最終話

甲高い、子供のはしゃぐ声が、木々の茂る、緑の中、通り抜ける。
コンクリートの地面を挟む様に、両側は緑で艶やかだった。
緑の中から、チラチラと光る太陽の光はとても綺麗で、神楽は思わず傘を傾けそれを見る。
目を細め、優しい光を見た後、隣に並ぶ男を見ると、一瞬視界がぼやけた。しかしゆっくりとその視界は色づく。
くっきりと見えたときには、自分を見ているその瞳は、コレ以上ないほど柔らかく、その視線に今更ながら照れ、愛用の傘で隠した。甲高い声は、先に、先に行ってしまい、既に形は見えなく、はしゃぐ声だけが耳にと届く。

「走ると転ぶアル。」
神楽は、笑いながら口にした。
「男は傷の一つや二つあった方がいいんでィ。」
神楽は少し視線を沖田の方にやると、その先に行ってしまった、ちっちゃな影を愛しそうに見つめていた。
「可愛くてたまらない様な顔してるアル。」
神楽は目を細めそう言う。沖田の方にと寄り添う様に近づき、そっと手を取る。すると、沖田はその細い手を握り返す。
道には、チラホラと人が見えるが、まだ朝も早いと言う事もあり、皆、その風と気温、そして緑をゆったりと歩きながら楽しんでいるようだった。

朝早く、朝食を食べ、公園に行こうと言い出したのは隼人だった。
3ヶ月前、家族のためにと買った4LDKのマンションは、沖田の家族の形が早くも染み付いていた。4人がけの広めのテーブルを神楽は、後片付けをすませ拭いている所で手をとめる。朝早くから誰よりも先に起き、朝食の準備、片方では掃除と洗濯…。
子供部屋には可愛らしいタンスや、椅子、台が統一され置かれており、その隅には二段ベットでお腹を出しながら上と下に分かれて蒼と隼人が寝ている。その隣の部屋では今しがた自分が寝ていたダブルベットに静かに寝息をたてる沖田…。
後の二つの部屋は、それぞれ沖田の私室。そして蒼と隼人が遊ぶ部屋にと使われていた。初め神楽は何で私室がいるんだと沖田に詰め寄った。やましい事がないならば私室なんて作る必要も無いだろうと。
沖田はため息を付きながら、片付かなかった仕事を家で持ち込んでする時などに欲しいと言った。正直神楽は気に入らない様な表情をしつつ承諾をしたが、沖田からすれば、こんな小さな気持ちの現れも嬉しかったのが本音だった。ぷりぷりと怒る神楽の背中を捕まえる。そして耳元で囁く。
「やましい事に怒るぐれェなら、もっと回数増やしてくれてもいいんじゃねェのか?」
一気に頬を染め、言葉が出ない神楽を満足そうに沖田は見つめたのだった。

万事屋とはまた違った雰囲気が、神楽にはくすぐったかったが、朝、一番先に沖田を起すのが自分の役目だと思う気持ちは宝物の様に大切なモノになった。
離れている間の神楽の変貌振りには、一緒に暮らし始めて沖田も驚いた。しかし、5歳の男の子二人を育ててきたのだ。側に父親が居たとはいえ、生活能力もあがるのは当然だと沖田は改めて考え直したのだった。

エプロンを外し、神楽は、コレから銀ちゃんの所に行くから駄目だと言う。しかし隼人は珍しく我侭を見せ、粘った。そしてそこに蒼も加わる。隼人は、これまで我侭と言う我侭を見せたことがあまり無かった。どちらかと言えばそれは蒼の役目で、いつも神楽を困らせない様に、蒼の我侭を止める役目が隼人だったからだ。しかし江戸に帰ってきてから、もっと絞り込んで言えば、沖田に会ってから、沖田を父と認識し、甘え出し始めてからだ。我侭が目立つようになったのは。甘える存在が、頼れる存在が出来た。母親を包み、母親の拠り所が出来た事に安心したからだと神楽は理解していた。だからその点に付いては口に出すことは無かった。

