池袋に来ていた俺の存在を察知してやって来たシズちゃんは、いつもと違って落ち着いていた。そんなシズちゃんに驚く俺に、静かな声で「話がある」と言ったシズちゃんを見て、ああ、と思った。
いつか、言われるだろうと思っていた。
今のシズちゃんには大事な人がたくさんいる。俺の存在にイラついて、その人たちに暴力を振るうことなどしたくないだろう。だから、いつか言われるだろうと思っていた。もう、関わらないようにしないか、とか、そんな言葉。シズちゃんが嫌いな折原臨也にとってなら、メリットだってある。そしてその言葉は、俺がいらなくなった合図だ。
言われたら、受け入れるつもりだった。覚悟はしていた。だから、驚きはしなかった。ただ少しだけ、ほんの少し、…目の奥が、熱くなっただけ。
頷いて、歩き出すシズちゃんに付いていくと、シズちゃんの家に連れてこられた。これから縁を切ろうという人間を、それ以前に俺を、自分の家に連れてくるなんて、と思ったけれど、まあ最後だし、一応期間だけなら高校時代からの付き合いな訳だし、これ以後もう完全に俺と関わることのないようにじっくり話をしたいのかもしれない。シズちゃんにはじっくり話ができる場所というのが自宅しか思いつかなかった、ということも充分あり得る。
そんなことを考えながらおとなしくシズちゃんの家に足を踏み入れると、シズちゃんは俺が座る暇もなく、そして自身も立ったままで、振り向いて俺と向き合うと、口を開いた。
「単刀直入に言う」
真剣な顔。初めて見るシズちゃんの表情に、またひとつシズちゃんのことを知れた気になってほんの少し嬉しくなった。もう、会うこともなくなってしまうのだろうと分かっているのに。
シズちゃんの真剣な表情は、元がいいだけあってすごくかっこよかったけど、この表情はシズちゃんの周りにいる人間を傷付けないように俺を排除する為に浮かべた表情なのだと思うと胸が痛んだ。
今まで俺の名を(たとえそれが怒りや憎悪を込めたものだとしても、)呼んでいた唇が、怒らずに真剣に紡ぐ拒絶の言葉を受け止めようと覚悟を決めて、やってくる痛みを受け流して普段通り笑えるようにと構えた時だった。
「俺は手前のことが好きだ」
「…、…………は?」
想像していたのとは全く違う言葉が鼓膜を震わせ脳へと伝わってきて、思わず間抜けな声が出た。
今なんて言ったんだコイツ、と脳内でシズちゃんの言葉をリピートさせ、一つ一つの単語を解読していく。
俺は手前のことがすきだ。
俺、イコールシズちゃん。
手前、イコール俺。
すき、イコール、好き?
つまり、シズちゃんは俺のことが好き。
「…はあ!?な、ば、っ…な、何!?今、なんて、」
「……だからな」
シズちゃんは、照れくさそうに、困ったように、仕方ねえなとでも言いたげに、ともかく見たことのない顔で頭を掻いて、
「臨也、」
じっと俺の目を見て、
「好きだ」
もう一度、同じことを口にした。


そうして今につながる訳だが、ほらね、シズちゃんどっか狂ってるだろ?いくらなんでも好きだなんてそんな、
「…冗談きついよ、シズちゃん」
混乱する頭で、どうにか笑みをつくり(多分ひきつってるけど)それだけをなんとか口にすると、シズちゃんは「あー…」と意味のない声を出して、「まあ、そうなるよな…」なんて珍しく俺の言葉に素直に反応してくる。
「確かに今までの俺と手前の関係とか、そういうの考えれば、…いや、考えなくても、マジだとは思えねえだろうけどな」
シズちゃんの様子を見ていれば、わかる。これが冗談でないことくらい。シズちゃんが大真面目にこんなことを言っていることくらい、全部聞かなくたって、わかる。
分かるけど、分かったけど、信じられる訳がない。素直に喜べる訳がない。シズちゃんが俺のことを好きだなんて、そんなこと何かの間違いに違いないのだ。だってシズちゃんが俺を嫌いなのは絶対に変わらない事実で、俺の思考も計画も、全てシズちゃんが俺を嫌いであるということを大前提として動いているのだ。それが覆されるなんてありえないことで、あってはいけないことで、仮にあったとしたってそれは何かの間違いに決まっているのだ。絶対、絶対に、ありえない、ことで、
「…けどな、俺は、」
「っ、ごめん!」
シズちゃんの言葉をそれ以上聞くことに耐えられなくなって、玄関から飛び出す。真剣に話してくれているのが分かっていたからか、俺にしては珍しく謝罪の言葉が飛び出した。無意識だったけど、それを気にする余裕もなく、俺は全速力で駆けだした。
色々ぐちゃぐちゃすぎていっぱいいっぱいで、何も考えられなかった。


