act 25



うっすらと目を開けた神楽。
しかしすぐに目を見開いた後、ゆっくりと体を起した。
外は明るいが、いつもの目覚ましがまだ鳴っていない。神楽は手を伸ばし、時間を確認した。

まだ6時ほんの少し前。

神楽は、そっと自分の隣に居たはずであろう体温を探した。
まだ、温かい。

さっきまで、ちゃんと、其処に居てくれていた証拠……。

(ちゃんと……約束守ってくれていたアルか……)

さっきまでその場所に居た沖田の場所に、自身の体を重ねた。
いつもだったら、自分の匂いがする布団に、沖田の残り香がある。
それに酔いしれるように、神楽は目を閉じた。



浮かんでくるのは、昨夜の沖田と自分。
自分自身なのに、近頃よくわからなくなる事がある。
不安でどうしようもなくて、けれどそんな自分の事を、沖田は守ってやると言ってくれた。
そんな自分の事を、好きだと言ってくれた。

神楽は、まだ覚えている感触をなぞるように、自分の唇に触れた。

優しく、それでいて、荒々しい……獣みたいなキス……。

守る様に抱き締めていてくれた沖田の腕の中で、いつも見るのに、覚えていない悪夢にも怯える事はなかった。
そっと背中に回したら、返すように、回された腕。
沖田の心臓から聞こえるちょっと早い生きている証の音は、たったそれだけで、神楽を安心させ、温かい眠りに誘った。
抱き締めているその手は、夢の中ででも、神楽を守っていた。

けれどそんな沖田は、もう居ない。
昨夜言っていた様に、陽の光が神楽を照らし、悪夢が襲ってこない事を確認し、出て行ったのだろうか。

神楽はゆっくりと体を起した。

「――――おきた……」

呼んでみたけれど、返事はない。
自然と体が動いた。
ガチャリとドアを開ける。

「――――おきた」

ちょっと大きな声で言ってみた。けれどやっぱり返事はない。
諦めたように神楽は家の中へと入った。
いつもより体が軽いのは、きっと沖田が夢の中ででも守ってくれたから。
睡眠と言う人間の中で大切な時間を、守ってくれたから。

いつもなら、朝になると、それだけで吐き気がした。

けれど今日は、学校に行くのが嬉しかった。
沖田に早く逢いたい。
その思いは、神楽の意識をはっきりさせていった。

それと同時に、神楽にふとした思いが過った。

記憶のつじつまの曖昧さ……。

お弁当を作っている自分、なのに、通学路での記憶があまりない。
いつも通りの時間だから、あっと言う間に時が過ぎているだけ。そんな風に自分自身を誤魔化していたけれど、あれは自分自身の中で、誰かがそうさせていたのかもと思えてきた。

思い出しちゃいけない。
考えるな。

そう自分の中で、自分が言う。
神楽の頭にズキンと痛みが走った。

分からない。
時々自分が分からなくなる時があった。思い出せ。そう思うのに、それを誰かが拒絶する。

また頭に痛みが走った。

ぎゅっと目を瞑る。逃げちゃいけない気がする、そんな思いにとらわれるも、もう一人の自分がその思いを遮断した。
「頭が……痛い……助けてヨ、沖田ぁっ――――」

うずくまる神楽。
必死に立ち上がろうとする。痛さのあまり、ぎゅっと目をつむった。
どんどんと痛みを増していく頭痛は、神楽の思考を奪っていってしまった……。










ホームへと電車が入ってくる。
その白線の前、神楽が立っていた。
既にホームには人がごったがえしている。
其処に、沖田は居た……。

神楽の目には、昨夜の様な光は、既にない。
虚ろで、暗い……。



――――沖田――――

早朝、神楽が沖田の名前を呼んだ時、確かに彼は其処に居た。
しかし今度は返事するわけにも、出て行く訳にも行かなかった。
今日で、この悪夢を終りにする。彼はそう誓っていた。
息を殺し、気配を消し……。

そんな沖田の待っている中、いつもの時間になると、確かに神楽は出て来た。
しかしその時には、あの神楽の綺麗な瞳は、酷く暗く淀んでいた。

沖田は唇を噛み締めた。
ほんの少しまで、其処で自分が神楽を守っていたにも関わらず、悪夢は外に出てまで神楽を取り込んでいた。

出て行きたかった。
出て行って、頬を叩いてでも、起こしたかった。そして助けてやりたかった。
けれど、更に待ち受ける悪夢に、あの神楽を引き合わしたくない、昨夜、自分の唇に重ね、淡く頬を染めた、自分の事を好きだと言ってくれた、大切な自分の女を辛い目にあわせたくない。そう思ったのも事実だった。


ふらふらと歩く神楽の側で、沖田は何度側に駆けつけようとしたか分からない。
早く終わらせたい。
そう思う沖田は、必死の思いで自身を抑えた。


満員電車の中。
ふらふらと神楽は、人に押されるように入っていく。
そして反対の扉側に上手く誘導される形となった。

沖田の視界に、神楽を囲うような男達が入った。
見るところ、大学生と言った感じだった。
沖田は、男の顔を見る。
分かっているのは、神楽を囲むように立つ男四人組み。
もしかしたら、隠れているだけでもっと居るかもしれない。
けれどそんな事、沖田にとって、どうでもいいことだった。何人いようが、必ず見つけ出すつもりだった。
絶対に顔を忘れないと、男の顔を隅々まで、沖田は見ていた。

