※17静雄×23臨也
※別人注意報









池袋で追いかけっこをしていたら、路地裏で追いつめられてしまった。俺を見下ろすシズちゃんを見上げて、あれシズちゃんってもうちょっと背高くなかったっけ?と言おうとしたら目眩がして、気づいたら青い空の下に居た。
ぐるりと周りを囲むフェンスや見覚えのある鉄製の扉。どうやらここは来神学園の…いや、今は来良学園か…の屋上らしい―――と、そこまで考えたところで、俺は不意にとある出来事を思い出した。
まだ俺が来神学園に通っていた頃のことだ。シズちゃんと追いかけっこをして、屋上に逃げ込んで、太陽を見上げて…23歳のシズちゃんと会った。今より背の低い俺が見上げるシズちゃんは、すごく背が高く見えたのを覚えている。ああ、だからさっきシズちゃんの身長に違和感を覚えたのか。きっと今、17歳の俺が23歳のシズちゃんに会っているんだろう。
ということは、ここには17歳のシズちゃんが居るはずだ。17歳の頃に俺がここにきたときは、シズちゃんは校庭を走り回っていた気がする。そう思ってフェンスに近づいて校庭を見下ろすが、そこには探している金髪どころか人っ子一人居なかった。授業が始まっているのかもしれない。
探検してみたい気もするが、ここから出るには校舎内を通らなくてはいけない。しかし、この格好では見つかったら面倒だ。
さてどうするかな、と考え始めたとき、背後でドアが大きな音を立てて開いた。どうやら俺は暇つぶしをする必要がなくなったようだ。
「手前いざやああああ!ここにいるのはわかって、…あ?」
「やあシズちゃん、久しぶり」
俺の格好を見て眉をひそめたシズちゃんに笑顔を浮かべ右手をあげて答えると、シズちゃんは扉をがたんと閉めながら(壊れてないあたり、この扉も頑丈だな)俺をまじまじと見つめてくる。
「…手前、制服どうしたんだよ。…つか、…なんかでかくねぇか?」
「あはは、そりゃあね。シズちゃんは縮んだねえ。それでも俺よりでかいのが腹立つけど」
成長しきった俺の身長と、成長途中のシズちゃんの身長がほぼ同じ、いやシズちゃんの方が少しでかいってどういうことだよ。本当むかつくな、シズちゃんってば。ちょいちょいと手招きをしてやると、いぶかしげな顔をしながらも素直によってきた。どうやらこの頃のシズちゃんは今よりずっと素直だったらしい。すごく新鮮な感じ。
「んで、何でそんな格好してんだよ」
「俺は君の知る折原臨也じゃないからね。君の知る俺の、6年後の姿、ってとこかな?」
「…とうとう頭沸いたかノミ蟲。新羅んとこ行けよ」
「あはは、なに心配してくれてるのシズちゃん?でもいらないよ。まあ信じられないのも無理はないけどね。でも、よーく見てごらんよ。俺だってちゃんと成長してるんだからね?」
ずい、と詰め寄って顔を近づけ、下からのぞき込むようにすると、シズちゃんはほんのりと頬を染めた。おやおや、大嫌いなはずの俺の顔をみて頬を染めるなんて、シズちゃんってば純情にもほどがあるでしょ。さすが童貞。…ああ、そういえば。
「ねぇシズちゃん」
「なんだよ…てか離れろよ」
「俺のこと好きなんだよね?」
「は!?」
シズちゃんは顔を真っ赤にして俺から離れた。その表情は驚きと羞恥と混乱が入り交じった、つまり取り乱した様子で、俺は大変気分がいい。最近は振り回されっぱなしだったしね。
「ああ、慌てなくてもいいよ。シズちゃんにはとうの昔に告白されてるし、今の俺にとってはもう今更なことだからね」
「なっ、……」
シズちゃんの顔が赤くなったり青くなったりする。忙しいなぁ。しかし楽しい。いやあ昔はこんなにかわいかったんだねシズちゃん。今ではあんなになっちゃったけど。
