「…シズちゃん、…ごめんね。シャンメリーこぼすし、着替え忘れるし…」 今俺の目の前には、俺のシャツと俺のジャージのズボンを穿いた恋人がいる。 夕食前にうっかり頭からシャンメリー(臨也が持ってきた。シャンパンとシャンメリーとどちらもあったが、酒で理性が吹っ飛ぶことを危惧してシャンメリーを選択した)を被った臨也を風呂に入れたが、臨也は着替えを忘れていた。下着だけは臨也が風呂に入っている間に近くのコンビニで買ってきたが、さすがに服まで買いにいく余裕はなく、結局俺の服を貸すことになり、今に至る訳だが。 大きく開いた襟口のせいで白い首筋や鎖骨が晒され、またサイズが合わないせいで臨也の細さも強調されている。腕の長さも違うのか、指先は袖に埋もれて見えない。先程ジャージの裾を踏んで転びそうになった為か、何度かめくられたズボンからは膝下が露出され、普段は見えないふくらはぎが見えており、そして極めつけは、風呂上がりだからか羞恥からか、赤く染まった頬だった。 なんだこれ据え膳か。 臨也は恋人だが、いまいち俺と『そういう行為』に及ぶことを意識していない節がある。相変わらず触れるだけのキスで真っ赤になるし、舌を入れたことすらないのだ。なんて健全なお付き合いだろうか。 現状が不満という訳ではないが、正直なところ、俺はえろいことがしたい。臨也と。臨也に。組み敷いて犯してやりたいと思うし、どろどろに溶かしてやりたいとも思う。だが、頭の中がどうであれ、現実で臨也にそういった行為を強制するつもりはない。 けど、これはないだろ。無理だろ。普通に我慢とか出来ないだろ。 臨也自身は気づいていないのだろうが…はっきり言って、すごくえろい。俺にどうしろっていうんだ。いや、臨也は意識していないのだから我慢しろという話なのだが、…あまりにも酷だと思うのは俺だけではないはずだ。 「…シズちゃん?」 臨也が不安そうにこちらを見上げる。破壊力が一気に上昇した。なんとか理性を保ちつつ、普段通りを装う。 「なんだ?」 「え、あ…ううん、返事がなかったから、さ…」 「ああ、悪い。ちょっとぼんやりしてた。…飯食うか」 暖めなおした夕食は、既に俺と臨也の前に並んでいる。食べようぜと促せば、臨也はこくりと頷いて箸を取った。食えば多少は気が紛れるだろうと俺も箸を取って、二人で手を合わせた。 「…おなかいっぱい…。シズちゃん、料理上手だね」 ベッドにもたれかかって足を投げ出すように座る臨也の言葉に、「そうか?普通だろ」と返す。普段より露出が多めでラフな格好に、リラックスしきった姿勢は正直色々と俺には毒なのだが、警戒心の強い臨也が無防備になれる程信頼されているのだと思えば悪い気はしない。 「上手だよ。美味しかった」 「まあ、口にあったんならよかった」 なんでもないような顔で煙草の煙を吐き出す。普段は臨也と居る時に煙草を吸うことはないのだが、今日ばかりは煙草でも吸わないと意識をそらせそうにもなかった。 「シズちゃん、もう11時半過ぎてるよ?お風呂入らないの?」 満腹になって眠気がやってきたのか、どこか眠そうな臨也にそう言われる。つい数時間前までぐっすり眠っていたくせに、まだ眠いのだろうか。 「ああ、入ってくる。…眠そうだな」 「あー…うん。昨日、あんまり眠れなくて…」 眠そうに目をこする臨也の仕草は幼く、余計に俺を煽った。あどけない表情である癖にやたらと色気のある臨也からなんとか目をそらし、「まだ寝るなよ」と言い残して風呂に向かった。臨也と付き合いだして、俺の忍耐力も随分あがったのではないかと近頃思う。 風呂から出ると、臨也はなにかしらの方法で眠気を振り払ったらしく、はっきりとした目で俺の姿を捉えて「おかえり」と笑った。ああ、とそれにこたえ、もう遅いし俺の理性が持つかも分からないので眠ってしまおうかと考えたところで、俺はふと気づいた。 「…臨也」 「なに?」 「悪い」 「え?なにが?」 きょとりと俺を見上げてくる臨也を見下ろしながら、俺は自分の迂闊さを呪った。 「…布団用意すんの忘れた」 「……え」 「……」 「……」 「…………」 「…あ、あの、じゃあ俺が床で寝るよ」 二人して数秒固まった後、臨也がそう言い出した。当然、そんなこと出来るはずがない。 「あ?駄目に決まってんだろ」 「だって、ベッドしかないってことでしょ?じゃあ、俺が床で寝るしかないじゃん」 「手前がベッドだろ普通」 「普通シズちゃんでしょ。家主なんだし」 「客優先だろ。