臨也は、黒いパジャマを着ていた。少しサイズが大きいのか、袖口からは指先しか見えず、襟元は一番上のボタンを外しているせいもあるだろうが、首筋や鎖骨が剥き出しになっている。
同室の奴が休みでよかったと、教師にあるまじきことを考えてしまう。少し緩いパジャマを着た臨也は妙に色っぽく、これは男同士でも間違いが起こりかねないと思った。惚れた欲目もあるかもしれないが、それを差し引いても、中性的な顔立ちの臨也は魅力的に見えるだろう。こんな可愛らしい姿など、他人に見せたくはない。
まだ幼さの残るあどけない顔立ちを真っ赤に紅潮させ、大きな赤い瞳を潤ませて俺を見上げる。先生、と呼ぶその声は甘い。口づければ睫を震わせて体をびくびくと跳ねさせる。それを宥めすかすように何度も柔らかく触れるだけのキスを繰り返して、少しずつ強張りの解けていく体を抱き寄せた。
可愛い。心の底からそう思う。生徒に対するものではなくて、本来なら女性に抱くような感情だ。男で、まだこどもで、教え子。そんな臨也に抱く感情ではない。それでも、どうしようもなく臨也が可愛くて、愛しい。
「せんせい、……すき……」
とろけた瞳で俺を見上げる臨也に、ゾクゾクと背筋を何かが走り抜けていく。めちゃくちゃにしたい、泣かせたい、どろどろのぐちゃぐちゃになるまで追い詰めたい。大事にしたい、優しくしたい、とろけさせてやりたい。獣じみた思考と愛おしみたい気持ちが矛盾して葛藤する。
正反対の衝動は、ひとつの感情が生み出すものだ。だから俺は、そのどちらをも含めて、臨也に囁き返す。
「ああ。俺もだよ、臨也」
とろけきった表情で笑う臨也が、どうしようもなく愛おしい。
頬を撫でると、真っ赤になっているだけあって体温は通常より高かった。頬から後頭部へと手のひらを滑らせて、そっと口づける。もぞりと身じろぐ臨也の体をさらに強く抱き寄せ、何度も触れるだけのキスを繰り返した。
いきなり舌を入れるとカチコチに固まってぴくりとも動かなくなるので、最初はこうして少しずつ慣らしていく。固まってガチガチになっている臨也も可愛いのだが、混乱して泣き出してしまうので基本的にはやらないことにしている。俺としては泣き顔も可愛らしいので好きだが、さすがにまだ学生で、こういったことに慣れていない(俺とはもう何度もしているのに、いつまでも慣れる気配がない)臨也を苛めすぎるのは大人としてどうかと思う程度の良心は持ち合わせている。
何度もキスを繰り返していると、ぎゅうと唇を引き結んでいた臨也が息苦しくなったのか薄く唇を開いた。ここぞとばかりに舌を潜りこませると、臨也がびくりと体を跳ねさせて、くぐもった声を漏らす。
「ん、んぅ……」
その声があまりにも甘くて、体の奥がざわめく。
(たまんねえなあ)
目をぎゅうっと閉じて、キスに応えようと必死にしがみついてくる臨也のうなじを撫でると、びくりと華奢な体が跳ねる。俺の一挙一動にいちいち大げさなまでに敏感な反応を示す臨也が、可愛い。
可愛くて仕方ない、いとしい子供。
「……っ、ゃ……」
パジャマの裾から手を突っ込むと、小さく声を漏らして身をよじる。滑らかな肌に直接触れると、どうしても欲情が募る。今は見えないこの肌がいかに白いか、そしていかに赤が映えるのか、俺は知っている。
背中を撫で回しながら、たどたどしく動く舌を絡めとる。本当なら、背中を撫でる手をそのまま前に持ってきて、小さな胸の飾りをいじって弄んで、恥じらいながら快楽に溺れていく様を存分に眺めたい。しかし、折角の修学旅行だ。この学校、このメンバーで行く修学旅行は、一生でこれっきりなのだ。俺が臨也を抱けば、きっと臨也は明日思うように動けないだろう。それでは臨也がかわいそうだ。こんな風にキスをしている時点で我慢はしきれていないが、まあ臨也を帰した後に一人で処理するなりなんなりして、とりあえずこれ以上は耐えようと決めていた。
「っふ、は……っ」
臨也が苦しげに息をもらしたのを合図に、唇を離す。真っ赤な顔、とろりととろけた瞳が欲を孕んで俺を見上げる。ぞくぞくする。いくら普段大人びた振る舞いをしているといえど、まだ子供だ。まだどこか幼さを残す臨也の瞳が欲情に染まるこの顔が、俺の欲をどうしようもなく刺激する。
「……せん、せい」
脱力しきった体を支えると、臨也が逆らうこともなく寄りかかってくる。可愛いなあ、と思う。あとは、泣かせたいだとか、愛しいだとか、そんなことばかり考える。臨也を目の前にすると、どうしてもそんなことしか考えられなくなる。
