act 33


今年は寒くなるのが早いな……。沖田は思いながら体を熱い湯へとつけた。
じんじんと脈を打つような熱さが、高速で体中を巡ったかと思えば、あっと言う間に体の芯があったまった。
たった一時間しか楽しめないと言う条件つきだが、それでも来た価値があると思える景色だった。
視界の入る所には、建物はなく、遠目にも、近場にも、紅葉がちらほらと咲いていた。

ただ湯につかっただけだと言うのにも関わらず、その心は何故か満たされていて、
神楽の気が変わって、本当に良かったと思わずにはいられなかった。

肩に湯をかけると、トロリと感触が伝った。
さすが美肌効果があると言ってただけはある。神楽が喜びそうだと沖田は思った。
それにしても神楽が遅い。
あれだけ長電話をするなと思ってはいたが、よもや本当に話に夢中になっているとも考えられる。
なんせ相手はあの、神楽だ。放置プレイの可能性も捨てきれない。

そんな事を思うと、無意識にため息が出た。

だが、次の瞬間、沖田は顔をあげた。パキパキと木を踏む音が聞こえたかと思うと、女性用の更衣室にガラガラと入っていった音が聞こえたからだった。
たったそれだけの事だったが、妙に沖田は緊張、と言うか、興奮してしまった。
相手は神楽だ。考えなくても神楽であって、けれどだからこそ、こんなにも興奮してしまうのであって……。

沖田は意味もなく、顔をじゃぶじゃぶと洗った。
と、又、ガラガラと音が鳴る。素肌にタオルを一枚巻いて出てくると言うシチュエーション。
温泉万歳だと言う様に、その一点を見る……。

アニメなどでよく使われる様に、まるでスモークをたくように煙が視界を奪っている。
そしてその中からやっと歩いて神楽が来た……。



[――――誰ですかィ?」

煙の中から出てきたのは、神楽にはかなわないまでも、白い肌をタオルで囲い、長い髪を色っぽく頭の上で簡単に結ってある女だった。
右の唇の下のほくろは、其処にあるだけで色香を演出し、大きな瞳はたれ目で、流し目がよく似合いそうな女……。

しかし沖田の下半身がこの女に反応するかと言われれば、それはNOだった。
街を見れば、やはり神楽より美人な女だっているが、全く興味がわかない様に、目の前に色っぽい女が現れようがなんだろうが沖田は興味を示さなかった。
神楽のお腹がほんの少し膨らんで来た今であっても、やはり触れたいと思うのは神楽一人だったし、もっと言えば、この和風美人は、今の沖田にとって、邪魔以外の何ものでもなかった。

「貴方こそ……誰ですか?」
沖田も呆気だったが、その女も十分呆気としていた。
今頃になってクラクラとしてきたのは、自分を今も待ちぼうけさせている、あのクソ女の所為だチクショーと沖田は思いつつ、口を開いた。
「あ〜、えっと……。確かに俺がきっかり一時間予約しておいたはずだ」
「私もこの時間でした」
なんでだ……これじゃどうどう巡りじゃねーか……。
頭まで痛くなる思いがした。神楽は来ない。変な女は来る。そして自分も予約したと言い張っている。
と、沖田はある事に気付いた。

「じゃぁ相手は何処に居ンでェ。来ねーじゃねーか」
ふてぶてしさを百倍に沖田は言った。
「わ、私もそんなの何でか分かりません!てか貴方も相手は居ないじゃないの!」
相手の女も負けてはいない。しかしさすがに立ちっぱなしだったので体が冷えてしまったらしい。
ザブンと音を鳴らしたかと思うと、湯の中に浸かってしまった。
「オイ……。つーか俺の話聞いてなかったんですかィ? 俺が使ってんでェ。あいつが来たら完全に誤解されちまわァ。つーことで出てってくんねェ?」
「そんな事をして、もしすれ違いになったらどうしてくれるんです? と言う事で、私はここから出ません」

なんつー女だ。沖田はイライラしいた。
このまま出て行き携帯で神楽を呼びに行くか……。しかしもしこの女の言う通りにするのは正直面白くない。
かと言って神楽と鉢合わせにでもなってみたら、それこそ血を見るのは明らかで……。

悩んだすえ、結局の所、神楽が長電話に気をとられてしまいこんなとばっちりを受ける羽目になったのだと、
沖田は逆に開き直った。
鉢合わせになったにしろ、ならなかったにしろ、何一つ俺は悪くねェ……。

「悪いが俺も出るつもりはねーよ。出たきゃオメーが出ろィ」

いい具合に湯気が演出してくれる中、背中合わせに、全然組み違いの一組が同じ湯の中に浸かると言う奇妙な展開になってしまった……。


……To Be Continued…

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