***


あの後どうやって新宿に戻ってきたのかは分からないが、気づいたら夜で、俺はベッドでコートを着たままばったりと倒れ込んだ姿勢で眠っていた。ぼんやりする頭で、新宿に帰ってくる前のことを思い出す。
…いったい、どこで間違ったんだろうか。俺の計画では、俺は最後までシズちゃんに嫌われているはずだった。ましてや、恋愛感情込みの好意を向けられる予定などなかったのだ。予定がなかったどころか、予想すらしてなかった。可能性を考えたことすらなかった。俺がシズちゃんに嫌われているというのは、俺にとってその位当たり前のことだったのだ。

「…とりあえず、仕事しよう」

呟いて、実行に移そうと起きあがってはみたが、仕事をするというより、現実逃避をしようとしている感覚は否めなかった。






しばらく仕事の為にパソコンと向かい合っていたが、ふと気づいた。別に悩む必要はないのではなかろうか。
シズちゃんが俺を好きだなんて言い出してしまったのは予想外にも程があるが、計画とは基本的にうまくいかないものだ。特に人間が関われば、予想外の展開などどこにでも転がっている。そんな人間を俺は愛している訳だけどね。そしてシズちゃんは人間ではないが、まあそこは置いておく。ともかく、計画に差異が生じているならば、いつものように軌道修正すればいいことだ。
シズちゃんは自分が俺のことを好きだと思っているようだが、それだってどうだか分からない。もしかしたらただの勘違い、思いこみかもしれない。吊り橋効果なんてものがあるが、俺を追いかけ回しているうちにどっかの回路がぶっ壊れていたとしてもなんら不思議はない。なにせあんだけ血管ぶちぶち言わせてるんだからね。それに、仮にシズちゃんが俺のことを本気で好きだったとしても、これはシズちゃんにはちょっと申し訳ないが、俺のことなど好きではないと思いこんでもらうほかない。自分で言うのもなんだか虚しいものがあるが、俺といてもシズちゃんは幸せになれないだろう。シズちゃんの気持ちを踏みにじるようだが、これも俺の『シズちゃんに幸せになってもらおう計画』の為だ。計画の為に、シズちゃんの純情は踏みにじらせてもらう。あくまで計画の為であって、シズちゃんの為ではない。こんな身勝手な俺の計画を、シズちゃんの為だなんて正当化して恩を着せるつもりなどない。シズちゃんには、俺の勝手で存分に幸せになってもらって、勝手なことしやがってと吐き捨ててもらう位でいいのだ。その頃にはきっと、俺の感情も綺麗に消化され、シズちゃんの言葉を普段の笑顔と憎まれ口で流してしまえるだろうから。
話が逸れたが、ともかく軌道修正が必要だ。シズちゃんが、俺のことなど嫌いだったのだと再び認識できるような筋書きを考える。普段なら数秒もかからずに次々と浮かんでくるはずのそれらは、今はまったくこれっぽっちも浮かぶ気配もなかった。心の奥底で、嫌われたくないとでも思っているのだろうか、俺は。馬鹿らしい。自分に向かって嘲るように呟いたが、俺の思考回路は相変わらず働かないままだった。
気晴らしに出かけようと歩きだした足が池袋の方へと向かうことには、気づかない振りをした。





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