おそらく無意識だろうが首筋にすり寄ってくる臨也が可愛くて、ぞくぞくと這い上がってくる欲望を、自分に我慢だと言い聞かせて押さえつけた。しかし、下半身に熱が集まってしまうのは仕方ないと思う。臨也に触れているだけで欲情するというのに、甘い声を聞かされて、こんな風に愛らしくすり寄ってこられて、反応しない方がおかしい。
ぐったりと俺に寄りかかっていた臨也が、不意にびくりと体を固くした。気付いたか、と考える。少し前から反応していたそれに、こんなにも密着した状態で気付かないはずもない。
「せ、先生……」
臨也がおずおずと俺を見上げる。元々真っ赤だった頬をさらに赤く染めて、戸惑ったような恥ずかしがっているような、それでもどこか嬉しそうにも見える、そんな表情で。そんな顔で臨也が見上げるので、俺はますます理性の糸をきつくしなければいけなくなる。
「……あの、…えっと」
どう言えばいいのか分からないといった様子で視線をさまよわせる臨也の頭を撫で、そのまま肩口に押しつける。あまり情けないところは、見られたくない。
「あー、悪いな。気にすんな。いや、気になるだろうけど……、襲う気はねえし」
「……」
Yシャツの胸元を掴んだままぴくりとも動かない臨也に、やっぱり意識させてしまっただろうか、と思う。できればもう少し、性的な触れ合いはなくても、臨也を抱き締めて、キスして、頭を撫でて、そんな風に過ごしたかった。しかし、変に意識させた状態でそれをしても、きっと心の底からは楽しめないだろう。
今日はもう帰すか、と考えたとき、臨也がもぞりと動いた。Yシャツを掴んでいた手を離し、俺の胸元に手を突いて上半身を少しだけ離す。
「……せ、…先生、は」
恥ずかしげに俯いて目を伏せる臨也の瞳を、長い睫が覆い隠す。ベッドサイドのランプで照らされた睫がふるりと震えるのが、やけにはっきりと見えた。
「……先生は……」
臨也が俯いていた顔をそろそろと上げ、視線が絡む。
「先生は、……し、したく……ないの……?」
ぶつりと理性の糸が切れたような気がした。
なんてことを言いやがるんだこの馬鹿は。したくないのかだと?したいに決まっている。臨也の滑らかな肌に触れて、舐めて、噛んで、痕を残して、羞恥に身を震わせる姿が見たい。奥深くまで暴いて、揺さぶって、感じ入って泣く顔が見たい。その衝動を堪えているのは、臨也に無理をさせたくないからだ。臨也の、もしかしたらこれから先度々思い出すことになるかもしれない楽しい思い出を作れる機会をぶち壊しにしたくないからだ。
俺は臨也が好きだ。どうしようもないほどに臨也が愛しくて可愛くて、手放したくないと思う。出来ることなら、誰もいない場所に閉じこめて縛り上げて、俺のことしか考えられなくなるまで追い詰めてかわいがって愛したい。そんな狂気じみた欲望を感じるほど、臨也が好きだ。だから同時に、縛りたくないと思う。臨也はまだ学生で、こどもで、これから先いくらでも出会いがあるだろう。本来なら臨也は、俺のようなひとまわりも年の離れた男ではなく、年の近い女とこうするべきなのだ。俺の欲望を受け止めて揺さぶられる側ではなく、女に欲望をぶつけるべき側だ。学校という閉ざされたある種特殊な場所は、学生の目に妙なフィルターを植え付ける。俺自身、また教師としてさほど長く勤めている訳ではないにも関わらず、教え子に異性として意識されたような言動をとられた経験もある。もちろん女子ばかりだし、ハッキリと俺に言葉で告げてきたのも、俺が受け入れたのも臨也が初めてだ。しかしその彼女達も、大抵は卒業すればすぐに忘れ、学び舎を訪れることはない。そういうものなのだ。学校という場所と、そこに勤める教師というものは、そういう存在だ。理解している。理解しているからこそ、臨也を縛り付けることはしたくなかった。俺は臨也が好きだ。縛って閉じこめたいほど愛している。しかしだからこそ、この関係は臨也が臨也の意思で俺の側に居ようと思っている間だけだと決めていた。臨也にはまだまだ選択肢がある。それを潰したくない。そう思えるだけの理性は、この20年以上の人生で身につけていた。
