※420の日ネタ







四月のある日のこと。
俺が仕事中にうっかりヘマをして新羅の元に治療を頼みに行き、治療を受けていた時だった。何の用があったのかは知らないが、シズちゃんが新羅を訪ねてきた。俺はシズちゃんに怪我を見られたくない一心で治療をしていた痕跡を消し、ギリギリのタイミングでシズちゃんに負傷した左腕を見られることなく普段通りコートを着ることもできた。俺は内心で安堵のため息をついたのだが、もはや人外のレベルであるシズちゃんに常識が通じるはずもなく。
「…おい」
「なに?シズちゃ、あだだだだだっ、ちょ、なにっ…いッ…!!!」
そこまで深くはなかったものの、浅くもない切り傷。その傷口を親指で抉るような位置を的確に掴まれ、ぐっと軽く力を入れられた。今しがた治療を終えたばかりの傷口なので当然痛い。ポーカーフェイスを保つ心構えをしっかりしていたはずなのだが、シズちゃんの指の位置があまりにも正確すぎた。
「手前、なんだこの怪我」
「い……ッたかったあああ!すっごい痛いんだけど!シズちゃんほんっと俺のこといじめんの好きだよね!!」
俺がシズちゃんから怪我と怪我をしたという事実を隠したかった理由は、端的に言うならばシズちゃんが俺をいたぶる趣味を持っているドS野郎だからである。休日に事務所でゆっくりした日には朝から晩まで精神的に追いつめてくれるし、夜なんか非常にねちっこくいじめ倒してくれる。その上、翌日の朝には「狼狽える手前を見るのは悪くねえな」などという悪趣味極まりないことも言ったりする。普段の生活でも、時に肉体的に時に精神的に俺にダメージを与えては反応を楽しもうとしている節が…というか、それがシズちゃんの趣味だ。対象が俺という点で俺より悪趣味だと思う。池袋に行けば相変わらず自販機ポストゴミ箱の大歓迎っぷりで、捕まればこれまたシズちゃんの俺にしか発動しない悪趣味の時間だ。精神的なものか身体的なものかはシズちゃんの気分次第だが、どっちにしろ俺のダメージは計り知れない。しかも、一応恋人という枠に収まっているせいなのか、俺がもう駄目だと思う一歩手前のギリギリのラインで解放される。その見極めがこれまた的確すぎて泣きたくなったのも一度や二度ではない。このドS野郎と心の中で罵ったのも、両手の指どころか両足の指を使っても足りない位なのだが、それでも残念ながら俺はシズちゃんが好きだったりする。俺もなかなかに趣味が悪い。シズちゃん程じゃないけどね。
「手前をいたぶんのが好きだってのは否定しねえが、今回はイラついたからだ」
「それが普段とどう違うのか分からないけど聞いてあげるよ。なんでイラついたのかな?シズちゃんがキレる原因なんてこの世にありすぎてわからないけど」
「…相変わらずいちいちムカつく奴だな手前。抉られてえのか?」
「お断りだね。いいから早く言いなよ聞いてあげてるんだから。今ならちょっと位は参考にしてあげるかもよ?あくまで保身のためだけど」
「素直に言えよ、俺好みになるって」
「自意識過剰も程々にね。今も言ったばかりだけど、理由は保身の為つまり俺の為であってシズちゃんの為なんていう理由は1%も含まれてないから。絶対ありえないよ。まあシズちゃんがそれに恩を感じて俺の言いなりになってくれるって言うなら話は別だけど!」
「それこそありえねえな。いい加減素直になりゃあいいのによ。まあ、素直じゃねえ方が俺は楽しいけどな。いたぶり甲斐があって」
「今更だけど、シズちゃんってほんっと悪趣味だよね」
「手前ほどじゃ―――」

