※このお話は、次に始まる新連載の沖神の遠距離ストーリーの序章になります^^




二月の空気は、肌が痛くなる様な冷たさでふきつける。
けれど、今日だけは、体全部がほかほかしてる様な気がした。
それはきっと、緊張のせいで、体の中で、ドクドク血液が巡っているからだと神楽は思った。

机の中にある、ソレを、神楽はそっと掴んだ。
隣の机の沖田は、朝から放課後の今まで、休み時間のたびに、ずっと呼ばれ続けていた。
そして、現在もまだ、沖田の机の上には、奴の鞄が置いてある。

一年で、一回、バレンタインデーと言う、チョコレート会社の策略によって作られたこの特別な日は、
確かにいま、神楽の背中を押してくれていた。
一週間前、また子経由で、沖田は、今年本命のチョコレートしか受け取らないと学校中で噂になっていると聞いた。沖田総悟が、チョコレートを受け取った時点で、運命の赤い糸は、沖田の小指と結ばれる事を約束してくれている。
女子は大いに気合を入れた。
そしてその中の一人に、顔を見合わせると口げんかから始まり、罵りあい、とっくみあいにと発展する関係を変えたいと思っている神楽の名前も確かにあった。

準備は万全だった。本当はいけないけれど、銀八の仕事を放課後手伝って、お小遣いを貰った。
そのお金を元に、大分前からお菓子作りの特訓をミツバにつけてもらった。
クッキーにしようか、しゅーくりーむにしようか……。頑張ってチョコレートケーキにしてみようか……?
フォンダンショコラは散々の心配続きで断念。だったらパウンドケーキにチョコチップを混ぜて……。でも何か色気が足りない。だったらガトーショコラはどう……? 

ミツバのその言葉で何度も作ったガトーショコラ。
卵白の泡立てが上手くいかなくて、混ぜ方がよくわからなくて、何度も失敗した。でも諦めなかったし、諦めたくなかった。失敗したガトーショコラは喜んで銀八が食べてくれた。

そして、やっと上手く焼けるようになったので、次はラッピング!
色んな店をまわりに回った。お妙やまた子にも付き合ってもらった。色んなラッピングで、あ〜でもない、こ〜でもないと……。

そして完成したのが、昨日。
片思いのミツバとまた子だって一緒に頑張った。お妙は誰にもあげる予定はないけれど、友チョコをあげるためにと付き合ってくれた。
高校3年生。もうすぐ卒業。卒業したら沖田は遠い大学に言ってしまう。だからこそ神楽は頑張りたかった。
運命を決める今、神楽は、心臓の音で鼓膜が避けるんじゃないかと思うほど、緊張していた……。

「神楽ちゃん! 沖田さんが今一人で裏庭に居るって! ほら、今よ!いってらっしゃい」
教室へ走りこんできたお妙が息をきらしながらそう言った。
「沖田さん、まだ誰からも貰ってないですって!」
続いたお妙の言葉に、神楽は強く頷いた。
机から一気に引っ張り出した、蒼いリボンでラッピングされた箱を大切に抱え、神楽は一直線に裏庭へと急いだ。







息を切らしながら、裏庭へと着くと、見えたのは、沖田のキャラメル色の髪。
間に合ったぁ……そう思いながら、深呼吸をした。頑張れ、頑張れ! 自分にエールを送った。
よしっ……そう神楽が一歩踏み出すと、反対側から女子が歩いてくるのが見えた。まさかここも待ち合わせの場所だったのか、と神楽は一旦体を引いた。

小さくて、声が聞こえない。けれど姿は確認できた。
覗くのは自分の趣味じゃなかったが、気になってしまった心には勝てなかった。
(あの娘……どっかで……。あっ、隣のクラスの娘アル)
姿だけでは我慢できなくて、声も聞きたくなった。だが、何とか理性が勝った。
神楽がそのまま見続けていると、その視線の先、信じられない様な光景が映った……。






沖田が裏庭から戻ってくると、聞こえて来たのは神楽の嗚咽。
嫌な予感がした――――。
隠れるように沖田は、扉に背をつけた。

「泣かないで……。神楽ちゃんには、もっと素敵な人がこれから出来るわ」
今日が、何の日かなんて、沖田は十分分かっていた。だから、お妙の言葉で、何が起こってどうなったのか、すぐにピンと来てしまった。だが、信じられなかった。信じたくなかったからこそ、愕然と立ち尽くした。