しかし正直我侭を止める役目が居なくなったには神楽にとってイタイ。しかも揃って言う姿を見ていると思わず息を付いてしまう。
「いいじゃねェか。少しくらい…。旦那も許してくれるだろ?ナンなら旦那も呼びゃぁいいじゃねェか。」
神楽の様子を見ていた沖田は口を挟んだ。それでも神楽は悩む。行くことをどうこう言っているのではなく、この我侭をそのまま通してもいいかを悩んでいた。それは母親としての神楽だった。沖田は、席を立つ。
自分でも信じられないが、自分が考えているよりずっと、沖田は隼人と蒼が可愛くて仕方ない事をどんどんと意識し、気付かされた。
沖田は、隼人と蒼の手を引き、玄関へと行く。
「神楽、ホラ、行くぜ。」
神楽の返事を待たず、沖田は子供達と一緒に玄関の外へと出て行く。
神楽はもぅ、と息を付きながら、嬉しそうに背中を追いかけていったのだった。

.........


「…一人で妊娠して、辛くなかったか?」
いきなりの質問に、神楽は持っていたソーダアイスを口から噴き、ベンチの上にと落とした。
「な、どうしたアルカ?突然。」
口を拭いながら神楽は沖田の方を見る。口から出たアイスはすこしずつ溶け、ベンチから滴り、コンクリートへと模様をつける。沖田の目はからかってる様な目でもなく、真剣に神楽を見ていた。神楽はその目を見ると、少し切なそうに笑い、正面へと瞳を向けた。
「そう…アルナ。辛くって言うか、寂しかったネ。後、不安だった。一人でお腹の中には二人も赤ちゃんが居て、右も左も分からなくて、相談する人も居なくて…。でも、総悟の赤ちゃんが居る…。それだけで頑張れたヨ。」
神楽の瞳の先は、どこか違う所を見ていた。多分、その視線の先には、あの頃の神楽の姿…。
視線を下げ、神楽は足元を見ながら、その足を揺らす。
「―――欲を言えば、蒼と隼人が成長していく姿を二人で見たかったアル。初めて寝返りしたヨとか、初めてハイハイできたヨとか、初めて立っち出来たヨとか、初めてッっ…。はじめッっ…っ。」

込み上げてきた涙を必死に神楽は拭う。頬の上でこすって、目をこすって、それでも後から、後から溢れて来てしまう。沖田は神楽を自分の方にゆっくりと引いた。そして肩を抱く。
「悪かった…。一人にさせて、本当に悪かった…。」
鼻をすすりながら、神楽は違う違うと首を振る。沖田の着物をぎゅっと掴み、嗚咽を出しながら、首を振る。
沖田の胸の着物はたちまち水を帯びていく、ポタリ、ポタリと模様を作り上げるように。それでも構わないと言う様に、更に力を沖田は加える。神楽の背中と首に巻かれた体温から、沖田の気持ちが流れ来る様だった。
神楽はゆっくりと背に手を這わす。沖田の胸に顔を置き、この際濡れてしまえと涙ごと嗚咽を吐き出した。

「―――。だから、だから、今度は俺も一緒に居てやる。気持ちわるがるほど甘えさせてやる。だからココで泣け。全部吐き出せ。そんで次は笑って一緒に進めていきてェと思ってる。」
神楽は何度も頷く。沖田は神楽の頭に手をやり、撫でた。神楽は顔をあげる。
まだ名残の涙を手の腹で拭い、沖田は口を開いた。

「妊娠したんだろィ?」
神楽は目を大きく開いたまま固まった。
「もうそろそろ妊娠する頃だと思ってたんでィ。」
涙も引き、神楽は口をパクパクさせる。
「気付くに決まってんだろィ?毎晩毎晩何度もてめェの中に吐き出してんでィ、妊娠しない方がおかしガハァっ!!。」
「お前…お前ぇぇッ!」
「な、なんでェ。ゴムつけてない時点で考えりゃ分かるだろうが。」
「そ、そうだけど、いかにも狙ってみたいな…。」
「狙ってやったんだから仕方ねェだろうが。」
「何で狙ったあるかァァ!」
先ほどの汐らしい神楽は一体何処へ行ったやら、その顔は怒りに塗れていた。沖田はねじ込まれた腹に足の跡がないか真面目に観察する。神楽は肩でハァハァと息をしながら、沖田を睨む。

