※臨誕





大嫌いで仕方なかった平和島静雄のことが好きだと気づいたのは、卒業してから二ヶ月程だった時だった。特に何のきっかけがあった訳でもなく、ただ、高校を卒業して情報屋としての仕事を本格的に始めた為に忙しくなった毎日の中で、ふと気づいたのだ。憎悪としか捉えていなかった平和島静雄への感情が、いつの間にか憎悪と紙一重の好意へと変わっていたことに。
それから7年。臨也はずっと、平和島静雄を嫌い続け、そして同じように好きで居続けた。人間を愛しているのと同じように、静雄が嫌いで、好きだった。
自分の静雄への感情は愛ではない、と臨也は思う。これはどうしようもなく恋だと思う。愛のように、見返りを求めずにいられる感情ではない。人間を愛するように、一方的のまま満足できる感情ではない。これはどうしようもなく恋だ。下心があって、好かれたいと願ってしまう、浅ましい恋だ。
愛ならばまだよかった、と何度も思った。愛ならば、例え嫌われていたとしてもこれほどまでに傷つきはしなかっただろう。種類は違えど、人間を愛するように静雄を愛せたなら、自身を嫌う静雄も含めて愛せたのだろう。
けれど臨也の感情は恋だ。恋い慕い、時に憧れさえもする、拙い恋情。恋だから、どうしようもなく焦がれる。こちらを向いてほしい、同じ感情を返してほしい、想った分だけ想ってほしいと望む。無償の愛などとは違うから、与えた分だけ返してほしかった。それが例え、こちらからの一方通行でも。
想ってほしいのに、静雄は臨也を嫌う。だから臨也は静雄が嫌いだ。好きだから、自分を嫌う静雄が嫌いだ。矛盾だということは分かっている。それでも、静雄への恋心は捨てられなかった。7年間、ずっと。
けれど、臨也の恋は叶わない。それは臨也が誰よりもよく知っている。
静雄が臨也を嫌っているということは、臨也が自分の恋を自覚するよりずっと前から分かりきっていることだった。つまり、臨也の恋は臨也がその存在を自覚した瞬間から既に叶う可能性などなかったのだ。
それでも、静雄を完全に嫌うことができなかった。自分の中の恋を捨て切れなかった。捨て切れぬまま、叶わない恋を抱えたまま、臨也は7年もの長い時間を過ごしてしまった。
その間に、色々な感情を覚えた。
それは例えば嫉妬であったり、その嫉妬を表に出せない苦しさであったり、寂しさであったり、それを満たす術を持たない虚しさであったり、叶わぬ恋を捨て切れぬ自分に対する嘲りであったり、なにもかもに対する諦めであったりした。
様々な感情を覚えてしまった臨也は、それなりに傷ついた。恋心は捨て切れぬまま、それでもその恋情の矛先にいる男は臨也をこの世のなにより嫌い、傷つけることを躊躇わない。静雄の意志で傷つけられたものは肉体だけだったが、静雄の意志とは離れたところで、臨也の心も傷ついていた。好きだと思う相手に嫌われて、存在ごと消えればいいと望まれて、少しも傷つかずにいられるまでは歪んでいなかった。臨也の中に巣食う厄介な恋心のせいで、どうしようもなく嫌いで、どうしようもなく好きな男の前では、臨也は普通に傷つく普通の人間になってしまう。
7年間、捨て切れない恋心を抱えたまま、自分を嫌う男と憎み合っている振りをしたまま対峙し続けた臨也は、とても疲れていた。
けして実ることのない恋を抱えていることに、そのせいで静雄の言動に傷ついてしまうことに、疲れ切っていた。人間を愛する折原臨也で居られなくなってしまうことも、怖かった。
だから、臨也はずっと捨てられずにいた感情を捨てることを決めた。
けれど、7年もの長い月日で捨てられなかった恋心を、時が忘れさせてくれるとは思えない。きっとこれは、自分で区切りをつけなければ捨てられない感情なのだと想った。
臨也はこの恋心をどうにか完全に捨て去ってしまう方法を考え―――人生で25回目の誕生日に、告白しようと決めた。

誕生日など、二十代半ばにもなればたいして気に留める程のイベントではない。臨也にとって誕生日は、カレンダーを見てそういえば今日は誕生日だなとぼんやり思う程度のものであって、それ以外はなんら他の日と変わらない。特にケーキなどを買う訳でもないし、誕生日を祝ってくれる人間もいなかったので、忘れていることもあるくらいだった。
その程度の認識しかない誕生日を、何故告白の日に選んだのかといえば、さほど大きな理由があるわけではなかった。ただ、心の準備をするための期間も考えればちょうどいい時期に自分の誕生日があったことと…それから、今まで押さえつけてきた恋心を解放することを、自分への誕生日プレゼントとしてもいいかとふと思ったからだ。
静雄に告白をしても、臨也のこれからの生活には何の問題もない。静雄は化け物じみた身体と力を持っているが、それ以外は至って普通の男だ。むしろ、面倒見もいいし好青年と言えるだろう。例え相手が臨也だったとしても、その恋情が本物だと分かれば、きっと言い触らしたりはしない。臨也は静雄に告白するが、それは応えてもらう為ではなく振られる為だ。区切りをつけて、その感情を捨てるため。だから、その告白の後、臨也は完全に静雄を憎むことができる。そうなれば、後は今までのように殺し合えばいいだけだ。静雄に臨也の告白が真実だと伝わらない可能性もなくはないが、静雄は野生の本能なのか非常に鋭く、臨也のことについてはその鋭さは更に増す。臭いで居場所が分かると言ったり、臨也の嘘を本能的に探り当てたりするのだから、おそらくは臨也の告白が真実であることも感じ取るだろう。
すべて推測ではあるが、臨也とて伊達に何年も静雄と喧嘩を続けてきたわけではない。静雄は予測不可能な男だが、それでも分かる部分はある。
自分に何のデメリットも出ないことを確認し、臨也は改めて、自分の誕生日に告白することを決めた。
告白して、振られて、そうして今度こそ静雄を嫌う。化け物である平和島静雄だけを嫌い、人間を愛する折原臨也。それが正しい形だ。歪んだ恋心など、もっと早くに捨ててしまうべきだったのだ。
これでいいんだと自分に言い聞かせて、臨也は目を閉じた。
誕生日は少しずつ近づいている。さほど長くない時間の中で、臨也は完全に決別しなければならない。
7年間抱え続けた、不毛な片思いと。







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大遅刻の上案の定続くよ!
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