「無理アルっっ……。フられちゃっても、こんなに好きだもの……。ふぅ……っぅ……忘れられないっ……まだこんなに好きなのにィィ――」
神楽の嗚咽が大きくなっていくのを、沖田は耳の奥で聞いていた。
なんとなく、沖田は神楽の想い人を想像してしまった。この世の中で、一番想像したくない人物を……。


「こっ……こんなチョコ……もういらないっっ……もういらないアルっ!」
「神楽ちゃん!!」

声の直後、背をつけている沖田の横の扉が勢いよく開いた。
神楽の喉が、大きくなったのが分かった。大きな空色は涙で既にぶれていた。神楽の後を追おうとしたお妙がすぐに神楽の後、教室から出てくると、また其処で、時間が止まった。
「おき……た……」
つぶやく様に神楽の口から出てきた沖田の名前は、儚くも沖田の耳にと届いた。
刹那、ぐにゃりと神楽の顔が歪んだ。空色の綺麗な瞳から、涙が一気に溢れた。嗚咽を飲み込み神楽が走り去る姿を、沖田は何も出来ずに見送った。

だが、数メートル行った所で、不安定な神楽の手から綺麗にラッピングされた箱は傾き、下へと落下した。
振り返った神楽。
必死に涙を拭い、その箱へと駆け寄った。けれど、それと同時、沖田とお妙の足も重なった。
リボンはほどけ、箱のふたがずれた。息を呑んだ神楽は、素早く手を出した。
けれどその手より早く差し伸べられた手があった。その手に箱は触れてしまった。
半分見えたハート型のガトーショコラの上に書かれたチョコレートのメッセージ……。

「沖……き?」
神楽は勢いよく箱を奪い取ろうとした。が、その神楽の手を簡単に沖田は掴むと、箱のふたを、ゆっくりとあけてしまった。
神楽とお妙は息を呑んだ。

【沖田が すき】


目を大きく見開いた沖田の手は、するりと神楽の手を離してしまう。
唖然とした沖田の前、唇を強く噛んだ神楽が一度鼻をすすり、堪えた声を残し、沖田に背を向けた。
そして素早く走り去ってしまった。

動けない沖田。
「そっと……しといてあげてください。何もしないで……」
上を見上げると、お妙が潤んだ目で、沖田にそう訴えた。
「つーか……え? コレ俺? な訳……俺ァあいつをフッてなんざ――」
数秒後、首をかしげた二人、涙のピタリと止んだお妙の前、沖田はスッと立ち上がった……。




いい加減涙が枯れ果てただろうと言う神楽が散々学校中をぶらぶらとし、もう一度荷物を取りに教室へと戻った時には、あの箱は綺麗に片付けられていた。
一生懸命作ったアレが、どこかのゴミ箱の中にあると考えると、もうそれだけで涙がまた出てきてしまった。
フラれてしまったあげく、沖田に気持ちを知られてしまった。
明日からどんな顔をして会えばいいのか分からなくて、考えるだけで悲しく、辛く、そして惨めだった。

ゆっくりと下駄箱へと下りて、靴をはいた。
この季節は、陽が沈むのが、夏よりもずっと早い。綺麗な夕焼けも、あと僅かで沈んでしまう……。
砂が混じったコンクリートの上を神楽が数歩、歩くと見慣れた髪がそのドアにもたれ掛かってるのを見つけてしまった。息を飲み込んだ神楽は、咄嗟、靴を履いたまま、校舎の中へと入ろうと背を向けた。

二度目の息をひゅっと飲み込んだ。
触れたのは、温かい手。
「ちょっとこっちに来いってんでェ! バカヤロー」
言うが早く、沖田は神楽の体をひょいと掴んだと思えば、二つおりの様に肩に担いだ。
「ちょっ! なっ……」
バタバタとさせては見るが、動転するあまり、言葉はうまく発せないらしかった。
そんな神楽をそのままに、沖田は神楽を担いだまま、自転車置き場へと神楽を連れてきた。

「俺がいつオメーをフッたってんでェ。しっかりとこの耳で聞かせて貰おうじゃねーか」
「なっ……お前っ……だって……」
言いたいことは沢山ありすぎるほど。けれど上手く言葉が出てこない。
それどころか、冷静になる神楽の頭は都合のいい事を考え出した。
(なんで……。こいつ……いつフッたって……それって――)

