その日は授業もなく、部屋で一人静かに本を読んでいる時だった。
ふと、慣れ親しんだ気配がして後ろを振り向こうとしたら誰かに抱き締められた。

「鉢屋?」

物音一つ立てずに侵入して来たのは鉢屋で、いつもはやたらとちょっかいを出して来たりと煩いくらいに元気なのに何やら今日は様子が違うようだ。
不思議に思い、どうかしたのかと尋ねるが返事はなく、ただただぎゅっと抱き付いてくるだけで返事は返って来ない。
同室の雷蔵と喧嘩でもしたのかと思い、抱き付いてくる鉢屋をそのままにして書物に目を戻し読者を再開した。

時間が立つに連れて、背中にへばりついていた鉢屋はずるずると徐々に下に降りて行き今は腰辺りにへばりついている。
時折、雷蔵に似せて作った鉢屋のふわふわとした髪を撫でながら様子を伺うが離れる気配は全くないので、俺はへばり付いたままの鉢屋をそのままにして、残り少ない頁を読む事に専念した。

書物を読み終えたのは日が沈む頃で、ずっと朝から同じ恰好で読んでいたので所々傷む体を伸びをして解した。
そしてふと思えば、読書に専念し過ぎて忘れていたが、朝に朝食を取ってから何も食べていない事に気が付いた。

「はちや〜、お腹空いたから一緒に食堂行かないか?」

鉢屋からの返事は無し、どうしたものかと困った俺は、鉢屋の頭を撫でながら極力優しげな声でもう一度今日は何でそんなに落ち込んでいるのかを尋ねてみた。
すると鉢屋は、ぎゅっともう一度抱き付いて来てポツリと話し始めた。

「勘右衛門がまた居なくなる夢を見た…」

「えっ?」

雷蔵と喧嘩でもしたのだろうと思っていた俺は、まさかあの鉢屋三郎からそんな言葉が出て来るとは思わず心底驚いたと同時に、俺が居なくなる夢を見た事でここまで不安がって落ち込む鉢屋が少し可笑しくて、少し微笑ましく思えた。

「どこにも行かないよ…」

そう呟きながら、また鉢屋の髪を優しく撫でた。





(今度また急に消えたりしたら
許さないからな…)
(分かってるよ…
鉢屋は寂しがりやだな〜)
(煩い…)




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