「…どう、なったんだよ」
「ん?」
「告白したんだろ。手前に…」
「ああ、未来の君がね。どうなったって…俺の返事?それともその後の関係のこと?」
「…どっちも」
躊躇うようにしてシズちゃんが答えるのでいじめたくなる。でも、いくら17歳でもシズちゃんはシズちゃんだ。からかいすぎて怒らせたらどうなるか分からない。もう少し遊びたいから、ここはぐっと我慢した。
「そうだなあ。君はどっちだと思う?」
「…知らねぇよ。手前のことなんて、俺が知るわけねぇだろ」
言葉だけは突き放すようなものだけど、その響きはどこか拗ねた子供を思わせるそれだった。ふいと視線を逸らしたその仕草も、ふてくされたような表情も、完璧に…拗ねている、としか形容できない。ああ、可愛いなあ!シズちゃんにこんな形容詞を使うことになろうとは、さすがの俺も想像できなかった。ちなみに言っておくと、この『可愛い』は俺の掌の上で踊ってくれる人間に向けるような『可愛い』に近い。それとはまあ少し違う、と思うけど。しかしそれに近い、上から見た『可愛い』だ。侮蔑の意を含むこともある『可愛い』。けっして、犬猫や子供なんかに向けて放たれる『可愛い』ではないことを知っておいてもらいたい。
「あはは!そうだよねえ。まぁ教えてあげるよ。今の俺と君の関係性をね」
「……」
シズちゃんが無言で俺を見ていて、その素直さとゆらゆら揺れる瞳を見て笑い出しそうになった。もちろん表に出しはしないけど。この素直さ、この率直さ。こんなに純粋で馬鹿な癖に、獣じみた鋭すぎる勘や驚異的な力を持っている。そして力を奮って物を壊すことに、人を傷つけることに怯えて、自分の力を嫌って暴力を嫌って。身体と精神のアンバランス。不安定なシズちゃんを暴力に引っ張り込んだのは、間違いなく俺だ。それでも精神までは暴力に染まりきらないシズちゃんは、自分の大嫌いな暴力を奮わせようとする俺を心の底から嫌悪していたはずなのに、俺を好きだという。それと同じくらい嫌いなのだと言うけど、それでもたしかに愛情が存在していることは事実だ。俺がシズちゃんのことを好きになることは、客観的に見ればそこまでおかしくはないだろう。俺はシズちゃんが嫌いだったけど、シズちゃんには特に何をされたわけでもない。何度も殺し合いをしているし何度も怪我をしたけど、俺がしてきたことを思えば軽いものだと思う。それだけのことを、シズちゃんにしてきたのに。なのに、どうしてシズちゃんは俺のことなんて好きになったのかな。
「俺は、…ああ、俺って言うのは今ここにいる23歳の俺のことね。君の知る17歳の俺じゃないよ?今ここにいる、この俺は…少なくとも、シズちゃんが好きだよ」
「…、…」
シズちゃんがほんのりと赤く染めた頬を隠すように俯いた。何か言いたげに口を開き、閉じる。
「まあ、17の時の俺がどう思ってるかは知らないけどさ」
「…手前の過去だろーが」
「いつ君を好きになったのかなんて覚えてないからね」
嘘だけど。正確な時期は覚えてないけど、自覚した大体の時期なら覚えている。
あえて覚えていないふりをしてひょいを肩をすくめてみせると、じとりと睨まれた。普段だって睨まれた位じゃ怖くなんてないのに、赤い顔で睨まれても可愛いとしか思えないよ。
「あ、でも、高校生の時に23歳のシズちゃんに純情を弄ばれたことははっきり覚えてるよ」
「は!?」
目を見開いて口元をひきつらせたシズちゃん(わお、こんな表情初めて見た。貴重ー)に、わざとらしく口元に指をあてて考える仕草をする。
「あれはビックリしたなぁー。あんなことされるなんて夢にも思わなかったし」
「な、なに…、つか、何で23の俺と今の臨也が会ってるんだよ!」