神楽はもんもんと浮かび上がる、自分の中での問いでいっぱいいっぱいな様だった。
そんな様子を見た沖田は、ふぅ……と呆れたため息を出した。
「お前……先月姉ーちゃんが入院した時の事、覚えてやすかィ」
「えっ……入院?」
考え込んでいた神楽の頭に、ふっと浮かんだ。
「そういえばあの娘……ミツバ姉と一緒の病棟だった女の子の……」

神楽の言葉に、沖田はふっと笑った。
「テメーが勘違いした女は、あの病室で一緒だった子の姉貴だったんでェ。その子も先日退院したっつーから、姉ーちゃんに世話になったお礼と、バレンタインデーを一緒にして、あのチョコレートをあの女から貰ったんでィ」
沖田の言葉に、神楽は終始口をあけていた。
確かによくよく思い出してみれば、体調をくずしたミツバが入院していた時に、12歳の子が同じ病室にいた。
ミツバはその子をよく可愛がっていて、色んな事をその子に教えてやっていた。神楽自身、その子の姉本人にも、両親にも何度か会っていたのだ。一度思い出すと、後から後から出てくる記憶。確かに本命からしかチョコは貰わないと言っていた沖田だったが、こういうチョコを受け取らない程人間的に欠落している事は、絶対と言っていい程無いと断言できた。むしろ、その子を想い、柔らかく笑って受け取っただろうとさえ思えた……。

そしてそれと共に、自爆した自分の行動が、とても恥ずかしくなってしまい……。

「あ……う……」
口ごもる神楽に、沖田は先ほどの箱を差し出した。
「これっ!」
「お前本当にドジっつーか、早とちりっつーか、馬鹿っつーか……」
悪態をつく沖田からその箱を受け取った。さっきまでぐちゃぐちゃだったのに、綺麗に直されている。ふわっと笑った神楽には、お妙が協力してくれた事がちゃんと分かった様だった。

「で……誰に何を渡すって?」
「へっ」
ラッピングされた箱から顔をあげた神楽だったが、沖田の言葉の意味を理解すると、ぼふっと顔を淡く染めた。
「これっ、これはっ……」
急に神楽は言葉に詰まった。
これは都合のいい自分の想像通りにストーリーが運んでいくんだろうか……。と言うか、そんな気がしてたまらない。そう考えると、沖田の気持ちも自分と一緒の気持ちと言う事で……。けれどまだまだ確信ではない。沖田の口から聞いた訳じゃないのだ。

そんな事をうじうじと考えても仕方ないと思うが、こんな時の乙女心と言うのは、針に糸を通すより、ずっとずっと難しいのだ。
「これは――」
目の前には、イタズラそうな顔をしている沖田。
唇を噛み締めながら真っ赤になった顔で沖田を見上げる神楽は、さっきまでの底なしまで落ちた沖田の気持ちを、最上級まで高めていっている。


「お前の……」
「はっ? 誰って? 名前言わなきゃわかんねーよ」
神楽はもっと唇を噛んだ。
本当は、今すぐ抱き締めたい。そう思う沖田だったが、これもドS性格ゆえ仕方ない事だった。
[これはァっ! お、お、沖田の――」
「つーかオメー肝心な事言ってねー」
肝心な事=神楽の気持ち。
まんまとノせられている事に、今更神楽は気づき出した。このままでは沖田の思惑どうり、自分から告白をしなければいけない。
と、言うか、本来今日はそういう日なので、どこも間違いはなく、むしろ、あの沖田相手に、この後の答えが出てるも同然だと言う事が、どんなに凄い事かと言う事に、神楽は気付いている様で、気付いていないのか。
噛み締めか口から、そのまま口を尖らすと、何とか形勢逆転に持ち込みたいと考えた。

見上げると、口元をあげて見下ろしている沖田の顔……。

神楽はふわりと踵(かかと)をあげた。
その柔らかい体は背伸びをし、沖田の肩に両手をついたかと思えば、柔らかい唇は、沖田の唇にと、触れた。
見事、形成逆転をしてしまった。
沖田は目を見開いたまま、立ち尽くしている。

ゆっくりと神楽は沖田の唇から離れた。
目をゆっくりと閉じて、そしてゆっくりと開いて、沖田を見上げる……。
そしてイタズラに笑った。
「私のこと、好きアルか?」



真っ赤に染まった沖田の顔……その低い声が神楽に届くまで

あと、数秒……。



 …… sweet Valentine ……


(N O V E L 短編掲載)









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