……出遅れたのか僕は……!」

「い、いえこういったものを貰うのは初めてです!……本当に……ありがとうございます。こういった進軍中だと女らしさに疎くなりますから」


慌てて取り繕うがアズールさんは何故か心ここにあらずと言った感じだった。……でも心から嬉しいのは本当だ。彼は、優しいからいろんな人にこういったプレゼントを配っている事は知っている。でもこの香水は私のためだけにきっと彼が選んだもの……だと思いたい。


「…………ルフレさんは化粧とかしなくても充分綺麗だよ。でもこう言うのはその……お洒落というよりルフレさんの癒しになればいいかなって」

「その心使いが嬉しいです…………でも私なんかにそう言う気遣いをくれる貴方がいるだけでもう充分ですよ」



「……未来の貴女も……同じようなことを言っていた」

「えっ……?」

「ううん、……なんでもない」



また、お茶に誘いますからその時は行きましょうね。

返答に困る事を言い逃げして一人残された私は渡された可愛いらしい装飾の施された香水を見つめた。
今までもらった香水の花の香りとは違うようだ。瓶に彫られた表記に書かれていたのは……


「チューリップの……香り……」

この花の花言葉は…………色によって違う。全体的に言うと「思いやり」という意味の花言葉だったが、きっとそれだけじゃない。……彼のくれた香水の瓶の色は「黄色」だからだ。

だいぶ前に見た本では確か……あまりいい意味はない花言葉だった気がする。
花のことをよく知ってる彼が、花言葉を知らないはずがない。だから、これは彼からの拒絶なのだろうか?





「っーーーー………大丈夫、大丈夫、……だいじょうぶ、もう少し、もう少しだから」


彼が私を望んでない、なんて、何度も体感してるじゃないか。何を今更泣きそうになってるんだ。

私がクロムと出会ってギムレーを封印するまで、約三年……もう二年近くこの世界では時が過ぎてる。だからあと少し、あともうちょっと。それで彼が幸せになれるなら大丈夫私はまだ我慢出来る。耐えられる。





自分を戒めるようにその瓶を抱えたままその場に座り込むとどこからかマークの「まどろっこしいなぁ」という声が聞こえた気がした。

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