「23の俺と17のシズちゃんが会ってるんだから、不思議な事じゃないでしょ?17の俺と23のシズちゃんが会ってても」
「…っ、なにされたんだよ!?」
「うーん…そうだなあ」
イライラと詰め寄ってくるシズちゃんのあしもとをちらりと見て、口元をゆがめる。
「えいっ」
「うわっ!?」
17歳の俺が23歳のシズちゃんにされたことが余程気になるのか、注意力散漫だったシズちゃんを転ばせるのは簡単だった。足払いをかけてやると、おもしろいくらい綺麗に転んでくれる。屋上に仰向けに倒れ込んだシズちゃんの上に跨って、大腿でシズちゃんの腹を挟み込む。あ、この体勢騎乗位みたい。いやでも位置がちょっと違うな。俺が跨っているのは腹部だからね。
「手前なにしやがんだ!」
「シズちゃん」
故意に言葉を遮ってやると、シズちゃんが眉を寄せた。イライラしながらも言葉を止めて俺を見上げてくるあたり、聞く気があるらしい。シズちゃんの癖に随分気が長い。高校生の頃こんなじゃなかったと思うけど。いくら俺が折原臨也とはいえ、一応年上だから気遣っているのだろうか。意外とそういうところ真面目なんだよね、シズちゃんって。
「17歳の時に、シズちゃんにされたこと、教えてあげる」
「は?何言、」
襟首を掴んでぐいと顔を寄せて、唇をくっつける。こう言うと随分と幼稚だが、残念ながら俺がするのはどちらかというと大人のキスである。驚きから半開きになっている唇に舌を滑り込ませる。表面上余裕な俺だけど、内心は噛んでくれるなよ、と冷や冷やしている。シズちゃんならやりそうだ。そしてシズちゃんに舌噛まれたら絶対噛みきられるつまり死ぬ。
完璧に硬直しているシズちゃんの舌に自分の舌を絡めてやると、やっと我に返ったのかシズちゃんの両手が俺を引き離さそうと俺の肩に伸びてくる。襟を掴んでいた手を離し、その掌に俺の手を潜り込ませて恋人同士のようにきゅっと握り込んでやると、シズちゃんは動くに動けなくなったのか、それとも脳内のキャパシティが限界を越えたのか、俺を止めようとする動きは止まった。それをいいことに、好き勝手翻弄してやる。シズちゃんは女の子と経験がないようなので、これがファーストキスなはずだが…ちょっと刺激強すぎたかな、なんて思いつつ、唇を離した。唾液がつうと伝ったのを手で拭い、微笑む。
「ごちそうさま」
「…っ、な、…このノミ蟲…ッ」
「ここから先は有料、ってね」
「先!?」
まだあんのかよ、と言うシズちゃん。俺がされたのはここまでだけど、まあこの先があるのも間違いじゃないから勘違いさせておこうっと。面白いし。
さて、そろそろだと思うんだけど。高校生の時の記憶を引っ張りだし、今視界に映る景色と照らし合わせながら思う。
真っ赤なシズちゃんの顔にくくっと笑って、ひらひらと手を振った。
「じゃあね、シズちゃん。あんまり俺のこと虐めないでね?」
いやー、あのときは酷い目にあった。23歳のシズちゃんに会ってここへ戻ってきたときのことを思い出す。いやほんと、酷い目にあった。俺がここでがんばれば回避できたのかもしれないけど、17歳の初心なシズちゃんをからかわないなんて選択肢存在しないし、あれがきっかけで今の関係なんだからよしとしよう。うん。別に今の今まで忘れてたとかじゃない。あれがなければもっと早く丸く収まったとかあの時のせいで余計に関係拗れたとか思ってない。
ぐらりと目眩が俺を襲う。何事かを言おうとしているシズちゃんが目に入ったけど、何を言おうとしているのか分かる前に、景色は路地裏へと移り変わってしまった。


===

多分続く。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -