act 26

その指から伝わる悪夢の様な快感も、涙も、思考も、神楽が全ての感情をシャットアウトした目の前で、たった今まで自分に夢を見せ続けた張本人がすり抜けた。
満員電車の隙間から今開かれたばかりの扉の向こう側へと。

冷徹極まりない沖田はその男の胸ぐらを引きちぎるかの様な力で電車から引きずり降ろした。
するとそれに神楽の周りを囲っていた男達も降りる羽目になってしまった。
動かなかったのは神楽の足。

快感と恐怖、羞恥のためにガクガクと震える足は、その場から動いてはくれない。
しかし神楽の瞳は、沖田を追っていた。

(なんで……あいつがここに……居るアルか――――?)
思ったら、また涙が頬に伝った。
恥ずかしかった。辛くても、辛くても、沖田に知られるのが嫌だった。
だから自分の殻の中に閉じこもった。そしたら辛くなくなった。かわりに記憶が飛んではいたけど、
逃げる事が出来るのなら、どうだって良かった。

歩くのが恐くて、眠るのが恐くて、訳の分からない悪夢に襲われて、どうしたらいいか分からなくて……。

そこまでしてでも守りたかった。
沖田総悟と言う人間に触れる神楽と言う存在を、悪夢から……守りたかった。

でも、でも……。
目の前にいる沖田は……沖田は……神楽の為にと怒りをあらわにしてくれていた。
引きずりだした男の腹に入れた拳をめり込ませた。
おそらく漏れたのは男の唾液とうめき声。それでも沖田はやめなかった。
囲んでいた男達が沖田に殴りかかろうとするけれど、それを避けながらでも沖田は男の頬に拳をめり込ませた。


満員電車の中、神楽は声を出して泣いた。
顔がぐしゃぐしゃになっていくのが分かっても、とめられなかった。
唇が震えて、顔が真っ赤になって、腫れぼったくなって、おまけに鼻水まで出てきてしまったのに、神楽は声を出してみっともなく泣いた。

嬉しくて、安心して、抜け出せた悪夢に、連れ出してくれた沖田の存在が嬉しすぎて、声を出して、泣きじゃくった。

何度だって助けてって本当は声に出して叫びたかった。
この場所から抜け出したいと何度だって気持ちの底から叫んでいた。

確かに遅かったけれど、確かに時間はかかったけれど、沖田は気付いてくれた。
人に助けられはしたけれど、助けてくれた……。
周りの人が、神楽を見ているが、そんな事全く神楽は気にしてなかった。

出発を知らせる音がホームに響いた。
神楽の足はまだ動かないままだったけれど、その神楽の肩にゆっくりと触れた手は、そっと前にと歩かせた。

きっと、周りの人も気付いたに違いなかった。
泣きじゃくる神楽と、その神楽の側から引き離された男、そしてそれを殴り続ける男……。
このままでは電車は出発してしまう。そんな風に思った電車の中の女性達は、神楽の肩をやさしく掴んでホームへと立たせた。

まもなく来たのは駅員だった。

女性達は、神楽をお願いしますと頭を下げ、鳴り終わった出発のベルと共に、電車へと消えた。

興奮が神楽を包んだまま逃さない。
神楽の体は震えているままだった。そして集まってきた駅員の姿を確認すると、神楽に今まで酷い目にあわせてきた男達はちりじりになったまま消えた。

それを沖田は追いかけるかと思ったが、簡単に逃がすと、神楽の元へとやってきた。




(こんな汚い顔……見せられないアル……)
神楽は駅員から貰ったハンカチで顔を覆った。
あっと言う間にハンカチは濡れた。

大丈夫? 駅員が言ったけれど、興奮したまま泣きじゃくる神楽は何も言う事が出来なかった。
「とりあえず、従業員用の個室があります。そちらへどうぞ」
駅員はそう神楽の肩を持った。

けれど次の瞬間、神楽に触れたのは、血の混じった沖田の匂いだった。
唖然とした駅員を見る事なく、沖田は神楽を抱き締めた。

「おき……っ、おきたぁ……っ」
「ずっと……気付いてやれなくて……悪かった」

あぁ、彼が何回か言ってくれたこの台詞の意味が、やっと自分に届いた。
神楽はそんな気がした。
おびただしい数の涙の跡が、神楽の頬に流れては消えた。
堪える事もなく、神楽は体をしゃくりながら泣き声を発している。

強いくらいの力で自分を抱き締めてくる、この男の温もりに触れて、負けじと神楽も沖田を抱き締めたまま泣き続けた。
彼がいるから、きっとこの娘は大丈夫……。
そう思った駅員は、静かに二人の前から姿を消していた。

