act 24

「ね……、沖田、居る?」
閉められた空間の向こう側、神楽の声が沖田にかかったので、沖田は布団の中から体を起した。
襖の向こう側にいるであろう神楽を、沖田が見つめる。

「ちゃんと、ココに居まさァ」
言ったあと、布団のこすれる音がし、またシンとなった空間が訪れたので、沖田は安心した様に、布団の中へと体を戻した。




守ってやりたい。
そう思ったのは、けっして嘘じゃない。
けれど、何故惚れた女の部屋で、襖一枚隔て一緒に寝ているのかと、今更ながら唖然としていた。

本当は、神楽を落ち着かせた上で、また外で見守るつもりだった。
けれど、神楽はそれを酷く嫌がった。

怖くてたまらない。
何に怖いのかが分からないのも、怖い、そう言った。

神楽が安心するまで、神楽の気のすむ様に、そう此処に居る理由をつけては見たが、正直心臓の音だけは、正直だった。
こんな所で、こんな風にしている場合じゃないと後ろめたさが自分に降りかかる。
そんな中、聞こえてきた神楽の言葉、平常心を揺さぶるには十分だった。
けれど沖田は、平静を保つ事になんとか成功した。

でも、そんな沖田に、神楽の二度目の言葉がかかった。

「ね、沖田……起きてる?」
「――――起きてまさァ」
再び静寂が戻った。
意味もなく、沖田の心臓の音が大きくなったのを感じた。

さっさと、神楽が寝てくれりゃいい。
そうすれば、静かに外へと出られる。沖田は、そんな事を考えながら息をつく。

「沖田居る?」
「居まさァ」
沖田の言葉のその二秒後、すぐに同じ質問が繰り返された。
若干イライラとしつつも、沖田は同じ言葉を繰り返す。
しかしまたすぐに同じ言葉が繰り返される……。

「ね、沖田――――」
刹那、勢いよく開いた襖の音が、部屋に響いた。
「っ何なんでェ!」
額に青筋を浮かべている沖田は、仁王立ちで、パジャマ姿の神楽を見下ろした。
さすがの神楽も、これには息を呑んだまま固まっていた。

「早く寝ろィ! ちゃんと此処に居てやるって言ってるじゃねーか!」
怒られた神楽は、バツが悪そうに沖田から目を離すと、いじいじと拗ねるそぶりを見せ始めた。

「だ、だって、お前、私が寝た後、帰るつもりなんダロ?」
「……そんな事ねぇ」
「嘘アル!」
いつもの様に、サラリと嘘をつけば良かったのに、出て来た言葉は、後ろめたさにまみれていた。
神楽は、座ったまま沖田を見上げ、再び口を開いた。

「ちゃんと居てくれるか、不安でたまらないアル! もしかしたら、寝ている間に居なくなってしまうかもって思ったら、怖くて寝られないのヨ!」
暗い室内、小さな淡いオレンジ色の光の中で、神楽の泣きそうな顔ともに、大きな声が響いた。
沖田は言葉につまった。
神楽に図星をつかれた事、自分がこんなに神楽を不安にさせてたと言う事。

――――守ってやる――――

頭の中に、自分の口から出た言葉が、響いた。

「居て……やらァ。居てやるよ……」

後ろでに、沖田は襖を閉めた。
あるのは、小さな光だけ、一度、沖田は思わず生唾を飲み込んだ。
驚いた表情をさせる神楽を見下ろすと、一歩足を進んだ。
神楽の方も、ゴクリと喉を鳴らした。

と、沖田は、その場に腰を下ろした。
「どんなに我侭なんだテメーはっ」
言いながら、神楽の手を引くと、布団の中へと押しやった。
「此処に俺が居たら、居なくなるかも、何て思わなねーだろう?」
沖田の言葉に、神楽は唖然としている。かまわず沖田は続けた。

「ずっと、テメーが寝るまで居てやる。朝になって、陽の光がテメーの顔を照らすまで、ちゃんと居てやる」
見上げる神楽に、沖田の真剣帯びた声が聞こえた。
神楽は何を言う事もなく、静かにうなずくと、引かれたままの沖田の手を離さないまま、すぅっと寝息をたてはじめた――――。