「はいストップストップ」

終わりの見えない舌戦に終止符を打ったのは、掌を叩く乾いた音と新羅の声だった。シズちゃんと同時に黙ると、新羅が呆れたような顔で俺たち二人を見ていた。
「犬猿の仲から恋人になったと思ったらまた喧嘩?君達って本当に読めないね。なんでもいいけど、セルティがあと少しで帰ってくるんだよ。用件があるならさっさと済ませてくれるかい?」
相変わらずセルティ以外はどうでもいいらしい新羅の言葉に、シズちゃんに視線をやって要点だけを要求してみる。結局未だに離してもらっていない左腕の傷口を抉られかけた理由をまだ聞いていないし、俺は理由も聞かずに先程の暴力行為を忘れられるほど心が広くはなかった。シズちゃんが相手なら尚更だ。普段から理不尽なシズちゃんが珍しく理由を持っているというのに、聞かない訳がなかった。再び舌戦を繰り広げる羽目にならない為にも要点だけを端的に告げてほしいという俺の要望はアイコンタクトで伝わってくれたらしく、…アイコンタクトでここまで通じるのもそれはそれで複雑だがまあそれは置いておいて、シズちゃんが口を開いた。
「俺以外に傷つけられてんじゃねえよ」
「……」
短くまとめてしまえばこんなに分かりやすい。つまりシズちゃんは俺の身体にシズちゃん以外がつけた傷があるのが気に食わなかったらしい。独占欲だかなんだか知らないが、自分の物が知らない内に傷を付けられていれば気に入らないその気持ちは分かる。しかし問題は、シズちゃんの中で『折原臨也が自分の物である』という認識が大前提であるということだ。残念ながら俺はシズちゃんの恋人ではあるもののシズちゃんの所有物になった覚えはないのだが、そこのところをシズちゃんは理解しているのだろうか。してないだろうな、うん知ってるよ。…ちょっと動揺してしまったのは、シズちゃんの傲慢さに驚いたからであってけして嬉しかったからではない。
「俺はシズちゃんのものじゃないんだけど」
「何言ってんだ今更。俺が好きだとか酔狂なこと抜かした時点で手前は俺のもんだろ」
「それは君にも適用されるって分かってる?」
「俺は俺だ」
ジャイアンめ。心の中で吐き捨てると、口に出していないはずなのに睨まれた。左腕を掴んだままの手に力が入りそうな気配を察知して曖昧に笑うと、舌打ちをされたものの再び傷口を抉られる恐怖に晒されるということはなくなった。正真正銘のドS野郎のシズちゃんと違ってノーマルな俺は、痛いのは嫌いだ。
「…それで、静雄は何しに来たの?」
俺とシズちゃんの会話(と言うには少々物騒だったけど)にひと段落ついたところで、新羅がシズちゃんに問いかけた。セルティと俺達が会う前に帰らせてしまいたいらしく、早く用件を言って帰れと態度で示している。その態度を隠す気もないらしい新羅は、俺はともかく、シズちゃんがセルティと親しいことを忘れているのだろうか。セルティの友人であるシズちゃんに、用件は聞こうとしているものの追い返すような態度を取ったとセルティに知れればセルティにこってり絞られるのではないかと思ったが、俺にはこれっぽっちも関係ないので口には出さなかった。
「新羅に用があった訳じゃねえよ。ノミ蟲くせえしなんか嫌な感じがしたから来てみただけだ」
「…ああ、そう…」
新羅の声は呆れ返っていた。俺も言葉にしないだけで、声を出していたら同じように呆れた声になっていただろうと思う。シズちゃんは全くもって獣じみている。今更すぎるので口には出さないが、気配とか嫌な感じとか、そんな抽象的な感覚だけで俺の居場所や状態まで読み取られるなんて恐怖以外の何でもない。ついてに言うと、俺は情報を集めて整理して、それなりのプロセスをたどらないとシズちゃんの居場所など分からないのに、感覚だけで居場所を突き止め、その上なんとなくだとしても俺の状態まで感じ取ってしまうシズちゃんは存在がチートすぎるし腹立たしい。
「…で?何で手前はそんなヘマしてやがんだ?」
不平不満を飲み込み大人しく黙っていた俺に、シズちゃんの意識が戻ってくる。変に機嫌を損ねてしまったシズちゃんの相手は非常に面倒くさい。どうにか意識を逸らす方法はないものだろうかとぼんやり思案した時、がちゃりと扉が開く音がした。
「セルティお帰り!」
玄関に飛び出していった新羅の様子と玄関からする物音から察するに、帰ってきたのはやはりセルティらしかった。
『ただい なんで静雄と臨也がいるんだ?!』
玄関へ続く扉から現れたのはセルティで、わたわたと慌てた様子でPDAをこちらに向けてきた。俺とシズちゃんがつきあいだしたのは大分前なのだが、周囲にバレたのはつい最近のことだ。まさかセルティは知らなかったのだろうかと思いながらシズちゃんを見上げるが、シズちゃんは普段通りの表情で、何を考えているか読みとることはできなかった。
「セルティ、君が記憶から排除したくなるのも仕方ないと思うけど、この二人は…」
『あ…そういえばそうだったな…』
新羅に言われて、セルティが落ち着きを取り戻す。首がないから表情を読みとることができないのに、セルティはシズちゃん(ただし俺の前にいるときに限る)よりずっと喜怒哀楽が読みとりやすい。
『ええと、…なんていうか…』
今度は戸惑うような躊躇うような仕草。シズちゃんに向けた言葉かと思ったが、どうやらシズちゃんと俺の二人に向けられているようだ。おとなしく言葉の続きを待つ。
『言いたいことはいろいろあるが、…とりあえずおめでとう』
「ああ、…サンキュ」
「……」
おめでとうってもしかして俺とシズちゃんの仲に対しての祝福なのか。いやそんな馬鹿な。…そうだったら嬉しいなんて、思ってない。全然思ってない。認められたからって嬉しく思ったりしない。
「…ありがとう」
だから、お礼を言ったのだっておめでとうと言われたからそれなりの言葉を返すのが礼儀だと思っただけで、けっして嬉しかったからではないのだ。



