※教師×生徒




放課後の教室で、ぼんやりと外を見つめる。もう5時を回っているというのに、空はまだ明るい。開いた窓からは野球部かサッカー部か、部活動をする生徒達の声が聞こえる。そよぐ風に、白いカーテンが揺れていた。
廊下側の一番端の列の、前から四番目。そこが俺の席だった。特によくも悪くもない席だけど、先生をじっと見つめていてもあまり気付かれないこの席が、俺は結構気に入っていた。
この学校に入って、もう二年と二ヶ月が経とうとしている。つまり、先生と出会ってからも、二年と二ヶ月経つということだ。先生を想いはじめてから、一体どのくらい経つのだろうか。先生を好きになったのはいつのことだったか、正確には思い出せないけれど、一昨年の冬にはもう先生のことを想って悶々としていたから、少なくとも一年以上は先生を想っていることになる。
「……二年も、経ってないんだ」
想っていた期間を数えて、呟く。長い間想い続けていたような気がしていたんだけど、それでも数えてみれば一年と数ヶ月だ。息を吐いて、天井を見上げる。電気がついていない教室は、外からの明かりが差し込んでいるとはいえ薄暗い。黒板に目をやれば、先生の後ろ姿が脳裏に浮かぶ。
黒板に文字を書く背中は広くて、背も他の先生より高いこと。字は少し癖があるけれど綺麗なこと。でも筆圧が強いせいで週に一回はチョークを折ってしまうこと。チョークを持つその指は細く見えるけれど、本当は大きいこと。教科書を読み上げる低い声は、聞いているとすごく落ち着くこと。苦いものが苦手で、甘いものが好きなこと。学校では吸っていないけど、実は喫煙者なこと。普段は校則に厳しいけど、時々こっそり見逃してくれること。俺のために、俺のことを叱ってくれること。冗談めかしてしまえば、好きだと告げても笑って受け止めてくれること。
先生について知っていることはたくさんある。数え切れないほどある。でも、知らないことはもっともっと多いということも、知っている。たとえば休みの日になにをしてるのかとか、どこに住んでるのかとか。それから、知りたい気持ちと同じくらい知りたくない気持ちがあるけど……恋人はいないのか、とか。
俺は先生について知った気になっているだけで、本当はなにも知らない。『学校での先生』は知っていても、それ以外の先生のことは、なにも知らないのだ。

だけど、好きになってしまった。
先生のことを、どうしようもなく好きになってしまった。

ただの憧れなんじゃないかと思った。思おうとした。けれど、こんなどろどろした感情が、ただの憧れな訳がない。
先生に笑いかけてほしい。俺だけを見てほしい。そばにいてほしい。いつだって会いたくて、いつだって声を聞きたい。他のひとと笑っていると胸が苦しいし、どうしてそこにいるのが俺じゃないのかと理不尽なことを思う。触れたいと思うし、触れられたいと思う。
これが、恋でなくてなんだと言うのだろう。
けど、よりによって初恋の相手が教師で男だなんて、まったく報われない。初恋は実らないものだというが、俺はそれに当てはまってしまうらしい。せめて、初恋なら初恋らしく、もっと淡い感情であってほしかった。果実のように、甘酸っぱい初恋であってほしかった。


去年の冬、冬休みに入る直前のことだったと思う。どうしても耐えきれなくなって、冗談めかして好きだと口にしたことがある。
先生、俺、先生のことすきだよ。
笑いながら、冗談のように告げた本気の言葉に、先生も笑って「知ってる」と答えた。冗談にしか出来なかった言葉は、やっぱり冗談にしかならなかった。本気の言葉にする勇気がなかったのに、先生に本気にしてほしいなんて思うのはわがままだ。分かっているけれど、何故か寂しかった。
でも、先生がそうやって冗談として受け止めてくれるからこそ、俺は冗談の振りをして気持ちを吐き出すことが出来た。冗談のように『すき』の言葉を吐き出して、俺はまたひっそり先生を想うだけに留めた。
だけど、それも限界が近いらしい。