遠目で神楽の顔を確認すると、すぐに神楽の様子が変わったのが沖田に分かった。

窓ガラスに、吐き出された温かい吐息の跡が出来ては消え、出来ては消えとしている。
頬は、淡く染まり、ぼぅっとさせたかと思えば、華奢で小さな体が跳ねて……。
其処で何が起きているのか、神楽が今どんな状態なのか、悲しいが沖田にはすぐ理解が出来てしまった。

込められたのは、沖田の拳。
ギチギチと音を鳴らし、歯を食いしばる。
何故、一番守りたい女を、一番残酷な目に合わせているのか、自分自身の神経を疑わずにはいられなかった。
本当なら今すぐその側へとより、神楽の中で淫らな音を奏でるその指をひっこ抜き、全て折ってしまいたかった。



「――――オイ。分かってるだろうが、絶対手を出すんじゃねーぞ」
聞こえたのは、携帯ごしの高杉の声だった。

沖田は怒りで思考がままならない。
「オイ、聞いてるのか?」
何も応えない沖田に不安を覚えた高杉の声が、携帯から沖田の耳へと入る。
しかしやはり何も応えない沖田に、簡単に沖田の状態を想像出来てしまった近藤が、たまらず言葉をかけた。

「総悟……総悟! 堪えてくれ――チャイナさんの事を思うのなら、今だけ、これで全て終わるから、堪えてやってくれ……」


「――――分かってまさァ――近藤さん。今だけ、今日だけで全て終わらせる。何がなんでも、終わらせてやる。そのためにこの役を買ってでてのは俺自身。ちゃんと理性を保ってやりやす……」
後ほんの一本でその糸もちぎれてしまいそうだけど……沖田はそう思いながら近藤に応えた。

「そうか――。お前が辛いのは、よく分かっている。だからこそ、助けてやれ。チャイナさんを、救ってやってくれ――――」
沖田が理性を保つ事が、神楽を救う事に繋がる。
近藤はそう言葉に思いを込め、言葉を搾り出した。

「あぁ、分かってまさァ、近藤さん」

通話中である沖田の声は、電車の音に遮断され、神楽の元へは届かない。

もし失敗すれば、神楽の精神は壊れてしまうだろう。
分かっているからこそ、皆が心配していた。



電車の扉に両手を、神楽は必死に快楽と意識の狭間で戦っていた。
息は、先ほどより短く荒く、淡くぷっくりとした小さな唇を噛み締める神楽の顔を見ていた沖田は、思わず視線をそらした。

――見たくねぇ――

そう思って当然だった。
沖田の頭の中に、あのネットでの動画が浮かび上がった。
本当なら、ちゃんと段階を踏んで、そうなっていくものだと、誰しもが思っているはずだった。
こんな風に、無理やり、本人の心を壊して奪い去るものではない。

神楽と自分がそんな風になるなんて、まだ付き合ってもいない沖田は考えないようにはしていたけれど、けれどもし、神楽と自分が付き合えるのならば、その思いが通じたなら、通じたからこそ、その相手は自分であって欲しく、また、泣くくらい優しくしてやりたかった。

沖田の目の前で起こっている現実は、神楽本人だけでなく、沖田にも残酷だった。

「総悟――――大丈夫か?」
冷静でいて、かつ珍しく本気で心配しているのは、土方だった。
沖田は、喉がカラカラになっていたのに気付き、一度喉を鳴らした。

「俺が……俺くれぇ大丈夫じゃねーと……アイツを救えねー……」
言った沖田の視線は、電車の振動と、指に弄ばれ翻弄される神楽に注がれている。
その沖田の声は微か震えている。
携帯の向こう側から、土方の喉が鳴ったのが、沖田にも伝わった。

「あいつを……助けられるのは……オメーしかいねぇ。頼むから……助けてやってくれ」
土方にとっても、高杉にとっても、勿論近藤にとっても、神楽は大切な友人である。
短気で、けれど神楽の事を本当に大切に思ってる沖田に、全てを託す……そう土方は願った。





神楽の呼吸はどんどんと高ぶっている。
その魅せる顔は、やはり普段の神楽とは、かけ離れていた。性を感じる、女の顔だった。

早く終わらせてしまってくれ――。
そんな事を思っていた沖田の目に、唇を動かしている神楽が見えた。
快楽と快楽の合間、開かれているのは、たった三文字の言葉――――。

あの動画での神楽の言葉が、沖田の脳内に、フラッシュバックした。

沖田――。

沖田の心臓の音が、跳ねた。
その沖田の視界の中、信じられないものが映った。
首をぶんぶんと振り、拒絶をし始めた神楽。
顔は見る見るうちにくしゃりと変化し、堰をきった涙が、いっきに神楽の頬へと流れていく。
その泣き声は、簡単に電車の音に飲み込まれていく。

仕込まれた自身の体に訴えかけてくる快楽に、翻弄されたくないと、暴れてみたが、その神楽を男達は、意図もたやすく固めた。

刹那、神楽の体が、大きく跳ねた。
強められたその指の動きに、快楽と戦い、嫌だと、触らないでと首を振るのは、その行為をやめてと拒絶するのは――――。




「――――――――おき……た?」
重なった視線、二人の間には、人で溢れ帰っているのに、嫌だと、助けてと拒絶し首をふる神楽の視線に映ったのは、紛れもなく、――――沖田だった。

一度唖然とさせた顔は、前よりも更にぐちゃぐちゃになった。
流れ出した大量の涙は、私のことを見ないで――そう言っていた。







「悪りィ――――土方さん。――――やっぱ俺……無理みたいでさァ……」
「そっ――――!!!」






プッ……プー……プー……プー……っ。





……To Be Continued…
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