だというのに、臨也はいつもそれをぶち壊しにするようなことを言う。俺が必死に押さえつけている欲望に平気で火をつけて、背中を押すようなことばかり口にする。しかもそれが本気の言葉なのが、なおさらにタチが悪かった。今は本気でも、時が経てばそうではなくなる。けれど今ばかりは本気の言葉だから、否定できない。まったくもって厄介なことだ。しかし、相手がその厄介なこども、それも男であることを知っていて、それでも好きになってしまったのだから仕方ない。欲を抑えきれず手を出したのも自分だ。いつか必ず訪れる決別がどれほどの虚無を与えるか、想像しながらも抑えきれなかった自分が悪い。
「……先生?」
黙り込んだ俺を怪訝に思ったのか、臨也が俺の顔をのぞき込む。なんというか、……もういいよな、と思った。それでも、臨也の意思を確認する。これはもはや良心などではなく、臨也がもう断れないことを知っていて、言質にする為だけに口にする問いかけだ。我ながら性格が悪いと思いつつ、それでも良心の呵責などはない。
「臨也」
「は、はい」
「俺がおまえを抱いたら、明日、寝たきりになるぞ」
「……え、っと、……は、はい…」
「それでもいいのか?明日起き上がれなくても」
臨也は真っ赤な顔で、こくりと小さくうなずいた。これに肯定することはつまり『抱いてくれ』と言うのと同じだ。それをわかっているからこその羞恥で、しかしそれでも肯定する臨也が愛おしい。
たまらなくなって、ぎゅうと抱きしめた。「ひゃっ」と耳元で小さく悲鳴が上がる。
「臨也」
わざと耳元で囁くと、臨也の体がびくんと跳ねた。耳ですら快感を覚えてしまうことは、とっくの昔から知っている。
「好きだ」
「っぁ…」
耳に吹き込むように囁いて、それだけで感じてしまう臨也の体の反応を感じとる。
「せんせい、おれも…、俺も、」
すき。だいすき。たどたどしい口調で、それでもたしかに音になった言葉に、今の臨也の顔が見たくなった。衝動のままに、臨也を抱き上げてベッドに押し倒すと、臨也が肩に掛けていたバスタオルがばさりと落ちる。小動物のように震える臨也が可愛くて触れるだけのキスを落とせば、恥ずかしそうにふにゃりと笑った。





***



ぐったりとした臨也を風呂に入れて、……風呂でも少々いたずらしてしまったのはまあ臨也がえろくて可愛いのが悪いとして、体を拭いてやる頃には既に臨也は夢の中だった。だいぶ無理をさせたので、仕方ないとは思うが。疲れきってすやすやとやすらかに眠る臨也に俺が部屋着に使おうと思っていたTシャツとジャージを着せてベッドに寝かせる。臨也を部屋に呼んだ時間が既に大分遅かったのもあって、もう早朝と呼んでもいい時間だった。
「……さて」
とりあえず、ベランダで煙草でも吸いながら、他の先生方へのいいわけを考えるとするか。




結局、臨也の寝顔を眺めているうちに起床時間になった。
臨也がいないことに気付いた誰かが騒ぐ前に、とりあえず担任に連絡をとる。
朝一番に電話をかけるのもどうかと思うが、臨也を一人置いていくのもなんとなく躊躇われた。
「……もしもし、朝早くにすんません、平和島ですけど。……ええ、折原のことで。いや、問題とかじゃ……ただ、ちょっと体調崩したみたいで。部屋が近かったんで俺のとこきたらしいんですけど、……熱はないですね。多分環境の違いで体調崩したんじゃないかと…、…ええ、今は俺の部屋でぐっすり寝てます。折原一人部屋でしたよね?部屋に帰すとなんかあったとき対応できないと思って……それで今日なんですけど、折原は……はい、そうですね。ホテルで休ませるのがいいと思います。できれば俺がついててやりたいんですけど……はい。本来なら看護師さんのとこに行かせるべきなんでしょうけど、生徒が生徒ですし……ええ。はい、分かりました。それじゃあ」
臨也が昔問題児だったこともあり、このまま俺の部屋で俺が世話をするという話であっさりとまとまった。担任も昔は臨也に相当苦労させられていたようなので、おそらく養護教諭や修学旅行ということで特別についてもらった看護の人間にその苦労を感じさせまいという心遣いもあるのだろう。とにかくこれで俺は何の問題もなく臨也の面倒を見ていられる。多少他の先生方に負担がかかるかもしれないが、元々この修学旅行には臨也が何かやらかしたときの為の保険としてついてきたようなものだ。問題はないだろう。
朝食の時間になったらホテルの従業員に頼んで軽食を作ってもらうことにして、ゆっくり臨也が目覚めるのを待とう。それまでは、臨也の寝顔を眺めていようと思う。





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