※12000ヒットキリリク
※両片思いくっついてない静臨





今日は朝から最悪の気分だ。最悪の一日になるに違いない。
俺は荒れた部屋を見ながら、徹夜明けで些かぼんやりした頭でそう思った。

うっかり人間観察に熱中しすぎて徹夜した俺が朝食をとり終えてすぐ、玄関の扉を蹴破る音がした。音としてはただの破壊音だが、なぜ俺がそれは玄関の扉を蹴破る音だとわかったかというと、今までにも何度かあったからだ。
シズちゃんが殴り込みにきたことが。

「いーざーやーくーん…ちょっと殴らせろ」
「やあおはようシズちゃん…朝っぱらから元気だね」

案の定シズちゃんが入ってきて、とても人間には見えないまさに鬼のような形相でこちらに寄ってきた。そのあとはまあ、想像通り。


大事なものは置いていなかったこと、家具は投げられなかったことが救いだろうか。片づけをしていくつかのものを買い直せば問題なさそうだ。
シズちゃんは「そろそろ仕事の時間なんじゃないの」と言ったら時計をみた後帰っていった。大人しく帰ってくれてよかった。残念ながら、俺には自分の部屋を破壊する趣味はない。

片づけはあと1時間位で出勤してくる波江に任せるとして、俺はとりあえず壊れていないものをごみの中から拾い集めることにした。
ソファーのそばでコーヒーを飲んでいたマグカップが粉々になっているのを見て、少しがっかりする。ちょっと気に入っていたのに。まあ買い直せばいいだけの話だが。

「…あれ」

マグカップの破片のそばに、赤を見つけた。ばさばさと床に散らばった資料の下敷きになっているそれを引っ張り出すと、それはシズちゃんの蝶ネクタイだった。

どうしてこんなところに。
暴れ回っているうちに落ちたんだろうか。


「……馬鹿だな、シズちゃん」

蝶ネクタイを手の中で弄びながら、ここにはいない蝶ネクタイの持ち主に向かって小さく呟いてみる。
シズちゃんは気づくだろうか、ここにこれを落としていったことに。もう一度乗り込まれる前に返すべきか、それとも捨てるか、あるいはこの部屋に置いておくか。

どうすれば一番被害が少ないだろうか。そう考えながら、じっと手の中の赤色を見つめる。持ち主を連想してしまうのは、仕方のないことだと思う。そう、何故だか脈拍がはやまるのも仕方のない、




「…仕方ない訳ないだろ…っ」

自分の思考につっこみを入れて、思考を振り払うように軽く頭を振る。しかし、当然ながら早くなった脈拍や常より熱く感じる頬までは平常に戻らず、俺はシズちゃんの暴れ回った形跡が残るソファーにうなだれた。


ああもう、なんなのこれ。

思考はそこでストップさせた。頭の隅で、気づいてはいけない、意識を向けてはいけないと警鐘が鳴らされていた。シズちゃん関連の事でこんな風に第六感が働いたときはそれに従う方がいい。長年シズちゃんと喧嘩してきて学んだことだ。

しかし、何故だか冷静ではいられない頭は自然とシズちゃんのことを考えてしまう。シズちゃんが荒らしていった部屋にいることもその一因なのだろう。
考えそうになっては意識を逸らすということを繰り返していたら、呆れたような声が聞こえた。

「…なに、これ」

そちらに目を向ければ、波江が眉を寄せて部屋の惨状を見つめていた。波江がいれば自分の意識の誘導も楽そうだ。人と会話するだけでだいぶ変わる。

「やあ、おはよう波江」
「ええ。それでこれは何なのかしら」
「シズちゃんが暴れ回っていったんだよ。片づけ頼むね」
「…やっぱり私なのね」

嫌そうな顔をしながらも、波江は自分の荷物を比較的荒れていない場所に置くと、どこからかゴミ袋を持ってきてさっさとゴミと化したものたちを片づけ始めた。俺の秘書は、本当に優秀だ。



***


蝶ネクタイをなくした事に気づいたのは、ノミ蟲のマンションを出てトムさんと合流した時だった。

「あれ?静雄、蝶ネクタイどうしたんだ?」
「え?…あれ、ないっすね」

トムさんに指摘されて初めてそこにあるべきものがないと気付いた。首もとをさぐっても、いつもの感触がない。幽にもらった大切なものだというのに。

「忘れたか?」
「いえ、忘れては…」

今朝の記憶をたどるが、確かに家を出るときにはつけていた。どこで落としたのか、そう考えて、そういえばノミ蟲のマンションで暴れてきたばかりだということに気づいた。

「…心当たりありました。落としたのかもしれないです」
「そうか…、取りに行くか?」
「いえ、帰りに寄ります」

別に正装というわけでもないし、ないならないで困らない。なくすのは困るが、ノミ蟲のマンションにあるだろう。仮にノミ蟲がどうにかしていたらノミ蟲を殺して幽に謝ればいい。仕事を放り出すよりはそっちの方がマシだと思った。

俺の言葉を聞いたトムさんが「じゃあいくか」と声をかけ、俺はその後に続いた。今日の仕事も、なるべく暴力を使わずに終わるといい。



***



「………はあ」

困った。本当、困った。
なにが困ったって、仕事が手につかない。おかげで波江さんの視線は冷たいし落ち着かないし、穏やかな時間は遠のくばかりだ。
どれもこれも、原因は今朝シズちゃんが忘れていった蝶ネクタイにある。結局返しにも行かず処分もせず、保留と言うことで俺の事務所に置きっぱなしになっている蝶ネクタイを見る度、心臓の落ち着きがなくなり思考はばらばらになっていく。しかも、ばらばらになった思考の行く先は蝶ネクタイの持ち主であるシズちゃんだ。