沖田の胸ポケットは、神楽の涙でぐしゃぐしゃに濡れてしまった。
そうする事が出来て、良かった。自分の中に、神楽を取り戻す事が出来て、本当に良かった。
沖田はそう思わずにはいられなかった。

神楽の頭を優しく撫でながら、硬派をスタイルにしているはずの沖田だったが、惜しげもなく桃色の髪に唇を触れさせた。
何度も、何度だって……。

「あり……がとう……」
自分の中から涙交じりの声が聞こえたので、沖田は神楽の顔を見下ろした。
やっぱり涙で顔は可愛くない程に腫れて、おまけにまっかっか。
それでも、沖田をまっすぐに見ながら、神楽は繰り返した。
「助けてくれて……ありがとう」

沖田の中で、込み上げてくるものがあった。
それは恋とか、愛情とか、なんだか分からないけれど、沖田の胸の中をいっぱいに溢れさせた。
「本当に、良かったと思ってまさァ。お前が向こう側から、二度と戻ってこねーんじゃねぇかと思ってたから」
自分自身がそう言った事で、こんなにも恐怖を感じていた事に今、沖田は気付いた気がした。
あの一瞬、躊躇わなかったわけじゃなかった。
壊れるかもしれない。

本当に一瞬、そう思った。

けれど押さえられなかった自分自身の怒りまじりの衝動と、もし壊れても、責任を一生取り続けてもいいと言う覚悟の元で足を踏み出した。
そしてその思いは、今でも変わらない。
神楽が変わってしまっても、きっと自分は神楽を一生愛する事が出来ると言う確信があった。

それほどまでに惚れこんでいる自分がいる事を素直に認めるきっかけとなった。

自分の腕の中に居る神楽は、きっとあの神楽だと沖田には確信がある。
そして守ってやる……沖田はそう誓った。


温かい沖田の温度に触れながら、神楽はいくつもの思いをめぐらせていた。
沖田は、一体どうやってしったと言うのだろう。
そしていつから知っていたのかと言うのだろう。
何を知っているのだろう……。
思う事はありすぎたけれど、沖田の初めてみるほどの優しい笑顔をみると、何も聞けなかった。

「ありがとう……」
自分には、これしか言えない。
そう神楽は泣きながら微笑んだ。

沖田は両手で神楽の顔を包むと、こんな場所で唇を触れさせた。
「こんな時に、俺の前で笑うな。泣きたきゃいつまでだって、泣きゃーいいんでィ。俺がずっと、見えねー様に隠してやるから」
なぜこいつはこんなにも……。
沖田の言葉に触れた神楽は、頷きながら、また泣いた。
どれだけ泣いたって、今の神楽には足らない。だから好きなだけ泣かせてやりたい。
その涙が、安心からのものか、まだ残る恐怖からのもなのかは関係なく。
沖田はそう思いながら、ひたすら神楽の背をさすり続けた。









「総悟 !!!」
ようやく落ち着いてきた神楽の手から離そうとした沖田の背に、聞き覚えがありすぎる声がかけられた。
二人して振り向くと、そこには土方達が居た。

再び神楽の体はぎゅっとかたくなった。
沖田は神楽の手を、優しく握った。
息を切らして目の前に立つと、沖田は大丈夫だと言うように手をあげた。
「どうしてここが、分かったんですかィ?」
「通話が切れた時間を照らし合わせりゃ、訳ないだろ? 機械みてーに動くだけなんだからよ」
そして土方達は、沖田が携帯を切った時点で暴れるだろうと軽く予想し、強制的に降りらされてしまうだろうと考えたらしい。多少の誤差はあるものの、さすがと言うべきだった。

あとは、タクシーで飛ばせば何とかなった。

神楽は土方達と沖田を見比べた。
(何処まで知ってるアルか?)
男四人を前にした神楽は、急に不安に駆られた。
そんな神楽に、近藤でさえ、何も言えなかった。
神楽が見ていたように、自分達もネットを通じてその現場を見てしまったなどと知れば、きっと神楽を追い詰めてしまう。

近藤は包み込むように笑いながら神楽の頭を撫でた。

「もう大丈夫だ」
神楽の顔が明るくなる事はなかったけれど、納得したように頷いたので、ほっと肩をおろした。
「で? 奴らは?」
高杉が沖田に言った。
「いや、とりあえず逃がした。優先順位を考えた上でね」
「そうか」
取り逃がした事に対して、高杉は何も言わなかった。きっと高杉にも優先順序があり、それは沖田と同じだったという事なんだろう。
「これからどうする? すぐに追うか?」
土方の問いに、今度は考える沖田が居た。
逃げた男達が、今度何をしてくるのか、今の所想像がつかない。
あの画像を、ばらまいたっておかしくがない。そんなに時間がない事は分かっているが、このまま神楽を一人にする気にはなれない。かといって、自分ではない誰かに任せる気にもなれなかった。