俺が呼んだんだから」 「…でも駄目。シズちゃんがベッド。絶対譲らないからね」 どうしてこいつはこう無駄なところで頑固なのだろうか。普通に言ってもひかなそうだ。ならば、正攻法以外で攻めるしかない。…最近、俺は臨也に似てきたのではないかと思う。俺の前ではおとなしい臨也とは反対に、俺は臨也の前だと意地が悪くなるような気がする。 「…分かった。じゃあ手前が床でいい」 「うん」 「ただし」 満足げに笑った臨也は、ただし、という言葉に首を傾げた。そんな臨也を見ながら、俺はにやりと笑う。 「手前がそれで風邪ひいたら、俺が全部面倒見てやるからな」 「え?」 「食うものも全部作って、口移しで食わせてやるよ。寝るときはずっと手繋いでてやるし、汗かいたら着替えもさせてやる。治るまで、全部俺が面倒見る」 「え、いや、いらな…っ」 「俺のせいで手前が風邪ひいたら、当然だよな。…んで、臨也」 想像したのか、真っ赤になっている臨也に笑みを向ける。 「風邪ひかないようにベッドで寝るか、床で寝て風邪ひくか、どっちがいい?」 「…………ゆ、床で寝たって風邪ひくとは」 「俺の部屋は手前んとこと違って普通に寒いぞ。夜は暖房入れねえし、確実に風邪ひくだろこの寒さじゃ」 「……」 苦しい反論に言葉を返してやれば、臨也は黙り込んだ。考えたところで臨也がベッド以外で寝ることを俺が許すはずもないのに、それでも考えるあたりこいつも往生際が悪い。 「…だって、俺がベッドで寝たら、シズちゃん寝るとこないじゃん…」 「俺は別に床でも平気だ。毛布くらいならあるし、俺が丈夫なのは手前もよく知ってんだろ」 「……でも…」 「大丈夫だ。それとも、俺と二人でベッドで寝るか?」 言い淀む臨也の決意を促すように、そう言う。臨也のことだから、俺と同じベッドで寝ることなど出来ないだろうと思っての言葉だった。 …の、だが。 「…………いっしょに、ねる」 「…あ?」 「…シズちゃんと、ベッドで…ね、る」 「……」 思わず目を見開いた。 まさか、臨也の結論がそっちにいくとは思わなかった。俺が思っている以上に、臨也は俺を蔑ろには出来ないようだ。 「…いいのかよ?」 「…うん」 赤い顔を俯かせ、こくりと臨也が頷く。嬉しいのは嬉しいのだが、複雑だ。耐えられるのか俺の理性。 「…わかった。じゃあ、とりあえずベッド入れ。身体冷えるだろ」 「う、ん…」 そろりと躊躇いがちな動作でべっどに上がり、かけ布団を少しどかして座り込む。壁際に寄った臨也の隣のスペースに入り込むと、臨也の身体がびくりと震えた。耳まで真っ赤にして俯く臨也。しかも服装はだぼだぼの俺のシャツ。マジで生殺しだな、と思いつつ、臨也に布団にはいることを促す。 「ほら、座ってねえで寝ろ。冷えるぞ」 「…うん」 さっきからうん、しか言わない臨也の頭をなで、大人しく横になった臨也に布団をかけ、俺も臨也に背を向けるようにして横たわった。わずかに背に触れる体温が気になって眠気など訪れないが、どうにか寝ようと目を閉じる。寝てしまえば間違いも起こらない。 「…シズちゃん」 「どうした?」 「……こっち、…向かないの?」 「……」 どうしてこんなとこばっか素直なんだコイツ。嬉しい、が、それ以上にどこかがぷっつりいきそうで怖い。 「…あのな、臨也」 「うん…?」 不思議そうな声が後ろから響く。腰のあたりに感じる感触は、おそらく臨也の指だろう。控えめに服をつかむ指先が、愛しいと思う。こんなのガラじゃないとは思うのだが、臨也といるとふとしたことでそう思う。 「…シズちゃん?」 不思議そうに呼びかけられ、少し考えた。ヤりたいのを我慢しているだなんて言いたくはないが、適当にごまかせば臨也はまた妙な勘違いをするのではないだろうかと、あながち杞憂でもない不安があるので、正直に話すことにする。 「正直に言うと」 「うん」 「俺は今、手前を襲いたいと思ってる」 「…おそ…っ!?」 「けど、手前にその気がないのは分かってるから、我慢してる。俺は臨也が好きだから抱きたいと思うが、臨也が好きだから無理強いはしたくない」 「う、あ…うん…」 「だから、そっちは向けない。悪い」 「…ううん…」 戸惑っているような、困惑しているような、…少し浮かれているような。最後のは俺の錯覚かもしれないが、そんな声で臨也が小さくわかった、と言うのが聞こえた。 「…ね、シズちゃん」 「なんだ?」 