まだ、一年も経っていない。先生を想うようになってから。
けれど、俺の中の気持ちはもう煮詰まって煮詰まって焦げ付きかけている。想うことに疲れてしまうほどに、どろりと重い感情になり果ててしまっている。
叶わない感情を抱えて、俺を見てくれない相手を想い続けるのはしんどかった。癇癪を起こして泣き喚きたくなる時さえあった。幼い子供のように泣けたらどんなにすっきりするだろうと、時々思う。この想いを胸の内に抑え込んで平然と振る舞えるほどには大人になれていないけれど、それでも八つ当たりのように泣き喚いて感情を発散させることができるほど子供でも居られなかった。中途半端だと、自分でも思う。せめてどちらか選択できればいいのに、どちらも選べないからこうやってただ感情を持て余して焦げ付かせている。

「……はー……」
体の中に溜まった黒い感情を吐き出すように、長く息を吐いた。窓の外は少しずつ暗くなっている。だらりと力を抜いて、椅子にもたれるようにした天井を見上げた。
目を閉じると、開いた窓から吹いてくる風を感じる。そろそろ帰らないとと思うのに、どうにも身体が重くて立ち上がる気になれない。
目を閉じているせいか、つい眠気がやってくる。ちょっとまずいなと思いながらも目を開けずにいると、がらりと教室の扉が開く音がした。ぱちりと目を開けて、反射的にそちらに目をやる。
「あ……」
「こら、また手前か。部活入ってねえんだから暗くなる前に帰れっていつも言ってるだろ」
「……先生」
がらりと戸を閉めて、先生が俺の方へずかずか歩いてくる。

先生――平和島静雄先生。このひとが、今までこんな風に思い悩んだことなんかなかった俺を、現在進行形で悩ませているひとだ。俺が勝手に悩んでいるだけだから、これを本人に言うときっと顔をしかめられるだろうけど。
「先生こそ、何でこんなとこにいるの?」
「戸締まりの確認だ。ったく、手前はなんでいつも無意味に居残りしてんだよ。家に帰りたくないとかか?」
先生が俺をまっすぐに見下ろす。先生の見えない位置でぎゅっと手を握りしめて、笑った。中途半端な俺にも、好きな相手にみっともないところを見せたくないと思う程度の矜持はある。
「まあ、それもあるかな。帰っても妹達の相手しなきゃいけないから、大変なんだ、俺。先生だって、一人で悩む時間が欲しいときもあるでしょ?」
「お前にも悩みとかあるんだな」
先生が笑う。
――あるよ。あるに決まってる。俺は、先生のことで、いつだって悩みっぱなしだよ。
思うけれど、口には出さない。ただ笑って、虚勢を張る。
「酷いなあ先生、俺にだって悩み事くらいあるよ」
「で、結局どうして残ってたんだ?」
「んー、先生に会いたくて」
半分本当で、半分嘘だ。ここに居たら先生が来るかもしれないなと思っていたのは確かだが、今日はただぼんやりしていたら時間が過ぎていただけで、故意に残っていた訳ではない。
「なんだ、本当に悩みでもあるのか?」
先生が、俺の隣の席の椅子に座る。わざわざ横向きに座って俺の方を向いているので、どうやら話を聞いてくれるつもりらしい。
「やだな先生、冗談だよ。あ、でもせっかくだし、少しだけ話したいな」
「……戸締まりの続きがあるから、ちょっとだけな」
「うん、ちょっとだけ」
仕事があるのに、ちょっとだけと言いながらも付き合ってくれる先生はやっぱり優しい。
予想していなかったタイミングで訪れた束の間の幸せな時間を少しでも楽しいものにすべく、俺は口を開いた。





