「……あー」
がくりと先生が俺の肩に倒れ込む。
「くそ……」
「……先生?」
声が震えた。みっともない。掠れなかっただけよかったと思うべきだろうか。
「やっぱダメだな。お前のことになると」
先生の体温が離れる。かちこちに固まった体でそうっと先生の顔を見ると、目があった。その顔が真剣で、目がそらせない。

「臨也」
「は……は、い?」
「俺のこと、好きだよな」
「は?」
突拍子もない先生の台詞に声が裏返る。この人は何を言ってるんだろう。俺が先生のことを好き?その答えは確かにYESだが、しかし先生はそれを知らないはずだ。一度それを口にしたときだって、先生は冗談だと思っていたはずだし、俺だってそれを肯定した。なのに、どうして。
「……な、なんで」
うまく言葉が出てこなくてそれだけを言うと、先生は俺の言いたいことが分かっているかのように言う。
「いくらお前が隠したって、分かるに決まってんだろ」
「……先生、知ってたの?俺が……、」
先生を好きだってこと。
声にできずに言葉に詰まる俺に、先生が目を細めて笑った。
「お前がどんなに賢くても、俺は大人で教師で、お前は子供で生徒なんだよ。臨也」

何を言えばいいのか分からない。
俺は先生が好きで、でも知られたくなくて、だけど知られていて。先生は俺の気持ちをどう思ったんだろうか。俺は男子生徒で、先生も男で教師で、どう考えたって普通とははずれている。俺は普通からはずれることなんかなんとも思わないけれど、先生は違う。先生は家庭的な女性と結婚して、穏やかな家庭を築きたいと思っているはずだ。さっき抱きしめられたのはきっと様子がおかしい生徒への慰めとかそんな理由だろう。先生は間違っても男子生徒に手を出すことなんか考えてはくれないだろうし、男子生徒を恋愛対象に入れることすらしてくれないのだろう。だけど、きっと真正面から向き合って、真正面からちゃんと振ってくれる。それだけが救いかもしれない。

「臨也」
先生の声がやたらと頭に響く。何を言われるのか想像もつかない。けれど俺にできるのは、おとなしく先生の言葉を受け止めることだけだ。
覚悟を決めて唇を噛む俺の耳に、先生の言葉が静かに入り込む。

「ごめんな、」
ああやっぱり、と思った。先生が俺の気持ちに応えてくれるはずはない。だからこの後には、お前の気持ちには応えられない、と続くのだろう。聞きたくないとも思うけど、ちゃんと先生の声で聞いて、きっぱり諦めたいとも思う。
だけど、先生の言葉は俺の予想とは違っていた。
「諦めてやれなくて」
「……?」
どういう意味だと問いかける前に、俺の唇は塞がれた。目の前には先生が居て……居るというか、先生の顔があって、つまりこれは、……どういう?
「……分かってたんだけどな。お前のためにも俺のためにも、諦めるのがいいって」
状況を把握できないままの俺をそのままに、先生が独り言のように呟く。
「けど、お前は明らかに俺のこと意識してるし好きだとか言うし、諦めろって方が無理だろ。それでも卒業までは待って、それまでお前の気持ちが変わらなかったら言おうと思ってたんだが……」
先生が珍しく饒舌だ、と頭の隅で思う。普段口数の少ない先生がこんな風に饒舌になることもあるのだと知って喜ぶ自分が居る。現状も理解できないほど混乱しているくせに、我ながら随分余裕だ。それとも、これはただの現実逃避なのだろうか。

「臨也」
「は、はい……」

先生の指先が頬に触れる。ぴくりと跳ねた肩に気付いているのかいないのか、先生の指はそのまま頬を滑って髪に触れた。

「好きだ」
「……、」

息が詰まる。苦しい。
理解できない。先生は、何を言っているんだろう。いや、分かってる。分かってるけど、信じられない。だって先生は俺のことなんか見ない。家庭的な女の人と結婚して、家庭を作って、幸せになる人だ。手の届かない人なはずだ。だから、俺のことを好きだなんて言うはず、ないのに。
「信じられないって顔だな」
「……だ、って」
「まあ、仕方ないとは思うけどな。けど、お前が誰かの恋人になるのが嫌でつい手を出しちまうくらいには本気だよ」
先生の手が俺の唇に触れた。
そういえば、さっき、先生は。
何をされたのか思い出して、急速に顔に熱が上る。熱い。
「……真っ赤だな、折原。どうした?」
先生が笑う。今まで臨也と呼んでいたくせに、わざとらしく俺を折原と呼んで、生徒を心配する教師のふりをして笑った。原因は自分のくせに。
先生がこんな顔をすることを、知らなかった。こんな風に笑うことを、こんな風に意地悪をすることを、知らなかった。
今までずっと先生を見てきて、だけど知らなかった顔を、今こんなにあっさりと見せてくれる。それこそが、先生が俺のことを好きだと言ったその言葉の、何よりの証明に思えた。
「……本当に、」
「ん?」
「……本当に、先生、俺のこと……好きなの?」
先生は少し驚いたような顔をしたが、それも一瞬で、すぐにまた目を細めて笑った。

「好きだよ」

じわりとまぶたの奥が熱くなった。俯いて、ごしりと目元を拭う。拭っても拭っても乾かない頬を、どうすればいいのか分からない。
ぐいぐいと乱暴に制服の袖で頬を拭う俺を、先生は黙って引き寄せた。暖かくて、余計に熱くなる。制服の袖が、水分を吸ってどんどん重くなっていく。
「せんせい、」
「ああ」
きっと俺の顔は今ぐしゃぐしゃだと思う。それが声にまであらわれて、先生を呼んだ声は聞き取りにくかった。それでも、先生は優しく返事をしてくれる。
「俺も、先生のこと、好きだよ」
ああ、知ってる、と、先生は言った。その声が柔らかすぎて、また頬が濡れていく。
そんな俺の頭を撫でて、先生が笑う。

「覚悟しろよ、臨也」



俺は意外と嫉妬深い










「お前がほかの誰かのものになるのを、大人しく見てられる訳ねえだろ」




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