※12000ヒットキリリク







シズちゃんが忘れ物をしていった。いつも首にある蝶ネクタイだ。
昨日俺のマンションを訪れていたシズちゃんが、何らかの拍子に落としたか、あるいは外したのを忘れていったのだろうと思う。帰り際まで、首をみることのできないシズちゃんはともかく、俺すらも気づかなかったのは…、正直、シズちゃんと居るときは俺にそんな余裕は存在しないので、大目に見てほしい。
そういえば、少し前もシズちゃんは同じように蝶ネクタイを忘れていったな、と思う。

あの一件から、俺とシズちゃんの仲はほんの少しずつ変わっていった。シズちゃんは俺の家を時々訪ねては、飲んだり食べたりして、ほんのちょっと喋って帰ったり、俺もそれを受け入れたり。池袋や外で会ったときは前までと変わらなかったが、室内で二人きりになった時の態度は以前とは全く違った。
そして、そんな生活を続けている内に、俺は完全に自分の気持ちを自覚してしまった。

俺はシズちゃんが、好き、なのだ。
本当に困ったことに、どうしようもなく、シズちゃんが好きなのだ。

シズちゃんは多分、俺のことは嫌いなんだと思う。最近は俺のマンションを訪れてくれるし、前よりはマシだと思うけど、それでも池袋で会ったときの態度を見て好かれてるかもなんて風には思えない。
男同士だし、なにより俺とシズちゃんだし。不毛な恋としか言いようがない。けど、それでも、自覚してしまっては戻れなかった。
自覚しなければよかった、と思う。そうすれば、俺はこの感情に気づくことなどなかったし、二人きりで部屋に居るときのシズちゃんのおそらく気まぐれであろう優しさに傷つくこともなかった。池袋でのシズちゃんと、二人で居るときのシズちゃんの違いに傷つくことも、苦しくなることも、なかったのに。

好きになったことを、後悔していないと言えば嘘になる。けれど、それでも、シズちゃんが普段身につけている蝶ネクタイを視界に入れれば高鳴る胸は、俺の感情に正直だった。



***



「おい、静雄?大丈夫か?」

トムさんに声をかけられ、はっと我に返る。仕事中だというのにぼんやりしてしまった。

「すみません、大丈夫です」
「そうか?具合悪いんなら無理しなくていいぞ」
「いえ、具合悪ィ訳じゃ…、…ちょっとぼんやりしてました、すいません」
「いや、大丈夫だ。具合悪いんじゃねえんならいいんだ」

そう言って笑うトムさんの懐の深さに感謝しつつ、俺はぼんやりしていた時に思い浮かんでいた…、前に臨也のマンションに蝶ネクタイを忘れていったときに、俺の蝶ネクタイを見つめていた臨也の表情を思い出していた。

俺が、臨也の事務所で会うときだけ臨也にキレなくなってからしばらく経つ。しかし、残念ながら俺の忍耐力が高くなった訳ではなく、臨也が外と違うからキレずにいられるのだ。
臨也は、事務所内で会った時だけ、柔らかく笑む。池袋で見たときのムカつく笑い方ではなく、嬉しそうにふわりと笑う。おちょくるような言葉もあまり言わないし、俺を苛立たせる要素が極端に少なくなるのだ。
それは、俺が臨也のマンションへ蝶ネクタイを取りに行き、その後ぎこちない会話をしながらコーヒーを飲んでからずっとだった。

俺は、臨也が好きだ。
しっかりと自覚したのはつい最近だが、おそらくこの感情はそれよりもずっと前から俺の中にあったのだろうと思う。

そして俺は、臨也の感情を計りかねている。

池袋で会えば今までと全く変わらないムカつく『折原臨也』の顔を見せるのに、かと思えば事務所を訪れると柔らかく笑って飲み物を出してきたりする。時折気まぐれで作ったという料理や菓子なんかも出してきては、俺がそれを食べている様子を恐る恐る観察していたりもするのだ。臨也の器用さは料理にも発揮されているらしく、臨也の作るものは美味い。それを素直に言葉にすると、安堵したようにほっと息をつき、それはよかった、と笑う。意図せずに至近距離へと近づいたときには、白い肌を真っ赤に染めて挙動不審になりながら、慌てて距離を取ったり。
思い返せば、そんな行動を取る臨也の姿は数え切れないほど記憶の中に存在した。そう、まるで、片思いの相手といる時の初心な女のような。
しかしそれはやはり臨也で、池袋で会えば以前と変わらない。

初々しい女のような態度を見せるのに、臨也は好かれていると自惚れるのにはあまりに変わらなすぎた。
だからこそ、臨也に惚れてしまった俺は、臨也の感情を計りかねては、普段使わない頭を使って柄にもなく悩んだりしてしまっている。

考えて、悩んで、悶々としていた時に思い出したのは、いつかの臨也だった。俺の蝶ネクタイを見つめて頬を染めていた、あの時の。
気づいたときには、蝶ネクタイを臨也の事務所へと忘れてきていた。いや、忘れたのではなく、それが俺の首にないのを知っていながらもそのままマンションを出た。
特に反応を期待している訳ではない。ただ、なんとなく、あのときの臨也を再び見てみたかった、のかもしれない。

