桃色の君に




「貴女がお父様を殺したんです……!」




とうとう未来の私はこの状況が耐えきれずに殺っちゃったのか。私は他人事のようにルキナさんのセリフを聞いていた。

「未来を変える為には…こうするしか……!」


彼女の母親似の嫉妬の感情と殺気がむき出しで私に襲いかかるが、ここ数ヶ月前まで吐いていたのが嘘みたいに今の彼女を見ても何も感じない。
むしろ殺されそうだというのにぼんやりと頭の中の現実逃避した部分がどうでもいいことばかり過ぎっていた。

ああそういえばアズールさんがくれたお花が枯れかけていたな、ソワレさんの娘さんのデジェルさんと料理の練習する約束をしていたな、あっアズールさんはこの間私のテントから持って行った本返してくれてない。それとドニさんとサバイバルの心得について話し合う予定だったのにあとアズールさんとのお茶もまた約束してしまいましたし……あっそれにアズールさんが……アズール…さん、…………あれ……?








走馬灯(?)だと言うのに、思い出すのはアズールさんばっかじゃないか





「ルフレさん……!貴女には死んでもらいます……!」

「何をしてるんだッ!!」




ルキナさんに突きつけられた剣をただ見つめていると私の後ろから聞き慣れた声で怒号が聞こえてきた。その声に、吐き気は、おきない。



「ルフレさんのお部屋殺風景だったからお花飾っておきましたよ!」「あっこの本読みたかったんですよ!借りてもいいですか?」
「お茶、とても楽しかったです。また行きましょうね。約束ですよ?」
「ルフレさん、この薬吐き気に効くんだって!副作用があまりないから服用しやすいんじゃないかな?」
「ルフレさん!」



「ルフレさん」




ああ、なるほど。こんな死に間際までの事を思い出してしまうということは私は彼の(恐らく)初めての"成功者"というだったのか。



「こんなことをしなくても俺は信じてる!ルフレとの絆を……!なあルフレ…!」


「タチの悪いナンパだなぁ……」

「は……っ?」


「ッッ!!??ルフレさん!貴女はやっぱり今ここで……!!」


どうやら私は気が付かないうちに彼の「下手くそなナンパ」に落ちてしまっていたらしい。ストン、と気持ちがハマるのが分かると心が晴れやかになった。












あ!そこのきみ、いつもお疲れさま。これ僕からの気持ち。受け取ってよ


よくわからない理由(心ここに在らずだった為あまり覚えてない)でクロム親子に絡まれていたのがようやく解放された帰り道、耳に馴染むアルトの声を拾った私の体は硬直した。

あそこにいるのはアズールさんだ。
女性兵士にプレゼントを渡してる……またナンパ…
本当に困った人だ。いい加減ナンパはやめてビシッとすればいいのに……。

なんて、言葉にならない気持ちがモヤモヤと渦巻いた。
デリカシーがない聖王の次はナンパ男とは私の男運も酷いな…苦笑いも出てこなかった。

これ以上女の人に声を掛けている彼が見たくなかったので早足で通り過ぎようとすると目ざとい彼はそんな私を見逃してくれなかった。

「あっ、ルフレさん!ちょうどいいところに… はい!ルフレさんにもプレゼント!町に行ったときに買った香水ですよ、匂いもキツくないし癒しの効果があるって言われてるんですよ〜」

ルフレさん「にも」その言葉がやけに突き刺さるが私はそれを聞こえないフリをして無理やり笑顔を作って受け取った。


「あ、ありがとうございます……私までナンパするつもりですか?」

「ええっ…!?あ、あははははっ!!」


可愛いらしく装飾の施された香水の瓶を受け取ると勘違いしてしまいそうになるのを堪えて何がツボに入ったのか笑い続ける彼を睨んだ。

「な、何がおかしいのですか!?」

「あははは、いやだな〜これはナンパじゃないですよ!ルフレさんってば冗談きついですよー」

「な、何が冗談なんですか?」

ちょいちょい、と私に渡した瓶を指さすとコレはそういうつもりで渡してませんって、と彼はニコニコと笑いながら話はじめる。

「僕はただ戦闘で疲れている皆の気分転換になればと
思ってただけですよ?」


「え……?そ、そうなんですか?でも、さっきも女性兵士と親しそうに…」



お話してたじゃないですか……、その言葉は濁して彼の様子を伺うと、それが誤解なんですよ!そう言ってアズールさんが持っていた物を見せてくれた。


「女性だけじゃないですよ!男性だって僕の大切な仲間ですから、これはみんなにプレゼントしてるんですよ。ほらこれはプレディ、これはあとでジェロームに持っていく予定なんです。」

彼が見せてくれたのは楽器の手入れ用のオイルにドラゴンが好むとされている果物だった。(ジェロームさんというのはセルジュさんとリベラさんの仮面……息子さんのことである。)

「女性には香水をあげているのですか?」

「いや、その人が好みそうな物をあげていますよ!それでその香水瓶見た時ルフレさんっぽいなーって思って……迷惑でしたか?」


「い、……いえ、そんなことありません。とても嬉しいですありがとうございます……」

好きな人から考えて選んでもらったというプレゼントが嬉しくないわけが無い。クロムさんと違ってさすがセンスのいいプレゼントである。
なんだがアズールさんの照れ屋が写ったように顔に熱が集まるのが分かったので慌てて話を反らした。

「これ何の香りなんですか?」

「プルメリア、っていうお花の香りなんですよ。ちょっと失礼しますね……」


そっと持っていた瓶を彼が持ち上げると、シュッとひと吹き私の手首に振りかけてくれた。甘さは控えめだが清潔感のある花の香りが広がり、中中好ましい匂いだった。

軍にいると女性的な所をたまに忘れてしまうのでこういった贈り物はとても嬉しかった。改めてお礼を言おうと顔を上げると、彼は

「ね?…落ち着くでしょ?」


とどこか色気のある顔で笑って、私の心にクリティカルヒットさせてきた。

「っ〜〜〜〜!……そ、そそれにしても、アズールさんってけっこう気が利くのですね!!」


「えへへ。僕、仲間の笑顔を見るのが好きなんですよ!……いつもみんなに支えられてますし、お互い様ってやつですね」


…へえ…意外です。声のトーンを下げて気持ちを落ち着かせると彼は察しがいいのに私の心境がわかってないみたいで(正直助かった)、でしょう?と心做しかドヤ顔をしていた。そんな顔すら可愛いと思ってしまった私は末期です。


「ふふーんっ!惚れ直しましたか?」


「ほ、ほ、惚れ直すもなにも元から惚れてなんかいません!」


「あらら、それは残念。…じゃ、僕はこれで失礼します、ジェローム達の所に行かなきゃ行けませんし……あっそれ、ぜひ使ってくださいねー!!」

プルメリアの香りを纏わせてアズールさんは仲間達の元へ翔けていった。



…………アズールさんって
意外に仲間想いなのですね…



「…………産まれてもいない子に手を出すのは……犯罪なんですかね…」


どうやらこの恋は前の初恋よりめんどくさい障害がありそうだ。



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