他愛もない会話をしながら、口数は多くないながらもきちんと相づちを打ってくれる先生を見る。俺の言葉で笑ってくれる先生を見ていると、報われなくてもいいような気がしてくるのだから不思議だ。ついさっきまで、抱えているのがつらく感じられるほど重くのしかかってきていた感情なのに。
「……どうした?」
「え?」
「ぼんやりしてる」
いつの間にか、会話を途切れさせてしまっていたらしい。取り繕うように、笑って見せる。
「ううん、なんでもないよ、先生。今日の夕飯何にしようかなって思っただけ」
「そうか?ならいいんだけどよ。……つーか手前、敬語使えって何回言えば分かるんだよ」
「えー、今更だよ先生」
他愛ないやりとり。この何の意味もないような言葉のやりとりだけで、先生は俺を浮き立たせもするしどん底に沈ませもする。
良くも悪くも、俺は先生の言動に振り回されすぎる。心を預けているようなものだ。無防備に、むき出しのまま。それは俺をこの上なく幸せにするけれど、どうしようもなく不幸にもする。この状態はあまりいいとはいえない。この気持ちが報われないことを知っている以上、俺はいつか必ず酷く傷つくことになる。
「……やっぱり、何かあったんだろ?」
気付くと先生が眉を寄せて俺を見ていた。どうやらまたぼんやりしてしまっていたらしい。いくら先生でも、さすがに二回も誤魔化されてはくれないだろう。どうしようかなと考えながらも、俺は現実味を感じられないままぼんやりしていた。それでも、先生にみっともないところを見せる訳にはいかない。先生が、俺のことなんかなんとも思ってなくても。ただの生徒としか見られないと、知っていても。
「……まあ、ちょっと」
頑なに否定すれば先生は余計に心配するだろう。だから肯定して、でもたいしたことじゃないんですよと付け加えた。そんな俺に、先生は呆れたようにため息をついて額を小突いてくる。
「いたっ」
「おまえがそんな風にぼんやりするほどのことが、たいしことじゃないはずねえだろが」
先生は馬鹿力なので、軽く小突かれただけのはずなのにすごく痛かった。額をさすりながら先生を見上げると、くしゃりと頭を撫でられる。
「……まあ、言いたくないなら仕方ねえけど、何かあったら言えよ。話くらいならいつでも聞いてやるから」

じんわり涙が滲んだ。
先生がすきだ。でも先生は俺が好きじゃなくて、だけど生徒として大事にしてくれてて、先生が優しくしてくれて、優しい言葉をくれて、頭を撫でる手のひらが優しくて、だけどそれは生徒に対しての優しさで、うれしくて、でも同じくらい切なくて。
どうしようもない。なんで俺は先生のことを好きになったんだろう。想ってばっかりで報われない。先生の幸せだけを願えるほど、俺は大人にはなれない。想うだけで満足するほど、俺はきれいな人間じゃない。想った分だけ返してほしい。理不尽にそれを要求してしまう。だから俺は子供だと言われるのだろうか。だけど俺は、こんな風にしか先生のことを想えない。そんな自分が、好きにはなれない。先生のことが好きなのに、先生のことが好きな自分のことを好きになれない。先生のことを好きになればなるほど、自分が制御できなくなっていく。『折原臨也』は、こんな人間じゃなかったはずなのに。

「……じゃあ、告白の断り方考えてくれる?言い訳も尽きてきちゃったんだよねえ」
「はあ?」
先生が思い切り顔をしかめた。
「最近何故かやたらと告白が多くてさあ。先生何でだと思う?」
「知るわけねえだろ……」
脱力したと言わんばかりの先生に、小さく笑う。子供だと言われても、子供でしかなくても、大人にはなれなくても、こうして先生を誤魔化すことくらいはできる。
「ったく……。戸締まりがあるから俺はもう行くぞ。おまえも暗くなる前に帰れ」
「はーい」
がたりと音を立てて立ち上がった先生の言葉に返事をして、俺も立ち上がる。机の脇にかけていた鞄を持ち上げ、机の上に乗せた。先生が扉に向かって歩いていく背中をちらりと見やって、目線を落とす。がらり、扉が開く音がした。

折原君のことがすきなんです、と、名前も知らない女子生徒に言われた。真っ赤な顔で緊張に体を強ばらせて、俺のことが好きだと言った。何度か聞いた台詞だ。告白された回数はもう片手じゃ足りなくなっている。今まで付き合う気は起きなかった。人間観察にはいいかもしれないが、俺は先生が好きで、先生以外の誰かを相手に恋人として振る舞う気にはなれなかったから。
だけど、そろそろ潮時なのかもしれない。
俺は、先生を好きだという気持ちを忘れるべきだ。この気持ちを引きずっていても、重荷にしかならない。俺にとっても、きっと、先生にとっても。