そんな風になるのなら返しに行くか処分するか、最悪窓からポイでもいいのだが、それをする気にもなれない。

本当に、困った。
もう一度小さくため息をついて、PCの画面に目をやる。…はっきり言って、仕事する気が湧かない。やる気がでない。

「もう今日はいいや、やる気でないし」

手にしていた資料をデスクの上に放ると、波江さんがそれを拾い上げてしまいながら呆れたような目をこちらに向けた。

「そうね。その様子では仕事をすることも無意味だわ」
「はは、手厳しいね波江さん」

けらけら笑う俺から目をそらした波江さんが自分の荷物を持つ。

「仕事が終わりなら帰らせてもらうわ」
「そう。じゃあ俺は寝るとしようかな…徹夜明けでキツイし」
「自業自得よ」
「あはは。じゃあまた明日、よろしくね」
「分かってるわ」

振り向きもせずにさっさと出ていった波江さんを見送る。まあきっと弟の為の時間を過ごすだろう。ブラコンだし。

「…さて、俺は昼寝でもしようかな」

独り言を呟いて、ソファーに横になる。ベッドほどじゃないけど、そこそこに柔らかいソファーは寝心地もそんなに悪くはない。
寝不足のせいか、それとも落ち着けなかった一日に精神的に疲れていたせいか。眠気はすぐにやってきて、微睡みが深い眠りに変わるのもすぐの事だった。




***





仕事が早く終わり、トムさんと別れて臨也のマンションの前に来た。おそらく今朝暴れ回った際に落としたのであろう蝶ネクタイを探しに。
それにしても、いつ見ても無駄にいいマンションに住んでいる。ノミ蟲のくせに。

むかつくから二三発殴ろう、と決意した時、女がマンションから出てきた。

「あら」

俺を見るなり声を上げる。しかし、俺の方には見覚えがなかった。
誰だ?と眉を寄せると、女が少しだけ寄ってきた。

「折原臨也に用かしら」
「あ?」

臨也の名前を口にした事にイラッとする。なんだコイツ、臨也の信者か?臨也には高校の時から妙な信者が居た。はっきり言って気持ち悪かったが、しかし目の前の女からはそんな雰囲気はない。

「アイツなら、今は中でぐーすか寝てるんじゃないかしら。少なくとも1発は確実に殴れるわよ」
「…なんであんたがんなこと知ってんだ?」

なぜだか妙にイライラした俺がそう言うと、女は数秒黙り込んだ。そして俺をじっと見て、「意外ね」と呟く。

「は?」
「私は折原臨也の秘書の矢霧よ。それ以上でも以下でもないし、アイツとは仕事じゃなきゃ関わりたくないわ」
「…そうか」

どこかでくすぶっていたイライラがしゅうと消えていくのを感じて不思議に思うが、女…矢霧?が呟いた言葉に意識を持っていかれ、考えることはなかった。

「…絶対に片思いだと思ったのに」
「はあ?」
「なんでもないわ。行くなら入れてあげてもいいわよ。面倒な問題を起こされるよりマシだし、…でも部屋は荒らさないで頂戴。片づけるの私なんだから」
「あ、?ああ」
「それで、行くの?」

反射的に頷いていた。俺は臨也が殴りたいだけで、他の奴にまで危害を加えるつもりはない。壊したら困る奴らもいるだろうし、あっさり入れるならそれにのっかったってかまわないだろう。

頷いた俺を見て、矢霧とかいう女が踵を返したので、俺はそれに着いていくことにした。



***



うっすら目を開けると、見慣れた天井が視界に入ってきた。ああ、そういえばソファーで昼寝したんだっけ。
中途半端な時間に起きてしまったのか、いつも以上にぽやぽやする頭で考える。
机の上で携帯がヴーヴーとバイブ音を響かせていて、その音のせいで起きたようだった。
のそのそ起きあがって、緩慢な動きで携帯を手に取る。メールだったが、大したことのない情報だった。これのせいで起こされたのかと思うと心地の良い眠りが恋しくなる。もう一度寝てしまおうかと考えた時、不意に携帯のそばに置きっぱなしになっていた赤い蝶ネクタイが目に入った。


あ、そういえばシズちゃんが忘れていったままなんだっけ。

蝶ネクタイをぼんやり見つめていると、脳裏に浮かぶのはその蝶ネクタイのあるべき場所であるバーテン服と、それを身に纏う金髪の天敵。
…天敵、のはずなのに。

じわじわと熱くなる頬はなんなんだろう。早くなる鼓動はなんなんだろう。
気づきたくないのに。眠気でぼんやりした頭は、気づいてはいけないと言う理性の警告も聞きやしない。

でも本当は、ずっと昔から知ってるんだ。それこそ、俺が学ランを着て、シズちゃんがブレザーを着ていた頃から。

俺は、シズちゃんが…

「…おい」
「ひぁっ!!」

あっやばい今変な声出た。そう思うと同時に眠気が飛んだ。
眠気が飛ぶと、正常な思考が帰ってくる。

あれ今の誰の声?そう思って振り向いた先には。

「………しず、ちゃん…?」
「………」

なぜだか、真っ赤になったシズちゃんが居た。





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両片思い編前編。なんか書こうとしてたのと違う奴になっちゃったので、両思い編に続きます。
その前に後編ですが。長さに差がありすぎてすみません…。
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