まどろむ意識の中、沖田が目を覚ますと、神楽の声がはっきりと聞こえてきた。
何時の間にか、神楽と交差する様に寝ていた体を起すと、神楽のパジャマが湿っている事に気付いた。
すぐに意識を覚醒させた沖田は、神楽の様子を確認した。

首を振り、額に汗をビッショリと掻き、神楽は呻き声を発している。

「オイっ、オイっ」
軽く頬を叩いてみたが、よほど悪夢に捕われているのか、神楽は気付かず、尚もうめき声を上げている。
冷や汗を掻くように焦った沖田は、今度はもう少し強く神楽の頬を叩いた。

「チャイナっ! オイ!」
やはり神楽は起きない。
どれほど前から、悪夢に捕われているのかも分からないが、だからこそ早く其処から救ってやりたかった。
沖田は、神楽の体を強く揺すった。

「起きろ! チャイナっ!」
刹那、大きく息を吸い込んだ神楽が、瞳孔をかっ開き目を覚ました。
たった今の今まで恐怖と戦っていたのか、いつの間にか握り締めていた神楽の手のひらには爪の跡が食い込んでいる。全身は、震え、まるで全力疾走をした後かの様に息は上がっていた。
状況を把握できていないのか、神楽はキョロキョロと視線を巡らしている。

「チャイナ」
「お……きた……」
呼ぶまで気付かなかったのか、其処に沖田が居ることに今気付いた様に、一度体をビクつかせ、視線で追いかけ、その体を脱力させた。

「大丈夫か?」
沖田の言葉に、神楽はハッとし、汗ばんだ体を確認した。
「わ、私……」
「思い出すな」
間髪いれず、沖田の声が響いた。


「――――何も思い出すんじゃねぇ」
神楽の額の汗を、そっと沖田は拭った。
何ひとつ、思い出さなくていい。沖田はそう思いながら、神楽の頭を無意識に撫でた。
改めて神楽の体が汗にまみれている事を確認すると、沖田は腰をあげた。

「待ってろ、今タオルを――――」
立ち上がろうとした沖田のシャツを、神楽が掴んだ。そして、そのまま首を振った。
沖田は、軽く息を吐いた。


「すぐに戻ってくらァ。タオル探しに行くだけだっていってんだろィ」
神楽の汗を拭ってやりたい。
そう思った行動だったが、神楽はやっぱり首を横に振った。

「……離れないでヨ」
冗談の瞳じゃない。本気で神楽はそう思っているらしかった。
何を言っても無駄だと分かった沖田は、腰を落ち着かせた。

「分かった。だからもう寝ろ」
けれどこの言葉にも、神楽は首を振った。
「恐くて、眠れない……」
神楽は眠る事を拒否していた。

もしかすれば、神楽はこうして毎日の様に悪夢に魘されていたのかもしれない。
と言うか、きっとそうだったのだろうと沖田は思った。
朝の地獄の様な瞬間だけではなく、本来ならば心地よく眠れるこの時間まで神楽を苦しめていた事に、沖田は、静かに怒りをあらわにした。

誰にも助けてもらえず、いつ覚醒するかもしれないまどろむ意識の中で、ずっと神楽は苦しんでいる……。



――――反射的に沖田の手が、神楽へと伸びた。


「――――沖田……?」

きつく抱き締められた自分の体に、神楽は驚きつつも信じられないと言う面持ちで言葉を出した。

「すまなかったっ……ずっと……守ってやれなくて……悪かったっ――――」
「ど、どうしたアルっ、何でっ――――」

届かなくても、いい。
それでも言わせてくれ。
沖田は、言葉を噛み締め、神楽の華奢な体を抱くその手に力を込めた。

神楽の様子から見ても、何も分かっちゃいない様だった。
けれど、抱き締められているその手の力にさえ、神楽は安心感と喜びを感じていた。
神楽は、沖田の制服をきゅっと掴んだ。
訳もわからないのに、神楽の頬に、一度だけ涙が伝った。
その伝わった涙の意味は分からないけれど、悲しさと、嬉しさと切なさが、ぐちゃぐちゃと心の中を占めて、神楽の顔はくしゃりと崩れた。