あの後、なんだか気まずくなってしまったからなのか、それともただセルティと早くいちゃつきたかったからなのか知らないが、…いや訂正、後者だな。とにかく新羅が「用は終わっただろ」、と俺を追い出し、セルティと会話するシズちゃんを追い出した。俺はとりあえず家に帰る為にタクシーを拾ったのだが、何故かシズちゃんまで乗り込んできて、そのまま俺の事務所まで押し掛けられた。仕事中だった波江さんには帰宅してもらって(帰り際、「本当に骨抜きにされてるのね」と鼻で笑われたが、その理由は今度またじっくり聞きたいと思う)、現在シズちゃんと二人きりだ。恋人という関係にはなったものの、今まで静かな雰囲気で二人でいることがあまりなかったので、なんとなく新鮮な気分だった。普段はシズちゃんが俺をからかい倒しているか舌戦を繰り広げているか殺し合っているか、ともかく黙って並んで座っていることなどない。
そんな静かな空気の中、俺はふとセルティの言葉を思い出していた。

『そういえば、今日スケジュールを見ていて思ったんだが…4月20日、4、2、0で、しずおだなと思って』

思い出して、思わずくすりと笑う。それを地獄耳で拾ったシズちゃんが怪訝そうに俺を見下ろした。なんで笑ってるんだと言いたげの顔に、笑いを堪えながら答える。
「いや、今日…4月20日。しずおの日って、おもしろいなあって思ってさあ。祝ってあげようか?しずおの日」
「…ああ、」
普段呼ばない名前を口にするのは何となく気恥ずかしくて、からかうような馬鹿にするような口調で羞恥を誤魔化した。しかし、それを聞いたシズちゃんがにやりと笑って楽しそうな声を出したので、俺はとても後悔した。この声と表情は、大抵俺を追い詰めるときの前兆だ。
「なら、ヘマした理由聞かせてもらおうじゃねえか?」
「それはやだ」
「あ?」
即答したら、柄の悪い返事が返ってきた。捕まったら追い詰められて(具体的な方法は伏せる)ヘマした理由を吐かされた上適当な理由をこじつけられて色々と好き勝手されるに決まっている。俺が逃げようとしていることを予測しているかのように伸ばされた手から逃げ、外へ逃げる。
「じゃあ、今日中に俺のこと捕まえられたらいうこときいてあげるよ」
「…上等じゃねえか」
現在の時刻は午後7時。今日が終わるまであと5時間。ここは新宿で、地の利は俺にある。勝算は十分だ。
頭の中で逃走ルートを何パターンも考えながら、闘志たっぷりという感じのシズちゃんから逃げだした。





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例によって例のごとく、続きます。

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