そして気がかりな事がもうひとつ。
ネットに書き込んでいるのが本当ならば、今日神楽に与えた媚薬の量は、今までのものよりキツいものだと書いていた。神楽の体に、なんかしらの変化があらわれてもおかしくない。
しかし何処で、どのタイミングで……?
考えれば考えるほど、普段冷静な沖田の脳が混乱していった。


きがつくと、沖田の口が開いていた。
「体の方は大丈夫かよ」
「体……?」
首をかしげた神楽だったが、すぐにハッと何か感ずいたようだった。
沖田がしまったと思った時には、……もう遅かった。

カッと赤面した神楽の顔は、みるみるうちに青ざめてしまう。
「――なんで知ってるアルか?」
「い、いやチャイナさん……俺たちは何も……」
「俺たちは……?」

近藤までもがハッと口を塞いだ。
「あれを……見たアルか?」
神楽の顔は羞恥でまみれ、わなわなと震える唇を、必死に噛んでいた。
「何も見てねぇ」
「嘘アル!!!」
ホームに神楽の声が響いた。
何も見ていないと言う沖田の顔は、ポーカーフェイスそのものだった。
こんな時の沖田は、どんなにやっても表情を崩さないのは、神楽もよく知っていた。
視線を高杉の方へとやってみた。しかしこの男も沖田動揺、感情を隠すのがうまい……。

見られたくなかった。 あんなもの、自分じゃないのに……!
たまらず神楽は沖田からすり抜けた……はずだった。
逃げようとする神楽の行動は、とっくに沖田の想定ずみだった。
神楽の手を掴むと、沖田はひょいと神楽を肩に担いだ。

「はな……っ、離せ!」
バタバタと騒ぐ神楽のスカートを手で押さえつけた。
「オメーが逃げようとすっからだろィ」
「だって! だってお前ら……っ」
思いだすだけで恥ずかしい。画面の中で淫らになる自分の音も、声も、それに快感を感じる自分の体も……。


(あんな所見られて……一緒になんていられないアル……)
唇を噛んでは、漏れた涙をズッと鼻ですすった。


「見たらどうだってんでェ」
想像していたようで、想像していなかった沖田の言葉が、神楽の動きをピタリととめてしまった。
「悪りィけど、オメーより俺の方が、本当はずっと我慢してんでェ。それ分かって言ってやがんのか?」
「なに……我慢って……」
逆さになっている神楽から声が漏れた。
朝のラッシュが終りつつあった駅のホームに、沖田の声が響いた。

「本当は、今すぐにでも高杉や土方の野郎をぶっとばしたくてたまんねーんでェ」
この台詞には、まったく想像してなかった神楽が唖然となった。

しかし沖田の表情は、驚いた事に、神楽には見えないだけで至って真剣だった。
「俺は俺以外の誰にだってオメーを晒すつもりはねェ。そりゃ今もこれから先だってそうでェ。ただ今回の事は、気付いてやれなかった俺が一番悪いと思ってまさァ。だからこうしてあの動画を見たこいつらの事を、何もなかった事にしてやってんでェ。テメーの羞恥心なんざ、俺の気持ちにくらべりゃ小っせーもんだろィ」

「な……っ」
そんな事ない。本当はすぐにそういいたかったけれど、聞こえて来る沖田の声が、神楽の耳にも真剣帯びて聞こえてきたため、言う事が出来なかった。
どさくさに紛れた沖田の思いは、もしかしなくても嫉妬心。
それがそうだと気付くのに、神楽は少し時間がかかった。

「分かったら、ちっとは大人しくしやがれ。俺以外の誰にもオメーを晒すつもりはねぇと言ってンだろィ」
言いながら、沖田は神楽のスカートをぐっと下へとひっぱった。
肩に担いだのは自分なのに……思いながら神楽はぐずっと鼻をならしながら、ちいさなほっぺを膨らました。

こんな公衆の面前で一体何を言い出すやらと土方と高杉は笑ったけれど、それも神楽の事を思うゆえ、そして傷ついたままでいなくてもすむ様にとの沖田の思いやりから来るものだと分かっていた。

「沖田のばか……ばぁーか」
ささやかな神楽の仕返しは、沖田の胸にすぅっと入っていき、溶けてしまう。
けれど沖田は笑った。
神楽が傷つかなくてもすんだと、また神楽が神楽でいられて良かったと……。


……To Be Continued…

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