「思い出をすり変えるためでさァ。」
沖田は、くっきりと痣になった、腹に置かれた跡を見ながらため息を付き、神楽を見あげる。神楽は全く意味が分からないと言う面持ちで顔を歪めている。
「人生で幸せに浸れる期間を俺は黒く塗りつぶした様なモンだろうが。だったら、もう一度俺の手で、今度こそその時間を幸せに塗り替えてやる。コレ以上ないくれェな。」
神楽は、何か言いたそうにするが、上手く言葉が出てこない様で、ただただ沖田を見ている。
「今度こそ、喜んでやらァ。俺が望んで俺が仕掛けたんだからな。今度こそお前に幸せとやらの時間をくれてやるよ。」
神楽は、肩を上下し、今にも泣きそうに、――――泣いたのだ。
「ほ、ほんとッはァ、不安だったアル。今度こそ、喜んでくれるかって…なのに、お前からっッお前から―――。」
沖田は立ち上がり、興奮してる神楽をぎゅっと抱き締める。神楽は着物の裾をぎゅっと握り締める。嗚咽もそこそこ、搾り出す様に声を出した
「う、うんと、我侭言ってやるネ。」
「どーぞ。」
「ベビー服、買い…まくってやるアルッ。」
「俺にも選ばせろや。」
「こ、こき使ってやるアル…。」
「それでお前が幸せならな。」
「そ、そんな甘やかすナァ…!」
神楽は、泣く。沖田は、笑う。
「今度こそ、一緒に成長を見てやらァ。」
沖田がそう言うと、神楽は涙を拭いながらつぶやいた…。そして笑った。
「――――生意気アル…。」


.....

「オイ、あそこの別嬪なねェちゃんお前の知り合いか?」
滑り台をカンカンと蒼がのぼっていると、後ろから声がし、振り向く。その男の子は蒼より4つ年上の子らしく、神楽を指していた。神楽は蒼の方を見ながら手を振っている。蒼は神楽に手を振り、口を開く。
「母ちゃんでェ。美人だろィ?」
母ちゃん?!その子は声をあげ驚く、うちの母ちゃんなんてもっとおばさんだぜ?なんて聞くと、自然と蒼は顔が緩み得意そうな表情になった。するとその子の後ろから隼人がのぼってきた。
「父ちゃんは?居ねェのか?」
蒼は、すぐに沖田を探す。が、しかし居ない。蒼の顔は瞬く間に不安に駆られた表情へと変わる。隼人はそれを心配そうに見る。半分泣きそうになりながら蒼はキョロキョロとあたりを再び見る。途端、表情が変わる。
「アレ!アレでィ!俺の父ちゃん!!」
蒼は沖田に大きく手を振る。男の子は手を振る方を見る。沖田は4本のジュースを抱えていたが、片手に3本、自分のコーヒーの切り口を噛み、蒼に向けて手を振った。蒼はたまらない様に、滑り台をすべる。後に男の子が滑り、その後に隼人が続いた。
滑り台を下りた所で男の子が蒼に話しかける。
「アレがおめーの父ちゃん?」
蒼は満面の笑みで頷く。
「マジかよ。俺んちなんてもっとおっさんだぜ?」
言いながら男の子は、神楽と沖田を交互に見る。そして、すっげーな!。いいなァ、と話す。

蒼は笑う。隼人も笑う。
その後ろから、沖田の呼ぶ声と神楽の呼ぶ声は二人の背中にかかる。
二人は男の子に歯を見せて笑い、口にした。

『俺らの父ちゃんは、世界一強くて、世界一格好いい父ちゃんなんだ!!』

その男の子にバイバイと手を振ると、一目散に二人は駆ける。
そして、長く、長く、ずっと待っていた、やっと手に入れた、自分達の父親に二人一緒に太陽の様な笑顔で飛びついた―――。


FIN

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