「おーい、静雄?もう行くぞー」
「あ、ハイ。今行きます」

トムさんの声に、意識を現実へと引き戻す。
今日の仕事が終わったら、蝶ネクタイを取りに行くことを口実に、臨也の元へ行こうと思った。



***


結局、この間の二の舞だった。まったく仕事が手に着かず、波江さんには嫌みを言われる前に帰ってもらった。
手の上でシズちゃんの忘れ物を弄びながら、時間を確認する。もう夜だ。昼前からついさっきまでうっかり寝こけて(そういえば、昨日徹夜だった)、眠気を覚ましてついでにさっぱりしようとシャワーを浴びてきたところなのだが、今日は一日がやけに早い気がする。…いや、寝てたからだけどさ。

シャワーを浴びて覚醒した頭も、今手の上にあるシズちゃんの忘れ物を見ているだけでシズちゃんに支配されていく。
濡れた髪を乾かさなければいけないのに、そんなことをする気力も起きない。気力のすべてが、胸の内の厄介な感情に吸い取られていくようだった。ぽたりぽたりと肩に掛けたタオルの上に水滴が落ちていくのがわかる。首筋を伝う滴は冷たく、けれど寒さなど感じないほどに、身体が火照っていた。
シズちゃんのことを考えるだけで、こんなにもあつい。自分自身にすら言い訳できないほどに、俺は、シズちゃんが好きだ。

俺が出した飲み物や食べ物を口にしてくれることに喜びを感じるし、俺が作ったものをおいしいと言ってくれれば安堵するし嬉しいと思う。急に距離を縮められれば驚く以上に恥ずかしくてたまらなくなるし、指先が触れただけで自分でもどん引く位心拍数があがる。
本当に、初々しい女子中学生のような反応ばかりをしてしまう。自分でもどん引くくらい、ありえない。ありえない、のに、自分じゃどうしようもないのだ。

好きだ、と思う。本当に、どうしようもないくらい。

普段抑え込んで蓋をして忘れようとしているものが、あふれてくる気がした。感情を締めるねじが、ゆるんでいる、ような。


すき。
何度も何度も心の中でつぶやいた言葉をもう一度心の中でつぶやいた時、携帯が震えた。新着メール一件。その差出人はシズちゃんで、本文にはなんとも簡潔に「今仕事が終わった。忘れ物取りに行く」とだけ書かれていた。こちらも簡潔に「わかった」とだけ返す。

緩んだねじを締めなおせないことには、気づけなかった。


***


臨也のマンションを訪れたが、普段「いらっしゃい」、と笑顔で迎えてくる臨也は扉の先には居なかった。連絡もしてあるし、家にいるのは確実なのだが、もしかして寝てしまったのか、と思いながら部屋の中を見回す。
机の上に乗っているのは俺の蝶ネクタイだ。回転椅子は机の前から離れ、不自然な状態で放置されており、おそらく臨也が座っていたのであろうということは見てすぐにわかった。

「…おい、なにやってんだ」

少し探すと、臨也はすぐに見つかった。キッチンの隅で丸くなっている。声をかけると、びくりと大袈裟なまでに肩を震わせた、が、こちらを見上げることはせず、むしろ腕に顔を埋めて隠してしまった。

「…おい、臨也」
「……」

声をかけても、返事すらない。イライラして、強制的に視線をこちらに向かせようと右手で臨也の腕をつかみ、左手で顎をすくうようにして上向かせた。

「やっ…、ちょ、!」
「手前、無視してんじゃ、」

目が合う。
臨也の顔は赤く、目は潤んでいた。焦りの表情を浮かべた臨也が、静雄と目を合わせると、その顔は更に真っ赤に染まり、静雄を視界から追い出すように目を伏せた。

あ、やべえ。

そう思ったときには、既に臨也の唇に自分のそれを押しつけていた。
臨也の薄い唇の感触を感じながら、意外とやわらかいな、なんて思う。


数秒してから離れると、臨也は赤い顔のままきょとりと俺を見つめていた。今なにをされたのかよく分かっていないような顔で、そっと自分の唇をなぞり、そして、

「…っは!!?え、あ、ちょ、し…ず、シズちゃ、ぁ、今っえ!?」

すべてを理解したらしい一瞬の後、これ以上ないほどに赤く染まった顔を動揺と混乱と、それから少しだけ(もしかしたら俺がいい方に解釈しているだけかもしれないが)嬉しそうな色に染めて、口元を押さえていた。
なんつーか、これは、もう悩む間もなく、

「なあ臨也」
「な、に?」
「俺のこと好きだよな?」
「は!?」

驚きに目を見開く臨也を無視して、おそらく臨也に更なる衝撃を与えるであろう言葉を続ける。

「俺は手前のこと好きなんだけどよお、」
「…、…え、」
「手前も俺のこと、好きだろ?」

頭が回っていないらしい臨也に、答えを促すようになあ、と声をかける。
ゆっくりと臨也の口が開かれ、その唇からこぼれ落ちるようにして紡がれた言葉を聞いて、思わず口元が歪むのが分かった。




視線の先には
(俺だけでいい)
(俺以外はいらないだろ)



===
内容的に残念とかなんかすごく微妙な感じですみませんとかいろいろありますが、とりあえず、
遅れてすみませんでした。
遅筆にもほどがあるだろって話です。
本当に申し訳ない…、こんなのでよければ…もらってやってください。
なんか趣味全開で申し訳ないです。
キリリクありがとうございました!!

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