act 56

「名前……?」





平日、木曜日の朝、今日は、遅めのモーニングタイム。
とは、言っても、ここは、神楽の自宅だったりする。

時刻にして、午前10時30分。

少し遅めの朝食を、神楽宅のキッチンで用意して、話題に、華をさかせたのは、言うまでもなく、それまでの人生が、変化を遂げたあの日の出来事。
女子が、四人が集まれば、その話題は、尽きることなく。
恥ずかしがるミツバの口を強引に割らせ、ツンデレの神楽が、いかにデレたかを茶化し、また子がいつも以上に高杉への愛を語り、お妙の勇ましさを称え、そんな話題は、尽きることなく。


お妙は、三人の顔を見回しながら、先週、本屋で買いあさりしてきた、雑誌をひろげた。

出された本の数に、思わず身を乗り出したのは、神楽とまた子。
キッチンで、用意してきた食後の、温かい緑茶を、置きながらも、ミツバも腰をおちつかせた。

「そう。もうとっくに、決めた? それとも決めてない?」

お妙の言葉に、神楽達は、思わず顔を見合わせた。

「決め……」

てないのも、無理はなかった。

「そうよね。式の準備で、バタバタしている、最中だもの」

お妙の言葉に、納得してしまう三人。



怒涛のプロポーズから、早何日。沖田達は、神楽達に、二つ目のサプライズを仕掛けていたのだ。







…………




「結婚式?!」

沖田から、出された言葉が信じれないと、思わず復唱したのは神楽。

「そう、結婚式」

神楽の手の中に、あるネクタイを、取り上げると、自身の首にかけ、それを調整していく。

その横で、神楽は、立ち尽くしたまま。それを面白げに見ていた沖田だったが、その表情の前で、手をひらひらとさせた。

「聞いてやすかィ?」

「き、聞いてるアル! ていうか、めっさ聞いてるアル!」

ようやく、沖田から出てきた言葉の意味を理解したはいいけれど、まだまだ神楽は信じられない様子。
だって、こんな朝っぱらから、しかも、忙しい合間。
なのに、こんな大事な事。こんな内容。

そりゃ、確かに、プロポーズはされた。その言葉に、OKだってした。
いわゆる、幸せ絶頂期。
昨日、沖田が仕事帰り、神楽の自宅へきたのは、午後10時をまわってから。
すっかりパジャマ姿だった神楽だけれど、どうしてもと沖田に言われ、彼の自宅へ。

かと言って、何もないまま、平穏な夜を向かえた上で、この彼からの台詞。

くりくりの瞳を、ただただぱちくりとさす神楽の、意識を覚まそうと、沖田は、そっと神楽の唇に触れた。
わっと、神楽の頬は、淡くそまった。
だって、この甘い空間。沖田から落とされた甘い熱、そして、先ほどの台詞。
それらは、すべて、本当に、この目の前の男が仕掛けた、もうひとつのサプライズ。



「プロポーズ。受けてくれたと思ってたんですが、あれは俺の勘違いだった……」

「ち、違うアル! ちゃんと、ちゃんとお前からの――――――」

「総悟」

「は? えっ……?!」

気がつけば、沖田の顔が、目の前に。

「俺の名前は、総悟っていいまさァ。そんなのとっくに気がついてるんだとばかり思ってやしたが、まさか知らなかったとはねえ?」

一体この男は、いくつ、罠をしかけてくるのだろう。それも、とびきりの極上の甘い罠を。
「だっ……て」

顔は、真っ赤。唇は、わなわなとふるえちゃって、それも、これも、全部、この男のせい。

「神楽」
呼ばれた名前に、
「は、はい……アル」

ただ、素直に応えるしかなくて。

なんか、もう、立てる気がしなくなってきた。

それを見越した沖田は、柔らかく神楽の背に手を回して。

大きくなったお腹を、やんわりと支えてくれた。

なんて、柔らかい瞳をするようになったのだろう。知り合ったばかりの、あの頃、こんな優しい目をする奴だんて、きづかなかった。


「そうご」

恥ずかしさを、ふくみながらも、こぼれたのは、彼の名前。

「なんですかィ」

あ……。こいつ、嬉しそう……。


一瞬、ちらりと、見えたのは、こいつの腕時計。
出勤時間は、もうまもなく。でも、気がつけば、二度目の温かい熱が、唇に触れてた。
触れた瞬間、なんだか恥ずかしくて、瞼を閉じた。
すぐ、そこに、ある温度が、たまらなく愛おしいと思う自分がいる。

名残惜しくも、離れた温度が恋しくて、ほんの少し目を開けると、まだそこには、彼がいた。

思わず息を飲み込むと、……柔らかく、こいつが笑った。

だから、ちょっと怒ってみたら、三度目の熱が、ほっぺに触れた。






幸せって……こういう事……? なんて。




…………



「神楽ちゃん! かぐらちゃ〜ん!」

ハッとし、正面向いてみれば、友人三人の顔。

「何、妄想の世界に入ってんスか?」

また子の言葉の言うとおり、どうやら別世界に意識を飛ばしていた事に気づいた神楽は、大げさに首を振ってみる。
そこでようやく、この部屋は、彼の部屋ではないと気づいて。

「な、何言ってるアル! 別に何も……」

と、言う、いい訳は、勿論この場で通用するはずもなく。

「神楽ちゃん、顔、真っ赤よ」

お妙の、甘い攻撃に、まんまと、のせられてしまって。
でも、神楽も、やられっぱなしでは、いられないと、その話題を、ミツバに、振ったりしてみた。

「ミツバ姉こそ、顔に、幸せって、かいてアルネ!」

「か、神楽ちゃんったらっ」

そう言うミツバの頬は、今の今まで、そまっていた、神楽の頬にそっくりであって。

「ね、ミツバちゃん、土方さんと、最近、どうなの?」

と、言うのは、勿論、あの日のその後の出来事。
ボキャブラリーの乏しい土方が、ミツバにプロポーズをしたあの日。
二人は、どんな風に、経過を辿っているのか、今とばかりに、聞き耳をたてて。

お妙の、攻撃の矛先は、まんまとミツバへと向かったのであった。




  ・・・・To Be Continued・・・・・





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