「こっち、向かなくていいからさ」 「ああ」 「話、してていい?」 今のは向き合っていたら確実にやられていたなと思いながら、ああ、と頷く。 「シズちゃんさあ、サンタクロースって信じてた?」 「あー…そうだな。昔は幽と夜中まで起きてようとして…結局寝ちまったんだよな」 昔のことをぼんやり思い出す。まだ化け物じみた力などなかった頃の話だ。記憶もおぼろげで、本当にぼんやりとしか思い出せないが、懐かしい。 「俺さあ、サンタクロースを信じてたこと、記憶にないんだよね…」 「…そうなのか?」 「信じてた時期もあったのかもしれないけど、覚えてないんだよ」 「昔からそんなだったのかよ、手前は」 「酷いなあ、さすがにちっちゃい頃はもっとまともだったよ。…別に、サンタクロースの正体なんて、いつかは分かる現実だからさ。そんなのはどうだっていいんだけど…でも、サンタクロースを信じて、わくわくしながら夜を待つのって、なんかいいな、って。俺、九瑠璃達寝かしつけて、疲れてぐっすりって感じだったからさ」 表情が見えないので、声から判断するしかないが、臨也が幸せそうに笑っているような気がした。 「だからね、クリスマスの夜に、こうやって誰かと一緒にいるのっていいなって思う。…シズちゃんと、だから、…なおさら…」 ごにょごにょと続けられた後半の言葉。臨也は照れたのかそれきり黙り込んでしまった。俺も下手なことを言うまいと口をつぐんだ為、沈黙がその場を支配した。 「……あ」 しばらく黙り込んだ後、臨也が小さく声をあげた。 「シズちゃん、」 「なんだ?」 ごそごそと背後で臨也が動く気配がする。臨也の様子を見ようとした俺の目の前に、携帯の液晶がすっと差し出された。 「もう、25日だよ」 ありふれた待ち受け画面に表示される『12.25SAT 00:02』という文字列。 「メリークリスマス、シズちゃん?」 楽しそうな声とともに、携帯がすっと背後に消えていく。 「…ああ、メリークリスマス」 「うん」 弾んだ声。おそらく顔も、幸せそうにとろけているのだろう。 「……」 「…シズちゃん?」 「……やっぱ、もったいねえよな」 「え?」 ぐるりと寝返りを打つと、予想外に近くに臨也の顔があった。俺も少し驚いたが、俺が寝返りを打つことすら予想していなかった臨也は俺よりさらに驚き、一瞬後には暗がりでも分かるくらい真っ赤になった。 「は、ちょ、シズちゃん…近っ…!っていうか、振り向かないんじゃなかったの?!」 「顔見ねえのは、もったいねえと思って」 「も、もったいない、って…」 背後が壁であるから下がることも出来ず、ただ身体を固くしている臨也の表情を見て、やっぱりこっち向いてよかった、と思う。可愛い、なんて、男に向ける表現ではないのだが、それ以外に表現しようがない。 「臨也」 「なに…?」 「サンタがプレゼント配ってるのって、今だろ」 「…世間一般には、そういう認識なはずだけど…?」 臨也はそれがどうかしたの、と俺を見る。俺は半分身体を起こし、臨也の顔の両脇に手を突いて臨也を見下ろした。 「…シズちゃん…?」 「臨也。目、閉じろ」 「え、なんで…」 「クリスマスプレゼント、もらわないとだろ?俺がサンタの代わりじゃ不満かよ」 くさいことを言っている自覚はあった。それでも、子供らしいクリスマスの思い出の代わりになる何かをやりたいと思った。 「…ふ、不満、じゃ、ない…」 「……ま、プレゼントっつっても、俺はキスくらいしかやれねえけど」 それでもいいなら、目閉じろよ、と続けると、臨也は少し躊躇ってからぎゅ、と目を閉じた。そんな臨也の様子に、小さく笑う。素直に俺の言葉に従う臨也は、付き合う前とはまるで別人だ。あの臨也ですら好きになった俺は、今の臨也も可愛くて仕方がない。俺もおそらく、臨也にとっては付き合う前とは別人なのだろう。 「…メリークリスマス」 先ほどと同じ言葉を呟いて、そっと唇を合わせる。震える肩も、そっと触れてくる指先も、どうしようもなく俺を煽る。 触れるだけの唇を離せば、睫を震わせながら瞼を持ち上げた臨也が、潤んだ瞳で囁くように言葉を紡いだ。 「…シズちゃん、…クリスマスプレゼント、なんでしょ…?だったら、」 今のじゃ、足りない。 サンタクロースにおねだり (耐えろ俺の理性。) === 片方クリスマスっぽくなくなったので、クリスマスっぽくしたつもり。 お誘い部分の流れはさんちゃんもとい三基さんとの会話からいただきました!ごちそうさまでした! |