「……付き合っちゃおうかな」

ガタンッ。
音がして、はっとする。音のした方向に目を向けると、先生が教室の扉の前にまだ立っていた。一瞬まずいと思ったが、そもそも先生からしてみれば俺が誰と付き合おうが気に留めるほどのことではないのだから、聞かれてまずいことなど何もないのだと気付いた。その事実にへこんでしまいそうになるあたり、俺はやっぱり先生のことが好きなんだろう。誰かの告白を受け入れたら、先生のことを好きな気持ちを少しでも薄れさせることができるのだろうか。
がらりと音がして、先生が扉を閉めた。今出ていくつもりで開けたばかりなはずだ。先生はまだ教室内にいるのに、何故閉めたのだろう。どうしたんですかと聞くつもりで口を開いたのだが、声にする前に先生がずかずかとこっちに歩いてきた。
「え、なに……、先生?」
「……」
返事がない。異様な雰囲気を感じて思わず一歩後ずさったが、がしりと肩を掴まれてそれ以上下がれなくなった。目線を上げると、先生と目が合う。
「……先生?」
「……」
やっぱり、返事はなかった。こんな先生を見るのは初めてだ。戸惑う。
「臨也」
どうすればいいのか分からずに言葉を探す俺は、先生の口から出た音にぽかんと口を開けた。
「……え」
名前を呼ばれた。今まで『おまえ』とか『折原』とか、そんな風にしか呼ばれたことがなかったのに。
かあっと顔に熱が集まるのが分かる。回らない頭で、この顔を先生に見られたくないと俯いた。何がなんだか分からずに困惑する俺の背中に、肩を掴んでいた手が回る。
ぐっと引き寄せられて、息が詰まった。
「……っ、」
息ができない。心臓ばかりがばくばくと動いて、頭が回らない。先生の手のひらが暖かくて、触れる部分が熱くて、吐く息が震えた。
何がどうなってるんだ?何でこんなことに?何で、どうして、何がどうなってこうなってるんだ?


「……あー」
がくりと先生が俺の肩に倒れ込む。
「くそ……」
「……先生?」
声が震えた。みっともない。掠れなかっただけよかったと思うべきだろうか。
「やっぱダメだな。お前のことになると」
先生の体温が離れる。かちこちに固まった体でそうっと先生の顔を見ると、目があった。その顔が真剣で、目がそらせない。

「臨也」
「は……は、い?」
「俺のこと、好きだよな」
「は?」
突拍子もない先生の台詞に声が裏返る。この人は何を言ってるんだろう。俺が先生のことを好き?その答えは確かにYESだが、しかし先生はそれを知らないはずだ。一度それを口にしたときだって、先生は冗談だと思っていたはずだし、俺だってそれを肯定した。なのに、どうして。
「……な、なんで」
うまく言葉が出てこなくてそれだけを言うと、先生は俺の言いたいことが分かっているかのように言う。
「いくらお前が隠したって、分かるに決まってんだろ」
「……先生、知ってたの?俺が……、」
先生を好きだってこと。
声にできずに言葉に詰まる俺に、先生が目を細めて笑った。
「お前がどんなに賢くても、俺は大人で教師で、お前は子供で生徒なんだよ。臨也」

何を言えばいいのか分からない。
俺は先生が好きで、でも知られたくなくて、だけど知られていて。先生は俺の気持ちをどう思ったんだろうか。俺は男子生徒で、先生も男で教師で、どう考えたって普通とははずれている。俺は普通からはずれることなんかなんとも思わないけれど、先生は違う。先生は家庭的な女性と結婚して、穏やかな家庭を築きたいと思っているはずだ。さっき抱きしめられたのはきっと様子がおかしい生徒への慰めとかそんな理由だろう。先生は間違っても男子生徒に手を出すことなんか考えてはくれないだろうし、男子生徒を恋愛対象に入れることすらしてくれないのだろう。だけど、きっと真正面から向き合って、真正面からちゃんと振ってくれる。それだけが救いかもしれない。