「何でヨ……っ……何で涙が出るアルかっ」
言いながら神楽の声は涙にまみれた。
「助けて、助けて沖田っ――――――」

勝手に出て来た言葉の意味も分かってない神楽の言葉は、途中で掻き消された。
ふわりと自分の唇に感じた沖田の感触で……。

神楽は信じられない様に、両目を見開いた。
頬に伝わり、濡らした涙の跡が、天井からのオレンジの光に照らされた。
名残惜しく離れた跡、本当にたった今まで自分に触れていたのかと、神楽は自分の唇をなぞった。
まだ少しあたたかい気がする。

神楽の視線は、ゆっくりと沖田の方へと向う。
その視線の先、向かい側の視線は、まっすぐに、自分の方を見ていた。
あまりに真っ直ぐ見られていた神楽は、その視線から目を離せなくなってしまった。
言葉さへも出てこない。

沖田は、神楽の項へと、自身の手を滑り込ませたかと思えば、静かに引いた。
そして、あとほんの五センチで、ふたつの温度がくっつく……其処でピタリと止めた。

「神楽」
初めて呼ばれた自分の名に、神楽は心臓の音を、簡単に沖田へと届けた。
「好きだ……」



息を吸い込んだ音が沖田に届いた。
唇をかすかに空け、その瞳は、まだ信じられない様に揺れている。

「俺はオメーに惚れてる」
いまいちど、神楽の心臓はドクリと鳴った。
そして、その直後、今まで止まっていたその涙が、頬へとまた伝った。
神楽は鼻をすすった。

「わ、私も……ずっとお前の事っ……好きだってっ――――」
少し乱暴に引かれた自分の唇に、さっき名残惜しかった温度が、また感じられた。
神楽の意識に、今度は嬉しさが広がった。

一度目みたく、優しくもなければ、柔らかさもない。
まるで、侵食されるみたいに、奪われるみたいに……今までの全部をぶつけるかの様に、沖田は神楽の唇に重ねた。
離れては、息つく暇も与えられないままにすぐに奪われ、右からだと思えば、間髪いれずに今度は左から奪われて……。
神楽の息は、あっと言う間にあがった。
そんな事は沖田だって分かっているはずなのに、それでも歯止めが利かなかった。
どんどんと神楽は苦しくなった。
なのに、幸せな気持ちも、嬉しくてたまらない気持ちも、どんどんと膨らんでいった。


けれど、其もここまで、神楽はついに息がもたないと、沖田の胸板をどんどんと叩いた。
反射的に離れた沖田の体。
肩を上下させ、けれど今まで感じられていたその感触に酔っている様に、神楽は意識をトロンとさせていた。
小さな唇から吐き出される悩ましげなその吐息、苦しさで、淡い光の中紅潮した頬、沖田は、すぐにでも神楽を欲しくなった。

そんな中降ってきた意識の中には、神楽の事を守ってやりたいと思う紳士な気持ちがあった。
息があがったのは、神楽だけじゃない。
唇を拭ってやる沖田だって、十分にその体から、熱を発していた。
むしろ、その熱から冷めたくないとさへ思っていた。

けれど……。

「わ、悪かった」
離れてしまった熱とともに、沖田自身も冷静さを取り戻した。
そんな沖田の手の届く距離、神楽は今更恥ずかしそうに、視線をそらす。

「べ、別に……いいアル。って言うか……」
ごにょごにょと語尾が聞こえない。
けれどその言葉の途中で、どんどんと神楽の頬は真っ赤になっていく。

何かを察したのか、沖田は、再び神楽の肩に手を置いた。

神楽の体は、ビクリとした。
けれど拒絶ではないと沖田には伝わった様で、静かに沖田は顔を傾け、俯きかげんの神楽の唇をすくった。
神楽の口から、悩ましげな言葉が漏れた。
ドクリと脈を鳴らしたのは、勿論沖田。
けれど、その雑念を振り払う様に、沖田は尚も優しく神楽の唇を奪った……。




「今度こそ、俺が助けてやる」

すぐに落ちて来た温度に夢中な神楽は、言葉の意味が分からない。
それでも、幸せそうに、沖田の袖を握った。

そんな神楽を感じながら、明日神楽に起こる最後の過酷な悪夢を、頭の中で、沖田は必死に振り払っていた。


・・・・To Be Continued・・・・・


_……To Be Continued…
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