「臨也」
先生の声がやたらと頭に響く。何を言われるのか想像もつかない。けれど俺にできるのは、おとなしく先生の言葉を受け止めることだけだ。
覚悟を決めて唇を噛む俺の耳に、先生の言葉が静かに入り込む。

「ごめんな、」
ああやっぱり、と思った。先生が俺の気持ちに応えてくれるはずはない。だからこの後には、お前の気持ちには応えられない、と続くのだろう。聞きたくないとも思うけど、ちゃんと先生の声で聞いて、きっぱり諦めたいとも思う。
だけど、先生の言葉は俺の予想とは違っていた。
「諦めてやれなくて」
「……?」
どういう意味だと問いかける前に、俺の唇は塞がれた。目の前には先生が居て……居るというか、先生の顔があって、つまりこれは、……どういう?
「……分かってたんだけどな。お前のためにも俺のためにも、諦めるのがいいって」
状況を把握できないままの俺をそのままに、先生が独り言のように呟く。
「けど、お前は明らかに俺のこと意識してるし好きだとか言うし、諦めろって方が無理だろ。それでも卒業までは待って、それまでお前の気持ちが変わらなかったら言おうと思ってたんだが……」
先生が珍しく饒舌だ、と頭の隅で思う。普段口数の少ない先生がこんな風に饒舌になることもあるのだと知って喜ぶ自分が居る。現状も理解できないほど混乱しているくせに、我ながら随分余裕だ。それとも、これはただの現実逃避なのだろうか。

「臨也」
「は、はい……」

先生の指先が頬に触れる。ぴくりと跳ねた肩に気付いているのかいないのか、先生の指はそのまま頬を滑って髪に触れた。

「好きだ」
「……、」

息が詰まる。苦しい。
理解できない。先生は、何を言っているんだろう。いや、分かってる。分かってるけど、信じられない。だって先生は俺のことなんか見ない。家庭的な女の人と結婚して、家庭を作って、幸せになる人だ。手の届かない人なはずだ。だから、俺のことを好きだなんて言うはず、ないのに。
「信じられないって顔だな」
「……だ、って」
「まあ、仕方ないとは思うけどな。けど、お前が誰かの恋人になるのが嫌でつい手を出しちまうくらいには本気だよ」
先生の手が俺の唇に触れた。
そういえば、さっき、先生は。
何をされたのか思い出して、急速に顔に熱が上る。熱い。
「……真っ赤だな、折原。どうした?」
先生が笑う。今まで臨也と呼んでいたくせに、わざとらしく俺を折原と呼んで、生徒を心配する教師のふりをして笑った。原因は自分のくせに。
先生がこんな顔をすることを、知らなかった。こんな風に笑うことを、こんな風に意地悪をすることを、知らなかった。
今までずっと先生を見てきて、だけど知らなかった顔を、今こんなにあっさりと見せてくれる。それこそが、先生が俺のことを好きだと言ったその言葉の、何よりの証明に思えた。
「……本当に、」
「ん?」
「……本当に、先生、俺のこと……好きなの?」
先生は少し驚いたような顔をしたが、それも一瞬で、すぐにまた目を細めて笑った。

「好きだよ」

じわりとまぶたの奥が熱くなった。俯いて、ごしりと目元を拭う。拭っても拭っても乾かない頬を、どうすればいいのか分からない。
ぐいぐいと乱暴に制服の袖で頬を拭う俺を、先生は黙って引き寄せた。暖かくて、余計に熱くなる。制服の袖が、水分を吸ってどんどん重くなっていく。
「せんせい、」
「ああ」
きっと俺の顔は今ぐしゃぐしゃだと思う。それが声にまであらわれて、先生を呼んだ声は聞き取りにくかった。それでも、先生は優しく返事をしてくれる。
「俺も、先生のこと、好きだよ」
ああ、知ってる、と、先生は言った。その声が柔らかすぎて、また頬が濡れていく。
そんな俺の頭を撫でて、先生が笑う。

「覚悟しろよ、臨也」



俺は意外と嫉妬深い










「お前がほかの誰かのものになるのを、大人しく見てられる訳ねえだろ」




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